藤原美南の受難
ああ大変だ。トイレで体積の半分くらい吐いてから戻ったら、茂木くんがいなくなってた!
最初はどっかフラフラ遊びに行っちゃったのかと思ってたけど、そんな奴じゃないし、電話しても反応なし。恐らく、あくまの仕業だ。だって、あんなでかいだけの男を誘拐するような人間はいないもの。とにかく、AOAに戻って、あとレナに連絡しなきゃ。
猫に変身して、ひらりと塀に飛び乗る。このほうが近道だからね!屋根の上や、人の家を通ってAOAに着
いた。
「茂木くんが居なくなっちゃったんです!」
アタシが口にしたその一言だけで、盛川さんはまずボス、高尾さん、森井さん、薙沢、そしてレナに招集をかけた。つまり今集まることのできる人全員てわけ。皆でロビーに集まって、緊急会議が始まった。
「茂木くんが居なくなったって話、詳しく話して」
うん、とアタシは頷く。ペトリを退治しに行ったこと、逃がしてしまったこと、そのあとにトイレに行ったら茂木くんが消えたことを順番に話すと、皆の顔が険しくなる。やっぱり、まずいよね。
「なら、とにかく茂木くんを探すしかなさそうね」
「手分けするとね。それぞれ地区に分かれて捜索するばい」
こういうとき、スパッと行動を割り振れるボスは統率者として優秀だと思う。緊急事態なのに
AOAはどこか平和だ。これは危機感がないのではなくて、全員自分の能力に自信があるからだと思う。失態だらけのアタシが言えたことではないけれど。
だがしかーし!ここでみんなには、アタシの特性を思い出してほしい。
そう、猫!犬には及ばずとも、猫の嗅覚は人間の数十万倍ほどある。それに加えアタシはただの猫ではなく、その上位互換である猫又だ。茂木くんの残り香をかぎ分けていくことなんてお茶の子さいさいよ!
再び猫に変身すると、駅前まで戻って茂木の匂いを辿っていく。茂木くんがさらわれたとして、犯人は誰だろうか。あくまとは一概に言っても、今まで星の数ほどと戦ってきた。心当たりが多すぎるけれど、一番有力なのはあのペトリとかいう気持ち悪いスライムだよね。あいつとだけは絶対に戦いたくない。いざとなったら、首のチョーカーについている緊急通報ボタンでレナに迎えに来てもらうから大丈夫だけどね。
十五分ほど歩き続け、着いたのはさびれた空き家。いかにも、って感じの場所だ。人気がなくて、薄暗い。周りを調べて、中に入る方法を模索する。
奇妙なことに、この建物には入口らしきものが見当たらなかった。あったのは、小さな割れ目だけ。これくらいなら、体をねじ込んで入り込めるかも。
「藤原は何らかの理由であくまに寝返りました!もしかしたら洗脳とかかもしれません!だからうかつに信じないようにしてください!」
え。亀裂の中からとんでもないセリフが聞こえた。茂木の声だ。人聞きの悪いこというなぁ。アタシは裏切るどころか現在進行形で茂木のこと助け出そうとしてるんだけど。
「え、なんのこと?」
割れ目を無理矢理通り抜けて、人間に戻る。アタシが言葉を発するとともに、茂木の携帯電話が粉々に吹っ飛んでしまった。茂木くんは目を丸くして驚いている。いやびっくりしてるのはアタシのほうだけどね!?
「これは一体どういうことなの?」
茂木くんの代わりに、ペトリが答えた。
「ペーッペッペッペッ!騙されたぺな!」
「騙された?」
状況が吞み込めず素っ頓狂な声をあげる私たちをぺトリはここぞとばかりに嘲笑う。
「いいともぺ!一から説明してやるぺ!ペトリの能力は変身ペ!」
するとぺトリはみるみる形と色を変えて、、アタシとそっくりな姿になった。茂木くんは啞然として
「そんなのありかよ……」
とつぶやいた。心配しないで、この業界じゃよくあることよ。
「この姿で誘拐して、猫女があくまに寝返ったと思わせたのぺ!」
なるほど。
「そして猫女をここにおびき寄せて閉じ込めれば、ペトリが動きやすくなるぺ!」
いつの間にか後ろの亀裂はふさがれていた。とはいってもどのみち猫の私でさえギリギリだったのに、茂木くんが通れるわけがないけどね。
まあタネが分かればなんてことはないわ。正体がわからないものが一番怖いって言うくらいだし。私はそっとチョーカーのボタンを押した。あとは、待つだけですべてうまくいく。