戦え茂木茂孝2
刀は硬い表面を突き抜け、玉を真っ二つに割った。それと同時に、ペトリの残留物が少しずつ灰になってゆく。
「は、やった…」
俺はいつの間にか詰めていた息をフ―っと吐く。
「やるじゃない!」
そういって肩をバシバシと叩いてくるレナをよそに、俺は再度息を整える。自分の持てる最大の勇気をふり絞ったせいか、かなり体力を消耗したみたいだ。
ナイフを、無造作にポケットに仕舞ったとき、視界の端にきらりと光るものが見えた。ペトリが散った後に、先ほど俺が壊したものよりは少し小さい、赤いビー玉のようなものが落ちていた。
「真っ赤だ…」
「ん?何拾ったの?」
二人が両脇から俺の手を覗き込んでくる。血のように染められた赤い宝玉は、俺の掌の上で煌々と輝いていた。
「なにこれ?」
「わからない…ペトリが消えた後にこれだけが残ってたんだ」
二人はしばらく首をかしげて玉を観察していたが、レナはすぐに飽きたようにそっぽを向いた。藤原は、
「あっこら!何するんだ!」
ぺろりとその玉を口に含んだ。やめなさい!赤ちゃんじゃないんだぞ!
「味はしにゃいよ」
「ぺっしろ!間違えて呑み込んじゃったら危ないでしょうが!」
「そんにゃにあわてないれよ、らいじょーぶだって」
ペッと俺の手の上に吐き出した。唾液でべとべとする…。その様子を我関せずと見守っていたレナが言った。
「そうだ、もしかしてヒカリならそれが何かわかるかもよ!」
ヒカリ?誰だまた。
「ヒカリってのは、AOAの研究室にいる子で、あくまについていろいろと調査してるの。その玉も、ヒカ
リが調べてみれば何か発見できるかもしれないわ。持ち帰ってみましょう」
「わかった」
俺が球を無造作にポケットに突っ込んだその時、廃屋の正面辺りにエンジン音が響いた。
パッと顔を明るくしたレナが、
「ボス達だ!」
と外へ飛び出す。俺と藤原も後に続いた。
いつだか、俺は二人に油断はフラグになるって言ったけれども、もっと気をつけるべきだったんだと思う。確かに外には車が止まっていたけれど、それは見慣れた響さんの車ではなかった。黒くて長いリムジンなんて、街中じゃあまり見ない。驚いて固まる俺たちをよそに、重い金属の扉が開いた。
出てきたのは2メートルもあろうかという大男。スーツにサングラスにスキンヘッドと、いわゆるヤのつく自由業の人みたいだ。俺は背の高い方だから、見下ろされる経験は少ない。感想を言うと、威圧感で押し潰されそうだ。
「誰っ・・・」
そう叫んだレナの身体が吹っ飛んだ。
「は!?」
なんだ、いきなり。
「どいつだ?返してもらおうか」
恐怖で身体が動かない。返すって何を?
「何を・・・」
今度は藤原がバキバキと音を立てて壁にめり込む。何なんだ。蛇の前のカエルみたに縮こまって目の前の大男を見上げる。
「あのクソスライムを倒したのはどいつだ?持ってるだろう?」
もしかして、あの赤玉のことか?ぴくりと肩を揺らした俺を大男は見逃してくれるはずもなく
「お前か?」
とグローブのような手が俺のポケットに突っ込まれた。
「いてえっ」
「え?」
大男が手を引き抜いた。何が起こったんだ?考えるよりも先に足が動いた。逃げなきゃ、逃げ
て誰かに知らせないと!
「チッ、おい待てっ!」
背後から大男の声とともに、ドスドスと大きな音。追いかけられていると気づくのに、そう時間は掛からなかった。でも振り返ると捕まってしまう気がした。知らない住宅街を走り続けた。
曲がりくねり入り組んだ道を真っすぐ通り抜ける。土地勘がないから、変に撒こうとして道を曲がると先回りされてしまうかもしれない。
「誰か・・・誰かいないのか!!??」
そこは閑散としていて、人っ子一人いない。まあ、居ても大男に追われる男子高校生なんて怖くて近寄りたくないわな。そんな考え事をしている余裕もなくなってきた。
背後のイノシシのような轟音が近くなるにつれて心臓が破裂しそうなくらいうるさく鳴って、向かい側から来る聞き慣れた重低音をかき消していた。開いた車の扉にぶつかる——-と思って目をつむった途端、身体をふわっと軽くなった。
「ようやったと!ボーナスは弾むけん!」
ボスの声?どうしてここに!?