次元転移
次元転移ボタンを押した途端、切っておいた緊急サイレンがまた、けたたましく鳴り始め、指令室内は激しく揺れた。その揺れは右へ左へ下へ上へと、巨人がこの部屋をシェイカー替わりに使っているんじゃないかと思えるくらいに、揺れまくった。
これはやばい、俺の体が体重を失い宙を舞い天井に打ちつけられたその時だった、同じように宙を舞ったライオネルが空中で体を捩りながら反転させて飛びかかるようにして俺の事を掴んだ。
そしてライオネルは次に、指令室に残っていた戦闘員達に狙いを定め、次々とそのたくましい腕で手繰り寄せ、自分の胸の下に抱え込み、全員の捕獲に成功した後、壁に突進して研ぎ澄まされた爪をめり込ませしがみついた。
ライオネルの強靭な握力によって握られた部分だけが盛り上がっていく。腕には血管が浮き出て、メリメリと壁がひしゃげる鈍い音がした。
留め金が外れて飛んでくる机や、椅子、モニターがライオネルの体に当たったが、それでもライオネルは両手が開いてたらサムズアップしそうなくらいの笑顔を顔面に固めていた。これはあれだボディービルダーの作られた笑顔。
しかしそれよりもなによりも俺はもう限界に来ていた。気持ち悪い。
この気持ち悪さは俺だけじゃないはず、そこにいる全員が胃袋から逆流してくるものが限界に達しようとしていた。
神など信じないが、祈るしかないのか早く収まってくれと。
一秒が永遠のような時間が過ぎ、揺れは唐突に収まった。
荒い息をするライオネルが壁からめり込んだ手を抜いて、全員をゆっくり腕の下から解放した。
その後すぐにそこにいる全員が無言のまま這うように部屋を出てトイレに直行した。
全てを吐き出した後、気分爽快とはいかなかったので意味もなく便座の上に座っていると、基地内のスピーカーからガラスを爪で引っ掻いたときに出るギ、ギ、ギーという音が流れその後にマイクを落とした時のようなノイズ音が走った。
揺れが収まったと思ったら今度はなんだ。
「あー、あー、閣下!」
とお馴染みの声が聞こえてきた。それはアンドロイドの怪人のエル・プレジットの声、ドクターイリスにより作れられた最高傑作、ビートジェノサイダーズの頭脳と心臓部と最終兵器であり、元居た世界では存在不明のブラックスワン、マモンの寵愛を受けし者と言われた、伝説の仕手師であった。その頭脳を駆使した情報操作、ハッキング、かき集めた情報を使って脅迫まがいのことをして更なる情報を得る、そしてアンドロイドの特性を活かし二十四時間フル稼働で世界中の取引市場を駆け回った。その結果株式、為替、仮想通貨で莫大な利益をあげた一番の稼ぎ頭でもあった。天気予報からマネーロンダリングまでお任せのスーパーアンドロイド。だがヒーロー達に壊されたはずだったが、これは一体。
「その疑問にお答えしましょう、閣下!」
何怖い、とうとう心まで読めるようになったのか、このアンドロイド。
「いえ、心が読めているわけではなく、計算から導き出しているのですよ閣下!」
「気持ち悪いからやめてくれ! しゃべるから! お前は壊されたはずではなかったのか」
「それがですね、それがですよ、そんなにもったいぶる必要がないんですが、ドクターイリスがバックアップとってこっちのサーバーに最低限の機能だけですが、コピーを移植してただけのことです、言葉にしてしまうとチープな話です」
「そうか、エルよでは今の状況はどうなっている、揺れが収まったところをみると次の世界に辿り着いたのか?」
「揺れが収まったのは、私が起動してこの基地を操作し始めたからですよ、現在次元の波に乗ってバランスを取ってます、どうです閣下? コップに水をなみなみと注いで置いといてもいいですよ、私が優秀な運転手だと証明してみせましょう!」
「いや大丈夫だ、揺れが止まってくれたのならそれでいい」
「あー、揺れるー、コップに水を入れて置かないとゆれるー、ユレル―」
その声と秘密基地が同調して右へ、ガコン、左へ、ドコンと階段を踏み外した時のような気持ちの悪い浮遊感がユウサクを襲った。
「わかった! 水入れてくるから! 俺はエルの操縦技術が素晴らしいことを証明してくれるところを見たい!」
「早くして下さいよ閣下、後この環境だと水は貴重品なんで適量でお願いします」
このアンドロイドの怪人エル・プレジットは、基本命令に忠実なのだが、悪魔がこの世に顕現した一つの到達点と言われるドクターイリスが作成したために、多少AIの性格がひねくれていて、若干の加虐性を有している。
たぶんきっと、ドクターイリスから滲み出ている悪意のエキスが、プログラムを組んでいる時のキーボードからエル・プレジットの中に染み渡ったのだろう。
「閣下、水、お持ちしました」
「おお、ありがとうライオネル」
それに比べてライオネルは、気が利く。世間の脳筋キャラというものは得てして、頭が働かない、気が利かない、有り体に言えば馬鹿なキャラとして描かれるが、ライオンの怪人であるライオネルは違う、野生の動物でも強いやつは頭がいいのだ、筋肉の質がいいというのなら脳内の肉質もいいに決まっている。
「エナジーポット室で他のBG11の確認をしてきましたが、中に入ってる体勢がひどいことになっていました。ですがエナジーポットの機能は正常に作動しておりましたので、時間が経てば他の怪人達も回復してそのうち出てくると思います」と淡々とライオネルは状況説明をしてくれた。
部屋に戻っても、戦闘員の三人はまだいなかった。総統閣下付きの三人の戦闘員は女性戦闘員のTOP3が付いていたので、先程揺れが収まった後俺とライオネルが飛び込んだのは男子トイレ、戦闘員達が飛び込んだのは女子トイレであった。
「あいつらはまだか」
「そうみたいですね」
二人は机に置かれたグラスの水を眺めていた。わかっていたことだが、グラスから水が零れることはなかった。
「相変わらず、傷の治りが速いなライオネルは」
この部屋に入ってきた時は、痛ましく血が流れていたものだが、もう傷口が塞がり治りかけている。
「そうですね」ライオネルは傷口を指でなぞった。