茂木茂孝の決心5
ちなみに今回は森井さんに指導してもらうようになってからはじめての戦闘だ。もう足手まといとも給料泥棒とも思わせない!
電車に十分ほど乗れば目的地についた。駅前の広場に、人だかりができている。
「あそこね」
「あそこだ」
人混みをかき分け中心部へと進んでいくと、あくまとおぼしき生物がいた。生物で合ってるのか?というのと、相手はピンクのぷよぷよしたスライムみたいなやつだった。大きさは小型犬くらいだろうか。グミみたいな表面に、少女漫画を彷彿とさせるキラキラした大きな目とあくまのマークが貼り付けてある。
これまで見た目も恐ろしい化け物と対峙してきたから、拍子抜けだな。でも、こういう弱そうな見た目の奴に限ってものすごい強い必殺技を持ってたりするから、油断だけはしないようにしよう。
「ペーッペッペッ!ペトリ様だぺー!」
うわしゃべった。人だかりからは歓声と笑い声がこだまする。大道芸かなんかと勘違いしてるのだろうか。藤原はこういうのが苦手らしく、
「キモい……」
と顔を歪める。そういえばスライムとかゼリーとか触りたがらないタイプだったっけ。給食でゼリーが出ると大体取り合いになるのに、藤原は自分から拒否していた。
俺はペトリだっけ?はむしろかわいいと思うけどな。目と体のアンバランスさとか。そう言ったら
「嘘でしょありえない頭おかしいんじゃないの」
そこまで全力で否定しなくてもいいだろ。ちょっと傷つく。
「ペトリは可愛さの権化ぺ!それが分からないなんて、そこの女はセンス無いペな!」
ぺトリは甲高い、耳障りな声で煽った。内容は小学生レベルだけど。
「ああああドロドロしてるぅ!」
藤原はスライムにトラウマでも植え付けられたんじゃないかってくらいに怯えていた。頭を押さえて、ダンゴムシのように伏せて丸まっている。初めて地震に遭遇した時の外国人みたいだ。
「こんなのぷちっと潰せばいいんじゃないのか」
弱そうだから、俺でも倒せそうだぜ。ペトリに近づき、触れてみる。生温かいけれど、感触はスライムそのものだ。中に手を突っ込める。ぐちゃぐちゃして遊んでいたら、背後で縮こまっている藤原がひぃええ、と情けない声をあげた。
「これじゃあ倒せなくないか?」
ぬるぬるしているから、物理攻撃は効かない。
「ペーッペッペッペッペ!その通りぺ!O.G.お得意の殴る、蹴る攻撃は無効ぺ!ざまあみろペ!」
語尾に鬱陶しいくらいぺを連呼するぺトリは勝ち誇っている。なかなか腹の立つ奴だな。
「あとそこの軟弱男はいい加減このペトリ様に手を突っ込むのをやめろペ!」
軟弱男とはなんだ!むかついたのでグーでガスガス叩き潰すけれど、ダメージはいってないみたいだ。あぁイライラしてきた。
藤原は丸まり、俺がピンクのゴム球を殴り続けることおよそ十五分。俺は途方に暮れていた。ものすごいシュールじゃないかこの絵面。
「そろそろ飽きたぺ」
ペトリはそう言うとどこかへ行ってしまった。あっけなく逃げられてしまった。
「おい藤原?ペトリが逃げたぞ。全くダメージを与えられないままどっか行っちゃったけどいいのか?」
「よくない!よくないけど……」
「どうしてそんなにスライムが嫌いなんだ?苦手っていっても、その怖がりかたは異常だろ」
スライムに親でも殺されたんだろうか。待てよ猫又ってことは親は何者なんだ?
「だってあのヌルヌルしたかんじ、アタシをドロドロに汚すつもりでしょエロ同人みたいに!」
「はぁ?」
喚く藤原を俺は氷よりも冷ややかな目でじとーっとみつめる。なんだその理由。
「……とにかくっアタシはあーゆーの嫌いなの!」
はいはい、わかったよ。
「とりあえず本部に戻ればいいのか?」
取り逃がしたのなんてはじめてだし、このあとどうすればいいのかよくわからないな。
「そうね……その前にちょっとトイレ……」
顔が真っ青だぞ。吐きに行くのか。藤原はヨロヨロと公衆トイレにむかっていく。大丈夫だろうか。相当参ってるな。すると一分も経たないうちに戻ってきた。
「お、意外と早かったな」
吐いてるのかと思ったよ、と言おうとした瞬間、藤原が拳を振り上げた。
あ、これ、殴られるな、と理解できるまでには成長したらしい。そこから、顔面に衝撃が走り俺の意識は暗闇のなかにフェードアウトした。ていうか俺はなんで藤原に殴られたんだ?