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86.メアリー・スー

 ギルド長は晩餐の前、昼四刻に迎えに来ると告げて去っていった。

 ギルド長自らが繋ぎの役をするらしい。

 仕事が大変なのではとユーリが問い掛けたが、副長がいるから大丈夫だと言われた。それより自分以外の貴族が、ユーリ達に対応する方が「怖い」と。

 さすがにユーリも苦笑していた。

 そこまで自分達は狂犬では無い。たぶん、きっと、恐らくは。


 四人だけになった彼等は部屋を眺める。

 広い部屋だ。ゆったりとしたベッドが四つ並んでいながら、テーブルやソファが置いてある空間もある。さすがに風呂やトイレは部屋には無いが。

 彼等は荷物を下ろすと、ソファに腰掛けた。


「……ジョン・ドゥか。たぶん諦めていたのだろうな」

「どう見ても諧謔、いや自虐だと思うよ」

「自分を死体扱いするんだもんねえ」

「俺等もこれから喋れる奴は名乗らねえか? メアリー・スー、と」

「男だったらマーティ・ストゥーになるんだろうけどねえ」

「それはさすがに自虐が過ぎると思うんだけど」

「まあ異世界物の主人公は、大抵がメアリー・スーだろうがな」


 メアリー・スー。男性ならばマーティ・ストゥー。

 それは「僕が考えた最強キャラクター」の代名詞のようなものだ。

 特殊な外見や出生の秘密を持っていて、若くとも優秀で誰からも尊敬や愛を寄せられる。素晴らしい能力を使って活躍して、最期も劇的で誰もがその死を悼む。


 神様などの導きで前世の記憶を持ったまま転生する。一桁の齢から知識チートを駆使して、王や高位の貴族にも認められる。そしてチート能力で無双して、どんな陰謀も魔王の侵略すら阻止する。英雄として称えられ、たくさんのヒロインにもモテモテだ。

 召喚者や転移者でも似たような事になるのだろう。


 彼等の中にも、今まで訪れた国では珍しい黒髪黒目の者が居る。南方では普通の容姿らしいが。

 ジョン・ドゥと言う前例の為に予想していた者達も居たようだが、異世界の出身と言う秘密もある。

 知識チートの方も、天然ソーダを使った無発酵パンをエルイに教えた。きっとこの世界には有り得ない知識だ。地球では紀元前からあったとしても。

 能力チートで、メギョアの件の解決やラゴギョノテ討伐も行った。エルイと護衛達、タルフニ村の村長やネカハ、クーディ達も合わせれば、十人くらいには感謝賞賛されているのは確実だ。

