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6.ずっと待っている

「骨折や欠損なんかも試したいところだが……今は止めておいた方が良いな」


 エイティが皆に語りかける。

 ゲームでは実際には傷付いたりはしない。ヒットポイントが減るだけだ。

 しかし夢か現実かは分からないが現状ではそれが起こるのだ。更に酷い状態になることも起こり得ると考えられる。それを回復できるかも確かめるべきだが、さすがにそこまで覚悟は持てないのだろう。


「一応最上位の回復は欠損修復も可能になったし大丈夫だとは思うけれど……」


 ゲームシステム上はヒットポイントで管理するため、肉体欠損の考慮は本来不要な筈である。

 しかし井上があるシナリオで噛み千切りというスキルを持つ敵を出したのだ。

 片腕なくした弓使いなど、この先キャラクターとして使える訳が無い。その時に遺伝子情報からの再構成という形で欠損修復が追加されたのだった。

 ただ、以降も欠損を与えるような敵を出すのは井上にリアル思考めいたこだわりが有るのだろう。当たらなければどうということはないということか。テストしている四人は不満だったようだが。

 ユーリは欠損も回復可能と言ってはいるが、それでもやる気は薄そうである。


「そうだよねえ。さすがにそこまで試す必要ないよねえ」

「そのうち機会があるかもしれねえしな。エイティが落ち着いてくれているので助かるな」


 残る二人もこれ以上することにあまり乗り気でないようだった。

 スキルが使えることを確認し終えて皆幾分落ち着きを取り戻したようだ。


「波打ち際に居るのもなんだし、元の場所に戻った方がいいんじゃないかなあ」


 ゴローが言いながら歩き始めた。

 他の三人は少し首を傾げる。

 氷の円盤が傍に浮かび波の音がする場所から動くのは納得できる。しかしなぜ元の場所まで移動するのかと思っているのだろう。

 だが三人ともそれを口にせずにゴローの後に着いていった。

 ゴローは地面に突き刺しておいた矢の辺りで腰を下ろした。続いて来た三人もお互いの顔が見えるように輪になって座り込んだ。

 誰も口を開かない中、ユーリが呟く。


「それで……これからどうするのが良いと思う?」


 他への問いかけではなく自問といった方がよさそうな感じであった。

 少ししてドーリが物憂げに答えた。


「夢なら……醒めるのを待つしかねえんだろうな」

「夢じゃなかったら、ううん、夢だったとしても今は何をすれば良いと思う?」


 ユーリが再度呟く。だが問い詰めるような感じではない。

 当然だ。自分も答えを持ってないのだから。

 しばらく沈黙が続いた。

 風も無い砂浜だ。エイティが作った氷の円盤が浮かんだままの海面も、凪いでいるためか何の音もしない。耳が痛くなるほどの静けさだった。

 そんな中ゴローが背を倒し砂浜に仰向けに寝転がった。


「僕さあ、異世界物とか好きでWEB小説なんかも結構読んでたんだよねえ。そしたら異世界行ってみたいなあって考えちゃうんだよねえ。神様に会ってトンデモ能力貰ってチートでハーレムで俺TUEEEEしてみたいってさあ」

「夢じゃねえなら叶うんじゃねえか。お前じゃハーレムは無理だろうけどな」

「想像くらい勘弁して欲しいねえ。で、今の状況、異世界っぽい所にいてゲームの姿でスキルも使えたじゃない。内心で始まったあと喜んじゃったんだよねえ」

「僕も同じだったと思う。ちょっとはしゃいでたかも」

「でもさあ、じゃあ何をしようかって考えても……何も出てこないんだよねえ。異世界に来て即座に行動起こせるんだから異世界物の主人公達って凄いよねえ」

「そうでないと話が始まらないからだろう」

「召喚の場合はさあ、召喚主がこういう問題があって召喚しましたって理由説明してくれる。こうしてくださいって行動指針も示してくれる。そして為し終えたら帰してくれるんだよねえ。転生だと死んだことを認識している場合は帰る場所なんて無いんだし、その世界で生きていくしか仕方ないよねえ。赤ん坊からのやり直しならなおさらねえ。神様が出てくるパターンだと、理由も教えてくれるしさあ」

