7.小学校の理科の授業って無駄じゃなかったと思えるね
ゴローがさっきの泣き言を振り払うように頭を振る。そして皆に確認するように告げる。
「それならここに居続けるのは駄目ってことになるねえ」
「なんでだ?」
「神だか何だかの意思でここに居るんだよねえ。そいつはたぶん僕等に何かをさせたくて、ここに連れてきたんだよねえ。こんな姿とスキルまで与えてさあ」
「なるほどな。そういうことかよ」
「愉快犯的なものかも知れないけどねえ」
「異物を放り込んで何が起こるか見てみたいってか。そりゃ趣味悪いな」
「どちらか分からないけどねえ。でもどちらにしても、ここに居続けて戻れる訳ないんだよなあ。逆に何かを為すことで戻れる可能性のほうが高いってことになるよねえ」
何らかの意図があるのなら動かないと言う選択肢は取れないだろう。何もしないことは彼等をここに送り込んだ者の思惑に反するからだ。その意図を達成すれば元に戻してくれるとも考えられる。
しかし目的を告げられていない以上、彼等の自由意志に任せられている。だからゴローも愉快犯という可能性を言い出したのだろう。その場合でも、彼等が起こす何かに満足すれば戻してくれるかもしれない。
その考えが正しいとしたら動くほうが良いだろう。
「だが動くにしろ留まるにしろ目標を定める必要があるな」
エイティが確認するように言った。
この場に留まるか移動するかはあくまで手段である。そして手段とは目的を達成するために行うものなのだ。だから本来目的がはっきりしない限り手段を選ぶことは出来ない。
「目標は帰還で問題ないか? 目覚めるなのか元の世界への転移なのかは分からないが。スキルの使えるこの世界で延々と過ごしたいという者はいるか?」
「ちょっとスキルに未練はあるけど……僕は帰還でいいと思うよ」
「俺もだな」
「僕も当然帰還だなあ」
「ならば今日一日はここに留まろう。他にも確認することはあるからな。そして明日から周囲を探索する、人里を目指すなどのアクションを起こすことにしよう」
エイティの言葉に皆揃って肯いた。
「まずは持ち物の確認をしようか。たぶん最新のキャラクターシートに記載していた物がある筈だ」
エイティは言いながら持っていた背嚢やずだ袋を覗き込む。
他の三人も同様にしている。さすがに砂の上にばら撒くつもりはないようだ。
そしてゴローが声を上げた。
「探索用キットの中にメモ帳とクレヨンがあったよ。覚えてる内にスキルやパラメータ、持ち物一覧を残すほうが良いよねえ」
彼等のテストしていたゲームは中世を模したファンタジーであった。紙は貴重品扱いだったのだ。
しかし冒険においてマッピングは最重要と言っても過言ではあるまい。特にダンジョンにおいては。
そのため貴重な紙をスカウト役であるゴローが所持していたのだ。
だがそれは現代で使われるような真っ白な紙ではない。見た目はわら半紙のようであった。しかもインクを必要とする筆などではなくクレヨンを使っていた。
ゴローはドーリの大盾を借りて下敷き代わりにする。そして記憶の中のキャラクターシートを写すように書いていった。もちろん不要な項目、容姿や性格などを除いてだ。
それを見本に思い出しながら、順にスキルや持ち物の情報を書いていった。
さすがに直前までしていたゲーム、しかもレベルアップや物資補充の作業も行っていた直後だ。思い出せずに悩むこともないようである。
「最後は森林から平原が舞台との井上の予告のせいだな。携帯食は三日程度しか持ちそうにないな」
書き出された各自のシートを眺めながらエイティが告げた。
無駄にリアルにこだわる井上のシステムでは食事を取らないことに対するペナルティが用意されていたのだ。
五日間絶食状態だと能力が九割減にもなる。そうなると下手をすれば低級モンスターにすら負けるかもしれない。
彼等は狩りや採集による食料入手を当てにしていたのだ。水も川とか魔術でどうとでもなると考えていた。
次がダンジョンと予告されていたら、もっと食料や水の携帯量を増やしていただろう。
次が四部構成シナリオの最後と言うことで代わりに矢やポーションなどの消耗品を大量に用意してたのだ。