 ドーリはネカハに好意を向けられていた。ヒロインにモテモテと言っても過言では無い。お姫様抱っこまでしたのだ。眠らせた後だったが。

 高位貴族の辺境伯にも認められたのだ。九割以上はジョン・ドゥのお陰かもしれないが。

 彼等がメアリー・スーを名乗っても、誰も文句は言わないだろう。


「晩までどうしようか」

「まずはクーディ達を誘って昼飯だな」

「貴族も商人も冒険者ですら、もう絡んでくる事は無いだろうしねえ」

「その後は買い物ってとこか。金は余裕あるし、馬車も手に入るんだろ」

「買い物は組合代表を通した方が良いだろう。割り引き、いや無償提供も望めるかもしれないしな」

「必要な物を確認するために、適当に商会巡りで良いんじゃないかねえ」


 エイティは賠償代わりに、骨の髄までしゃぶり尽くす気のようだ。

 王都までの日数も二旬は掛かると聞いている。道中幾つもの村や街を経由する可能性も高い。そこでの情報収集も行う予定だ。

 手持ちの資金は残して置きたいのだろう。


 彼等はクーディ達の部屋に向かった。

 ノックの後に開かれた扉の先には、呆然としたままのクーディ達がいる。

 普段三畳一間のドヤ街で暮らす者が、高級ホテルのスイートに招待されたようなものだ。下手に触れて汚したり壊したりする事を恐れているのだ。

 昼食とその後のウインドウショッピングを持ちかけると、すぐに乗り気になったようだ。やはりこの部屋は落ち着かないらしい。


 階段の脇に控えている従業員に出掛ける事を伝える。

 従業員は彼等に恭しい態度を取っていた。相手はいかにも冒険者と言う風情の者達だ。だが街の顔役とも言える、子爵位を持つギルド長が連れて来たのだ。

 ユーリ達は気にもしないが、クーディ達はその様子にも恐縮そうにしていた。


 昨日とは別の店で昼食を取った。

 お茶は昨日と同じくハーブティーだが、食べ物は焼き菓子だった。

 ワッフルのような物だ。添えられたジャムを付けて食べるのだろう。ジャムと言っても林檎を煮潰しただけのようであるが。

 甘味は果実から採れる物で賄っているようだ。彼等にも十分納得出来る味だった。クーディ達も喜んで食べている。


 その後のウインドウショッピングと言う名の冷やかしは、クーディ達の馴染みの店から始めた。

 基本は武具屋に防具屋、薬屋に雑貨屋となる。

 武具屋には、当然ながら彼等の眼鏡に適うような物は無い。

 彼等の装備は一品物では無い。しかしTRPGで高レベルの者が扱う装備だ。数打ちの物とは異なっている。

 神剣や魔剣が、埃を被ってその辺に転がっていたりもしない。そんな状態で放って置くなど、店主はどれほど無能なのだ。


 彼等はエイティに防具を見繕おうとした。だがどんなに軽量な物でも、動きが大きく阻害されるらしい、

 フィルヴィの盗賊団から剥いだ装備など着るつもりも無かったし、村を巡る行商のエルイは冒険者用の装備など持ち合わせていなかった。だから気が付かなかったのだろう。

 この世界自体はTRPGの世界と異なっている。だが彼等の身体だけは、井上システムを引き継いでいるようだ。人を引き摺って普通に歩く体力があろうと、防具の装備は不可なのだ。

 武具関係は、せいぜいゴローの為に矢を仕入れて置く程度だろう。後は替えの服と下着くらいか。


 薬屋は、塗り薬や生薬の類が主要な商品のようだ。

 隠れて少し試してみたが、効果が分からない。

 彼等の身体は異常なのだ。血が流れ続ける事も無ければ、痛みも持続しない。血止めや痛み止めに意味が無いのだ。

 解毒剤もあるが、当然毒の種類ごとに異なった物だ。だが彼等の持つ解毒ポーションは違う。身体に害を為す毒物なら、種類を問わずに癒せる物なのだ。

 しかもユーリの治癒にも、解毒効果のある魔術が存在している。

 ユーリの治癒がこの世界の者にも効くのは、メギョアの時の隣国人の捕虜で確認済みだ。しかし無闇に使うわけにもいくまい。

 気休め程度に幾つか用意して置けば良いだろう。ユーリの能力を知られないために。彼等以外の他人に使う時のために。


 雑貨屋には、野営道具や背嚢などが置いてある。

 だがこれらも既に自前の物がある。予備に布袋が幾つかあれば良いだろう。

 前回のように、普通に行動して野営する分には問題無いのだ。それに無為に荷物を増やすのも御免だ。


 そして食料品店を見て回る。

 肉類を扱う店は、干し肉や塩漬け肉が主体だった。飼育した豚や鶏、冒険者が狩った魔物や獣の肉だ。

 冷蔵冷凍技術の無い世界だ。生肉は早朝にしか売らないらしい。これも朝にガッツリ食べる一因なのだろう。

 穀物を扱う店には、やはり米は無いようだ。

 冬撒きの麦の収穫直後の為であろう。麦の価格は前回のエルイとの取引より、若干手ごろな価格になっている。

 野菜や果実は一つの店で扱っていた。

 やはりジャガイモは無いようだ。葉物野菜は少なく、ニンジンやタマネギなどの常温保存可能な物が主体のようだ。晩夏に採れる早世種のリンゴや洋ナシも並んでいる。

 これらは入手して馬車に積んで置くべきだなと彼等は考えていた。

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