茂木茂孝の決心4
週末、久しぶりに藤原たちの監視から逃れ、のんびりと過ごすはずだった。録画したテレビ番組もたまっていたし、お菓子も買いだめしてある。あとはボリボリとポテトチップスをかじりながらソファに寝転がればいいだけだった。ほら、食欲の秋とも言うだろ?莉子はぐうたらの秋じゃんとため息をもらしていたが。
『プルルルル』
突然電話が鳴り響いた。だれだ俺ののんびりハッピーライフを邪魔するやつは。
「もしもし?」
「もしもし、茂木くん?ごめんねお休みの日に」
「盛川さん!盛川さんなら大歓迎です」
藤原かレナだったらキレてた。
「東三丁目に中級のあくま出現よ。行ってもらえる?」
電話越しでもわかるくらい優しく聞かれたはずなのに、俺ははい、としか答えられなかった。盛川さんにはなんだか、そういった不思議な迫力がある。藤原たちの住所を教えてくれたので、そこへ向かう。盛川さん曰く、藤原は未だに寝てるだろうから起こしてきてくれ、ってことだった。小綺麗なアパートの二〇三号室。階段が錆びていて、黒ずんでいる。それでも駅に近くてアクセスがいいから、家賃が高いとぼやいていたのも頷ける。それに、シェアしてるだけあって広そうだった。
カギはプランターの下って言ってたっけ。ずいぶん無用心だなぁ。ガチャとドアを開く。
「こんにちはー?藤原起きてるかー?」
大きめの声で問いかけても、返事はない。少し広めの、2LDK。テレビの前の床に転がってたのは藤原だった。ただの毛布かと思って踏んじゃったじゃないか。タンクトップに短パンという、すごく寒そうな格好をしている。初夏とはいえ、部屋の中は寒いくらい冷房が効いているんだ。薄着だと風邪ひくぞ。
女の子の部屋に入るのははじめてだけれど、藤原がうつ伏せで寝ているからかまったくドキドキしないな。アロマみたいないい香りが鼻を掠めた。
「おきろー?あくま退治のお時間だぞー?」
「んにゃーわたしは布団と結婚する」
なんの話だ。それにお前が被っているのは毛布だぞ。無理矢理起こすのも悪いし、と困惑していると、藤原は自分からバッと起き上がってくれた。
「え?なんで茂木くんここにいるの?え、あくま?え?」
こんなに混乱している藤原ははじめてかもしれない。いつもは逆だからな。寝起きで頭がまわらないんだろう。ざまあみろ!
「さっき盛川さんから電話あって、あくまが出たから藤原を起こして一緒に倒しに行ってくれって」
軽く状況を説明すると、電光石火の速さで着替えを済ませてくれた。あくま退治は一刻も争うからか。
「そういえばレナは?」
俺が尋ねる。たしか二人は、一緒に住んでいるんじゃなかったか?
「あぁ、なんか学校の行事があるとかなんとかで、いないよ」
「だから藤原を起こす人が居なかったのか」
「いや、今日は目覚ましが壊れてただけ。いつもはレナのほうがやばい」
意外だな。いつも朝五時にジョギングするようなストイックなイメージだった。
「氷水掛けても起きないもん」
それは大変だ。普通そんなことされたら死んでしまいそうだが、まあレナだし。藤原はダイニングテーブルの上にレナ宛の置き手紙を書いている。
「あくま退治に行ってきます。夜までに戻らなかったら心配してください。夜ご飯は残しておいて、っと」
最後にポン、と手を当てた。どういう原理かはわからないけれど、紙には肉球のマークがスタンプのようにうつっている。目を丸くする俺に藤原が言う。
「名前書くの面倒だから、いつもこうしてるの!」
ずいぶんとかわいらしい置き手紙だな。