「仕方ねえよな。しっかし、なんだかんだで結構時間食ってるな。体感だと目覚めてから五時間程度ってとこか。まあ時計が有る訳じゃねえから、はっきり分かんねえけどな」
「午前から午後に変わったのは間違いないねえ」
「よくわかったな」
「その突き立てて置いた矢だよ。影の動きと長さからの推測だけどねえ。太陽の動きを延長してみると太陽の軌道も東からそのまま真上通って西にって訳じゃ無いなあ。なら地軸が傾いてるってことだよねえ。たぶん春分越えたばかりなんだろうねえ」
「小学校の理科の授業って無駄じゃなかったと思えるね」
ゴローは初めから異世界を主張していたため太陽の動きに注視していたのだろう。どんな世界かを知るために。怖がりながらも為すべきことは判っていたのだ。
一通り持ち物の確認を終えて四人は一息ついていた。
自分達だけでなく周りに目を配る余裕も出来てきたようだ。
「明るい内にキャンプの用意するのが定番だよね。とりあえずやっておいた方がいいと思うよ」
ユーリの提案に皆が肯いた。
ドーリがずだ袋からテント用の部品を取り出していく。
他の三人が継ぎ合わせて二メートルくらいの棒を三本作っていった。それらを組み合わせるように立てていく。
ドーリはその間に出していた薄い革を上部は巻き付けるように、下部は被せるように置いていった。
一辺二メートルの三角錐状のテントが出来ていた。なんとか三人が横になれるくらいの大きさである。一人が見張りに立ち、残りの三人が休めるようにしているのだろう。
だが彼等の場合は二人ずつ休みを交代するように運用していた。
「空腹も感じるようだな。携帯食で腹ごしらえしておこう。陽が沈んでからの見張りはゲームの時のように先にドーリと俺のペア。後にゴローとユーリで良いな」
エイティの言葉に皆肯いた。
変にこだわる井上のシステムでは、夜間は灯りがあっても半径十メートルまでの周囲しか視線が通らない設定だった。
だから陽が沈んでいる間はまともな行動がとれない。
しかもスキルポイントやヒットポイントの回復が定量でない設定でもあった。
連続休憩時間が長いほど効率が上がるのだ。八時間以上でゼロから全快することになっていた。
そして夜間のモンスター遭遇率も見張りの人数で変わるのだ。
当然であろう。見張りが一人しかいないのと二人いるのとでは獣の知能でも、どちらが安全に襲えるか分かるだろうから。
それに襲われた場合、見張りが一人だと他のメンバーを必ず起こさなければならない。二人なら寝ているメンバーを起こさずに対応できる可能性も高い。
結局六時間ずつ二交代で休憩を取るほうが効率が良かったのだ。六時間では回復量は七十パーセントくらいだ。だが最後のボス戦以外で三十パーセントを切ることなど大抵無いのだから。
そしてペアは気配察知が出来るスカウト系のゴローと、探知魔術が使えるメイジ系のエイティは分かれていたほうが良い。
また大した装甲の無いエイティは重装甲のドーリが一緒の方が安全だ。自然とドーリとエイティ、ユーリとゴローのペアとなる。
順序は最初に行ったじゃんけんの結果だったが。
ドーリが携帯していた薪を取りだして、エイティが魔術で火をつけた。
そして四人は携帯食を調理する。湯で煮込んで粥状態にするだけだが。
十分ほど煮込んだ粥を口にする。
しかし二口目からは、もそもそ食べるといった感じになっていた。
ちなみに彼らの持つ携帯食は糒、干し飯である。これは初期設定の出身地を南方、米が取れる地域にしていたおかげである。
「あー、やっぱこんな味なのかよ」
「あんまり美味しくはないかな」
「はっきり言って良いぞ。不味いと」
「この味は……ウソをついてる味だぜ……」
中世風ファンタジー世界の携帯用保存食だ。味に関しては推して知るべしだろう。一人だけ意味の分からない感想を述べているようだが。
携帯食を無理に腹に流し込んで、四人は思い思いにくつろいでいた。
やはり相当神経に来ていたのだろう。
いきなり見知らぬ場所に見知らぬ姿で放り出されたのだ。原因も今の状況も分からない。取り乱したり弱音や泣き言を吐いたりもした。
スキルや持ち物の確認も意識を逸らせる意味もあったのだろう。
そうしているうちに日が落ちてきた。