34.スワンプマンだろうな
使えない物や不要な物は、護衛達が大きなずだ袋に入れて背負っていく。
息絶えた盗賊の男二人はユーリとゴローが脚を持って引き摺っていく。
女は髪を掴まれてドーリに引き摺られていた。ブチブチと毛が抜けているようで女は呻き続けるがドーリは気にもしない。
護衛達もエルイから毒を撒き散らすつもりだったことを聞いたのか、女に同情する様子はない。
護衛の男達は全員三十前後の年齢だ。女を抱きたくなる時もある。
だがいくら美人であっても下顎を砕かれた顔を見ながら、下半身が潰された女相手に腰を振る気は起きないだろう。
次の村には未亡人が居ることが分かっている。そこで発散すれば良いのだ。
現代人には理解し難いだろうが、中世あたりではその行為が村の未亡人、寡婦にとって現金収入を得る貴重な機会なのだ。
しばらくして木立ちで襲ってきた盗賊達を捨てていった場所に辿り着いた。
ユーリとゴローはアジトにいた盗賊達の亡骸を同じように放り出す。
護衛達はずだ袋に詰め込んでいた不用品をまとめて積み上げた。もう魔術師であることを隠すつもりが全く無いエイティが炎を発して燃やし尽くす。只の火ではない超高温により真っ白な灰となっていった。護衛達は彼が高位魔法士であることには納得しているが、やはり驚きの声を上げている。
最後にドーリは引き摺っていた女をフィルヴィの亡骸の横に並べて言った。
「せめてもの手向けだ。フィルヴィとやらの隣に置いてやる」
そう言い残して彼等は去っていった。
女は横に転がる首の無い、だが自分の情夫と分かる遺体を見てウーウーと呻り続けていた。
それが「助けて」なのか「殺して」なのかは、もう誰にも分からない。
彼等一行は木立ちのある場所まで進み続ける。
少し遅れたが襲われた木立ちで昼休憩を取るのだ。
エルイは馬を牽いている。護衛達は手に入った盗賊達からの戦利品に嬉々として騒いでいる。
エイティ達四人は少し後ろを離れて歩いていた。しばらく無言で進んでいたが、唐突にエイティが口を開く
「……なあ。お前達も俺が、俺達が壊れていることに気付いているんだろう」
「嫌悪感も罪悪感もないよね。でも爽快感も達成感も感じていないと思う」
「直に手を掛けたってのにな。あの女にしても可哀相なんて気が起きねえし」
「僕等ってここまで冷酷非道だったのかねえ」
木立ちで襲ってきた十二人、アジトに残っていた三人。合わせて十五人の盗賊の十三人までを直接その手に掛けたのだ。嘘を吐いて最終的にエルイの護衛に殺された男とアジトに居たフィルヴィの情婦も間接的な死因は彼等だ。
木立ちの盗賊の内の中遠距離タイプの三人、弓持ち二人と魔法士、逃げようとした一人、そして首領のフィルヴィに関しては仕方がないかもしれない。先制しなければ、逃げられれば、ドーリが相対しなければ、他に被害を及ぼす可能性があったのだ。
だが降伏した七人は。アジトに残っていた三人は。
確かに放って置けば後々害になる可能性が高かっただろう。しかしエルイと護衛達に任せても良かったのではないのか。なぜ自分達で全てを行ったのか。
エルイ達に力を見せ付けるためか。盗賊殺しの負担を掛けないためか。違う、そうじゃない。
楽しんでいたのだろうか。力を振るうことを。人を「殺す」ことを。
その方が救いが有ったかもしれない。少なくとも感情は動いているのだから。
彼等四人は淡々と機械的にそれを行ったのだ。行ってしまったのだ。
エイティが危惧していたしきい値。そんなものが元から無かったとしたら。
「たぶんその手の感情を感じないように調整されているのだろうな」
「それって僕等が生体ロボットだかホムンクルスだかの人造体って事だよねえ」
「意識や記憶だけ移された、ううん、写されたってこと?」
「なら現実には元の俺等が居るってのか。あの後に晩飯食って昨日も今日も井上の家でゲームやってんのか」
