52.そこで止まれ
彼等は撤退を開始した。
先頭に盾を構えたドーリが立ち、武装解除され捕虜となった男が続き、エイティとゴローが短剣とナイフを構えたまま監視のために捕虜の男の後ろに並ぶ。最後尾には円盾を構えたユーリが続いた。
なぜか一軍とも言える規模まで膨れ上がっっていたメギョア達は襲って来なかった。それどころかメギョア同士で争っている姿が見える。洗脳が解けたか、もしくはテイマーの指示が無くなり混乱しているのだ。
数匹がドーリの前に現れるがハンマーで薙ぎ払うと吹き飛ばされていく。
撤退時は斥候を避けるような真似もしない。真っ直ぐ進み続けた。
だが奥に向かうときに出会った幾つかの斥候も、今度は会うことが無かった。斥候の群れも混乱しているのだろう。
進み続けた彼等は森の端に辿り着いた。
目の前に広がる草原に一息つく。はるかな先に小さな林が見えていた。村の果樹林だ。
日も暮れ始めて西の空は少し赤みがかっていた。村に辿り着くころには日が沈んでいるだろう。
捕虜の男は森の外に出られたことでフウと息を吐いた。
久しぶりに森の外に出られたのだ。今までずっと魔の森の中を移動してきたのだから。この国の言葉を喋れるのは自分だけであったし、他国の中をおおっぴらに進むことなどできる筈が無い。
メギョアの群れを連れているならなおさらだ。魔物使いの男は軍部の者では無かったのだろう。軍部から提案された護衛部隊を拒んで、自分が従えたメギョアに周りを囲ませていたのだから。
付き合わされた自分と、もう一人の雑務を行う下働きの男には苦痛だった。
側に居るのはメギョアの大群。いくら魔物使いが指示を出しているとは言え、いつ牙を剥くかも分からない。
しかも魔の森を進みながら支配下にないメギョアに出会うと、魔物使いの男はどんどん群れに加えていくのだ。そのこと自体は予定通りなのだが、襲撃予定の辺境につく頃には万の単位まで膨れ上がっていた。ここまで増えるとは予想外だ。
だがそれも終わった。僅か四人の冒険者により潰されたのだ。
魔物使いも雑役の男も死んだのだろう。この四人が見逃すとも思えない。魔物使いが居なくなれば集めたメギョア達もそのうち四散するだろう。
外縁部のメギョアが騒ぎ始めた時に、様子見に動いた男は運が良かったのだ。
魔物使いは迷い込んだ冒険者で、すぐにメギョアが始末すると嘯いていた。だが幾つもの斥候を遣り過ごして来た者達だ。男は気になって駆け出したのだ。
男は自分の膝が完全に治されていないことに気付いていた。痛みは無いが違和感はある。たぶん走る事は出来なくなっている。
両肩にも痛みは無い。だが両腕はろくに動かない。いや、感覚はある。ゆっくりなら動かせなくもない。
背中の傷も痛みは無い。多少不自由ながら日常生活は送るのは問題ない。
あの場で殺される事に比べれば十分マシだ。猶予を与えられたにも関わらず、やり過ごせると思って出て行かなかった自分が悪かったのだ。
目の前の大柄の男が言った通りなのだろう。歩けるが走れない。腕も動かせるが抵抗する力はもう無くなっている。
走る事が出来ない捕虜の男に合わせて、ゆっくりと彼等は草原を歩いていた。
さすがに狩りは出来ない。ゴローは七割以上、エイティは九割近く、ドーリやユーリですら五割以上のSPを消費している。HPの方はほぼフルのままだが。
それ以前に四十体ものメギョアが、この辺りを通り村を襲いに向かったのだ。普通の獣も数日はこの近辺に姿を見せないだろう。
五キロの距離を一時間半掛けて歩き、ようやく果樹林近くまで辿り着いた。
既に日は沈んでいる。だが先の方に灯りが見えた。誰かが焚き火をしている。
たぶん目覚めたネカハがドーリの伝言を村長やエルイに伝えたに違いない。そして果樹林の辺りで見張りをしているのだろう。
たぶんエルイの護衛達だ。
護衛達には申し訳ないと思う。販売員の手伝いや、メギョアが現れてからは彼等四人が果樹林の真ん中で休憩している間の見張りもしていたのだ。
そのうえ彼等四人が急に居なくなり、ネカハに事情を聞いた後は再び果樹林での見張りをさせられている。