「俺等はどれにも当てはまんねえようだがな」

「そういう感じの話も有ったけど、それでも彼等はすぐに何か行動を起こすんだよ。本当に凄いよねえ。パターンに沿うなら、すぐにでもこの場を立ち去って人里を探すべきなんだろうけど……」


 一息おいてゴローが背を起こし座りなおした。そして下を向いて小声で続ける。あえて他の三人の顔を見ないようにしながら。


「ぶっちゃけちゃうとさ……怖いんだよ。物凄く怖い。怖くて怖くてたまらない。ここから動くことが。何かをすることが。戻れなくなりそうで怖くて仕方がないんだ」


 彼等は召喚主にも神様にも会っていない。何かを為せば戻れるのか、それとも二度と戻れないのかも分からない。

 いきなり此処に居たのだ。ならばいきなり戻るのかもしれない。

 それはこの場所だからという可能性もある。魔素などの濃い場所なのか、もしくは世界の重なりあう場所、いわゆる特異点なのかは分からないが。

 だから動かない。動けない。

 ゴローがここに矢を突き刺していったのは、この何の目印も無い広大な砂浜に出現位置が分かるような痕跡を残しておきたかったのだろう。


「……異世界に『行きたい』じゃなくて『行ってみたい』だったんだよねえ。いつでも戻れるのが前提の考えだったんだよねえ」


 そう続けてから黙り込んだ。

 彼には夢だという考えは無いのであろう。潮の香りや波の音。スキルを使い、回復を試した時の感覚や痛み。夢では有り得ないと考えるのも当然だ。

 しばらくの間誰も口を開こうとはしなかった。


「ドーリは俺が落ち着いていると言ったな。……落ち着いてなんていないさ。さっきからずっと祈っている。夢なら早く醒めてくれと。ずっと待っている。ファミレスに着いたぞと誰かが起こしてくれるのを」


 エイティが弱音めいた事を呟く。

 そして再び沈黙が訪れる。

 彼等四人は晴天の砂浜に座り込んでいる。そして微風すら吹いてないためか空気は乾燥している。それなのに彼等は周りの空気が重く澱んでいるようにも感じられた。

 そんな中ユーリが考え込んだ末に話し始めた。


「はっきり言うとね。僕もこれは夢じゃないと思ってる。この格好やスキルが使えることからも地球上のどこかに飛ばされたんじゃないよね。ゴローの言う通り、たぶん異世界ってことだと思うよ。でも偶然なんかじゃないとも思ってる。たまたま異界と繋がったとかのね」


 エイティとゴローも無言で肯いている。

 言っている意味がうすうす分かっているのだ。

 しかしドーリは最後のところに疑問があるようだ。


「偶然じゃない? そりゃ、どういうことだ?」

「神様だか世界の管理者だかの超越的存在なんかが関わってると思うよ」

「は?」


 ドーリが意味が分からないといった顔をした。

 いきなり神だの超越的存在などと言われても受け入れる方が難しいだろう。

 エイティが説明を続けるように促すつもりだろう。ユーリに問いかける。


「そう考える根拠は何だ」

「この格好と力だね。たまたま紛れ込んだのなら本来の姿だったと思うから。転移時に変質したとかでも市販されてないどころか製作途中の自作TRPGのテストキャラクターになるなんて、それこそ起こり得ないでしょ」

「そうだな。いくら直近にやっていたと言っても、もっとやりこんでいたゲームも多くあったしな」


 そのやり取りにドーリも納得したようだ。

 別の市販ゲームで長期キャンペーンをやりこんだキャラクターの方が良いだろう。テスト中システムの物よりはるかに安定している。そして強かったのだから。

 もし選べるのならば、いや記憶に強く残っているものが表出したのだとしてもそちらになっていただろう。

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