茂木茂孝の決心3
いつものように体育館に足を運ぶと、パーカーの上にウィンドブレーカーを着た森井さんが仁王立ちで待ち構えていた。森井さんは俺をビシッと俺を指さすと
「シゲ、今日は、お前に必殺技を授けよう!」
と高く言い放った。
「必殺技とはいっても、必ず殺す技じゃないぞ。ちょっとアシストになるだろう、ってくらいならできる」
必殺技という響きに膨らんだ心が、少ししぼむ。
「つまり便利な小技、ってとこですか」
「そういうことだ!でも面白いぞ!」
そう言って森井さんが懐から取り出したのは、麻縄。え、俺そういう趣味はないんだが。
「そう、縄の抜け方でーす!」
な、ナンダッテー。
「ずいぶんマニアックなとこ攻めますね」
「だってお前好きだろ?」
冗談を冗談で返されてしまった。俺は普段一体どんな奴だと思われているんだろうか。
「まーいーからいーから!」
と森井さんに流されるがまま、縄抜けレッスンがスタートした。そもそも縄で縛られるなんて古典的な状況に陥ることがあるのだろうか……。
「じゃあ、まずは見本な?まず俺をできるだけきつく縛ってくれ」
傍から見たらいろいろと誤解されそうな光景だなこれ。とにかく固結びに固結びを重ねて、森井さんの腕を縛り付ける。
「藤原たちがやったら普通に引きちぎりそうですね」
「ありえる」
本当にやりかねないからこわい。O.G.の身体能力は人間のそれを遥かに凌駕している。
「これくらいでどうですか」
蛇のように絡まった縄は、そう簡単に外れそうにない。
「おいおい、ちゃんと結べよ」
森井さんはパッと両手を挙げた。
「え、あれ?」
おかしいな、結構きつく結んだはずなのに。もう一度、今度は蝶結びを三回ほどして、手が動かないように固定した。
「はじめのうちは時間がかかると思うけど、慣れれば俺みたいにどんな縛られ方をしてもすぐ抜けるよう
になるぞ」
また森井さんはいとも簡単に縄を抜けた。そんなことができたら、かっこいいだろうな。
「基本的にやり方は変わらない。でも、縛り方によってタイミングが違う」
そう言いながら森井さんは俺の手をぐるぐる巻きにした。
「そうしたら、親指を引っ込めて、手首をひねって、こうして、こう!」
スポンと縄が抜ける。ほどける、というよりはそのまま手だけ取れる感じだ。その後二時間ほどかけて、みっちりと縄抜けの練習をした。手順はシンプルだけど、コツが要るな。
「親指を引っ込めて、手首をひねって、こうして……こう!出来ました!」
「お、やったか!うまいぞ!」
一回できればあとは簡単だった。コツをつかんだ途端に一気に上達した気がする。特訓が終わり、汗を拭いていると(本当はシャワー室を使えるのだが、男女兼用なので女子と遭遇しそうで怖い。ラブコメの法則だと、俺は女子と遭遇して悲鳴と共に殴り飛ばされる。)森井さんが声をかけてきた。
「そういえば、O.G.は全員対あくま用の武器を持っているんだけど、シゲもなんか必要じゃないか?」
藤原の日本刀みたいなやつか。そういえばレナは何を持っているんだろう。
「あー、ちっちゃい護身用のものとかなら」
でっかい刀を渡されても、使いこなせる気がしない。銃刀法違反……にはならないのか、忘れさせることができるから。ずるい手だ。
「そうだよな。殺傷力が小さいものにしないと。となると……」
あれだ、と呟いて体育館の奥にある扉に入っていった。戻って来たときに持っていたのは、少し大きめのマスコットがついたキーホルダー。出っ歯が特徴的なウサギ、こいつ、見たことあるぞ……。あ、藤原と薙沢の弁当箱に描いてあったやつだ。
「俺はバニーちゃん!AOAのマスコットキャラクターさ!」
森井さんが裏声で言った。秘密組織なのにグッズがあるのか。
「そして、これは特別製」
ぱか、と胴体が外れて、中から銀色の刃が出てきた。
「仕込み刀だ。とはいっても刃渡り三センチの極小サイズ。ダイヤモンド製で切れ味も硬さも最高級だから、小さいとはいえ扱いには気をつけろよ?これなら、脅しくらいには使えるんじゃないか?」
なるほど。キーホルダーに見せかけたナイフとか、スパイ映画に出てきそうでちょっとかっこいい。
「これくらいなら大丈夫そうです」
「でもゆくゆくはなにかちゃんとしたものを持たないと」
「え、やっぱりいつかは銃とか使わざるを得ない状況になるかも知れないってことですか?」
森井さんはなにも言わず、少しだけ頷いてバニーちゃんを差し出してきた。