「その可能性も無きにしも非ずだねえ」
「それって僕達は元の男が生きてるスワンプマンになると思うんだけど」
「推測に過ぎないがそれが近いのかもしれない。まあ異世界物の主人公はほとんどの場合が、スワンプマンだろうな」
スワンプマンとは、あらゆる有機物が溶け込んだ沼の傍で突然雷に打たれて死んだ男がいて、同時に落ちた別の雷により沼の汚泥から偶然にも死ぬ直前の男と全く同一の完全なるコピーとして生まれた存在を指す。脳の状態すら同一なので死ぬ直前の男の姿と記憶や知識を持ち、平然と男のその後の生を歩み続けるのだ。哲学において同一性やアイデンティティを考えるのに使われる問題の一つである。
現実世界で死亡、そして異世界に記憶を持って転移転生する。
そこには偶然の雷で起きたか、神様などの力によるかの違いしかない。
己の死を自覚していても、それはスワンプマンと言えなくもない。
「……だからって目標が変わる訳じゃねえ。俺等は還るんだよ、向こうに」
彼等は自分達の存在、アイデンティティを疑い始めている。
しかし目的が変わる事はない。
ここは自分達の世界ではない。だから戻るために努力する。出来るかどうかは考えない。いや出来ると信じて進むしかない。
そして一行は木立ちまで戻ってきた。
さすがに手前側は盗賊達との戦闘跡が残っている。彼等は反対側の方まで進んで休憩を取る事にした。
太陽の位置から判断したのだろう。エルイが告げる。
「一刻半ほど余分に掛かりましたか。夕一刻までには次の村に辿り着けそうです。なんとか日のある内に間に合います」
既に昼は回っていた。ここで昼の休憩を取るのだろう。
ドーリはエルイに問いかける。
「仲間が狩ったウサギ肉……お譲りしましょうか。もちろんお代を頂く気はありません。不愉快な物を見せたお詫びです」
ドーリはエルイと護衛達が素直に受け取るかでは無く、食欲があるのかの方が不安だった
あの凄惨な状況の後である。自分達四人に影響が無いのは分かっている。だがエルイ達はどうか。狩って処理したばかりの生肉を受け付けられるのだろうか。
しかしエルイは朗らかに笑って答える。
「喜んで頂きます。ただし私も商人の端くれ。無料で受け取る気はありません。まあ、さすがに昨日の値では貴方達も心苦しいでしょう。ご相談と言うことで」
そしてエルイ達とドーリ達は一緒になって肉を焼き始める。
ドーリ達が草を刈り護衛達は薪を用意する。エイティが魔法で火を付けた時は、護衛達は改めて見た魔法に拍手喝采していた。
焚き火の周りに串を刺した肉を並べ、真上にはエルイの提供により大麦の粥が煮られている。
盗賊の財貨を折半と言うことでエルイも気が大きくなったのだろう。
それでなくともフィルヴィの討伐に関わったことで名が高まるのは間違いない。それは金銭で買える物ではないのだ。
護衛達も昨夜と違いドーリに気楽に話しかけている。
共に盗賊達と闘いアジトまで乗り込んだのだ。彼等の持つ力も敵でないのも知った。もう仲間で良いだろうと。
エイティ達は冷酷無比、悪逆非道な行為だったと考えているが、エルイ達はそう思っていないのだ。
襲ってきた盗賊を返り討つのは普通の事だ。そしてアジトに乗り込み全滅させるのも。他の商人や後々の事を考えると余裕があるならやって当たり前の行為だ。
嘘を吐いた盗賊の手足を潰しての放置、生きたまま喰われるか餓死かの二択はさすがに気の毒だとも思う。しかし毒を撒き散らそうとした女には当然の報いでもある。
しかも半数近くは眠りと麻痺で苦痛を与えずに葬っている。盗賊相手には善行と言っても構わないだろう。
護衛達も三十歳近い十年選手だ。自分達が上位のベテランとまでは言わないが中堅だとは思っている。エルイの護衛以外にも様々な依頼を行ってきたのだ。今回の盗賊討伐を凄惨だとは微塵も感じていなかった。
どうこう言ってもエイティ達は、やはり現代日本の感覚が抜けていないのだ。




