戦略的撤退
「忌々しいヒーロー共め! あいつらさえいなければ!」
そう言って、ユウサク・カトウはおもむろに立ち上がり、机を蹴飛ばした。
ユウサク・カトウは、悪の秘密結社ビートジェノサイダーズを纏め上げる総統であり、よくアイロンでプレスされた白い軍服と白い帽子、白い手袋と全身を白で固め、腰には装飾されたサーベルを身に着けていた。
そしてここはビートジェノサイダーズの秘密基地ダモクレス内の最深部にある指令室。
何故総統閣下がここまで苛々しているのかというと、先程から、秘密基地ダモクレス内に多数のヒーロー達が入り込み、緊急サイレンが基地内全域に鳴り響いているからであった。
その様子はヒーロー達の後を付いてくるドローンカメラでライブ配信されているので、秘密基地内の監視カメラから送られてくる映像を見なくても、ネットに繋げばヒーロー達が今どのあたりにいるのかわかるという有様であった。
「くそ、くそ、くそ、舐められ過ぎだ! 怪人達は何をしてる!」
しかし、指令室内にある多数の画面から映し出される映像はヒーローショーさながらの、戦闘員が軽くあしらわれ怪人には必殺技をお見舞いされるというお決まりのシーンが流れてくるのみであった。
「第10区画制圧されました!」
「ドクターイリスの研究施設で爆発による火災発生! その爆発にドクターイリスも巻き込まれ生死不明! 今救護戦闘員が向かっています!」
「見ればわかる! 見ればわかるんだよ! 全部映像で流れてるじゃないか!」
「し、しかし、そう言われましても」
指令室にいる総統閣下付きの戦闘員達は困惑した。しかしそれでも状況を伝えなければいけないと奮い立ち。
「エル・プレジットが大破しました」と続けた。
それを聞いたと同時にユウサクは壁を殴った。
「あとBG11は何人残ってる?」
BG11はビートジェノサイダーズの幹部怪人達のことであったが、この時すでに半数が指令室の横にある、エナジーポット施設に送り込まれているという状況だった。
「後残るのは……あ、今またマッドシャークが!」
「もういいわかった」
ユウサクは椅子に、崩れ落ちるように腰を掛けた。この指令室までヒーロー達が辿り着くのは時間の問題であった。
少しの間、手を組み目を瞑っていたユウサクだったが、指令室のドアが静かに開いたのを感じると目を見開いて胸を張った。ドアから入ってきたのは、ライオンの怪人のライオネルというBG11の一人の幹部怪人であった。
「閣下……」
「わかっている、ここにこれたのはお前だけか?」
「残りの幹部は全員隣の部屋のエナジーポットに投げ込んでおきました」
この秘密基地ダモクレスの存在が明るみに出た時に、いつかはこうなることがわかっていた。
そのためにドクターイリスがこの世界からの逃走用のシステムを作り上げていた。しかしそんな物を実験できるわけもなくドクターイリスは「私の計算は完璧ですし、仕事も完璧にこなしましたが、ただ、何事にも例外というものがありますので、もし失敗しても恨まないで下さいね、まあ失敗したら恨むも恨まないも、宇宙の塵に仲良くなっていると思いますが」と言っていた。
「ヒーロー達は今どこまで来ている?」
「今第4区画まで来ています!」
「そうか、第4から下には絶対こさせるな、第3区画を封鎖して、第2、1区画そして深層区画をそこから切り離せ、第2区画から深層区画までを次元転移するいいか!」
「サー、イエス、サー!」
「残った戦闘員は全員緊急退避させろ、失敗する可能性があることに巻き込むわけにはいかない! それとお前達も」
「何をおしゃっていますか! 自分達が死ぬときは総統閣下と一緒です!」
「そうか、すまない」
緊急サイレンの音が切れられた。もうサイレンを鳴らしておく必要がなくなったからだ。ここから後は次元転移が失敗するか、成功するかという話だった。
指令室の一番大きな画面に秘密基地の全容が映し出され、封鎖が順調に進んでいることがグラフィックによって示されていった。戦闘員達も、順次隠し通路から逃げている様子が小さな画面に映し出されていた。
ユウサクは、前日までに、仮想通貨にしてあった資産や、ビートジェノサイダーズのフロント企業の名義の資産を出来る限り換金してそれを全て戦闘員達に分配していた。まるでこうなることがわかっていたかのように。後残っている資産といえば『有事の時の金』という言葉がある通り、少しばかりの貴金属に変えて金庫にしまってある分だけだった。
ライオネルが鼻息荒く、フーフーと呼吸をしているライオネルに優しく肩を叩き「お前もよくやってくれたな」とユウサクは声をかけた。
「何をおっしゃいます総統閣下、我らはまだ負けたわけではありませんぞ!」目をぎらつかせた。
「そうだなライオネルお前の言う通りだ、これは負けではない、戦略的撤退だ、俺達はまだ負けちゃいない」
「そうですとも総統閣下!」
ライオネルとユウサクが熱く見つめあってる時にとうとうその時が来た。
「総統閣下準備が出来ました! このボタンを!」
これを押せば、全てが終わるかそれともどこに行き着くのか
「大丈夫ですよ総統閣下」ライオネルが深く頷いた。
ユウサクは心を決め「ビートジェノサイダーズは永遠に不滅だ!」と叫びボタンを押した。