ある程度の冒険者ならば、徹夜や短時間の休憩でも数日は持つだろう。だが気の抜けない見張りを続けるのは大変に違いない。
もっとも彼等四人も休憩を挟みながらだが、襲ってきた四十体のメギョアを倒し、一万体ほどのメギョアの集団に乗り込んだ。そして接敵していた数百体と、さらに中心部に居た人間のテイマーを含む数百のメギョア達を殲滅したのだ。
謝罪の必要は無いだろう。
彼等が果樹林の先に敷かれた柵のところまで来ると、さすがに見張りをしていた者も気付いたようだ。
体躯の大きさからメギョアでないことは明白だ。ただそこに居るのが四人でなく、人数が増えている為か警戒は崩していないようだった。
スカウト役の弓持ちの男が弓を構えながら声を掛けてきた。
「そこで止まれ。ドーリ達なのか?」
「ああ」
「人数が多いようだが」
「メギョアを操っていた者を捕らえてきた。他国の者らしい」
「メギョアはどうなった」
「少しだが間引きしておいた。たぶんもう襲ってくることは無いだろう」
「分かった。こっちに来ても構わない」
ドーリであることを確認して、護衛の男は弓を下ろして近寄る許可を出した。
隣に居た別の護衛も立ち上がって村の方に駆け出す。村長とエルイに告げに行くためだ。
捕虜の男はドーリの返答に呆れた表情をしていた。
彼はこの国の言葉が分かる。
少しだけ間引きしただと?
外縁部に居たメギョアと、魔物使いの男が強個体として金属武器を渡した護衛役を含む中心部にいたメギョア。僅か四人で少なくとも五百、下手をすれば千体以上のメギョアを倒していながら、彼等には単なる間引きに過ぎないのか。
彼等は焚き火の方に近付いていった。
そこにはテントが張ってある。馬車もあった。ここまで運んできたのだろう。良くあの橋を渡れたものだ。アーチ橋のおかげに違いない。今夜は昨夜の野営地ではなく、ここで見張りをしながら夜を過ごす予定だったようだ。
弓持ちの男がテントの中に声を掛けている姿が目に入った。さすがに休んでる他の二人にも話を通す必要があると考えたのだろう。
焚き火の側で少し待つと、テントから弓持ちを含む三人の護衛が出て来た。
ドーリは捕虜の男を護衛達に預けた。武具も防具も取り上げているし、両肩も両膝も完全ではない。捕虜の男が少々腕が立ったとしても問題は無い。
そして自分達の荷物を取りに果樹林に入ることを告げた。その際ネカハの話を聞いた。
村長の息子が彼等四人の荷物を改めようとするのを必死で阻止していたと。彼等四人は絶対戻る。少なくとも明朝までは手を出す事は許さない。そう言って邪魔をしていたと。
それを聞いたドーリは少し苦笑した。そこまで信用してくれていたのかと。
正直なところ残した荷物を探られるのは覚悟していた。香辛料や砂糖を少し抜かれたとしても、見張りを放り出して迷惑を掛けた詫びとして目を瞑るつもりだったのだ。
だから本当に見つかると不味そうな物、ポーションなんかは残さずに背嚢に入れて自分達が持つようにしたのだ。
さすがに金銭や抜かれた物が大量だと、それをネタに脅すなりしただろうが。
彼等四人は果樹林の中に踏み込んでいった。現在の彼等の身体は全員夜目が利くらしい。灯りも付けずに進んだが問題は無かった。
荷物を埋めた辺りに誰かが座り込んでいるようだ。槍らしき物を抱えながら。
阻止、邪魔をしていたと聞いたが、それは物理的な手段だったらしい。
座っていた者は、誰かが近付いたのを感じたのか立ち上がって槍を構えた。
四人はそれを気にせず、ドーリを先頭にして歩み続けた。
月明かりに照らされたドーリの顔に気付いたのだろう。槍を落として手で顔を覆っている。
「ただいま戻りました」
ドーリが声を掛けると、駆け出してドーリの胸に飛び込んできた。
そして胸に顔をうずめると、わあわあと泣き出した。
「荷物を守ってくれていたようですね。ありがとうございます、ネカハさん」
その声が聞こえていないのか、ネカハは延々と泣き続けている。
ドーリの背後で三人が呟いていた。
「羨ましいねえ」
「ゴローの気持ちが分かった気がする。僕もヒロインが欲しいと思うよ」
「やはりドーリが主人公か」




