33.後で褒めてたことは伝えてやる
ドーリは一息吐いて再び女に問いかける。
「罠の中身は」
「罠なんかないわよ」
「ネガティブ」
女は自分が生き残ることは諦めたが、こいつらを道連れにしてやるとでも思ったのだろう。
だがエイティは即座に女の言葉を否定する。
ドーリは無言で左ふくらはぎの槍を引き抜き、右ふくらはぎに突き立てる。女のあられもない悲鳴が響き渡る。
その様子を見ながら倒れている盗賊の男は呆れていた。
この期に及んでまだ嘘を吐くとは。コイツ等はどうやってか本当か嘘かを判断する方法を持ってることをまだ分かっていないのか。
そしてハンマー使いが訊いているのは、罠の有無でなく「内容」だ。罠が仕掛けられていることには気付いているのだ。
仕掛けられているのは毒の噴霧だ。しかしテント内ならともかく外に持ち出された以上、箱を開けた者くらいにしか効果がないだろう。
しかも魔法使いがいる。一瞬で身体を麻痺させて眠らせる力の持ち主だ。毒消しが出来るかもしれないし、治癒魔法を持っている可能性すらある。
もし罠が発動しても、奴等は激昂して俺達を殺したりはしないだろう。壊し尽くすだけだ。そして時間をかけて苦しみ抜いて死んでいくのを待つのだ。その様子を見続けることもなく、単に放置したままで。
男は大声で喚いた。
「毒だ! 毒が仕掛けられている! 抉じ開けたり、鍵で手順を踏まないと噴射される!」
「ポジティブ」
二手に分かれて男の方を見ていたゴローが肯定した。
女は痛みに呻きながら裏切った男を睨んでいる。
ドーリは女の方を向いたまま尋ねる。
「解除方法か手順を言え」
「知らないわ。私にこんな真似したんだもの。みんな毒で死ねばいいのよ!」
「ネガティブ」
ドーリはふくらはぎから槍を引き抜き、左の上腕部に突き刺す。
女は悲鳴を上げるが、ドーリは気にした様子もなく二度三度と突き刺した。
筋肉が断裂しているのだろう。ブチブチと音がしている。
倒れたままの男は痛みを堪えながらも、その様子を見て嘲笑う。
あの女狐はまだ分かってねえ。コイツ等が腕と脚しか壊さないことの意味を。痛みを感じる脳みそのある頭、潰れたら即死の危険がある内臓の詰まった胴体、それらに手を出さないことの意味を。
「解除は出来ねえ! 出来るのかも知れねえが俺にはその方法が分かんねえ! 鍵を一度カチッと音がするまで奥深くに差し込むんだ! それから浅く引き戻せ! 鍵山が表面ぎりぎりの所くらいで回せば罠は発動しねえ!」
「ポジティブ」
ゴローの肯定を受けたドーリは、槍を深く地面にまで突き込み女の右腕を固定する。女の上げる悲鳴を無視したまま。
そして鍵を握って宝箱の前に移動した。
エイティとユーリはエルイに離れるように指示して、ドーリの背後に立った。
強い風がドーリの背後から吹き出し宝箱の背面あたりで上昇していく。ドーリのマントがバタバタと音を立ててはためいていた。毒が噴出しても、その強風によりはるか上空に吹き飛ばされるに違いない。
ユーリがエイティの横に立っているのは万が一のための治癒役としてだろう。
いきなり巻き起こった強風に女は驚きの表情を、倒れている男はやはりという笑みを浮かべている。
言われた手順でドーリは鍵を開ける。罠の発動はなかったようだ。
宝箱の中には布に包まれた物が幾つも並べられていた。その布を開いていくと宝石や芸術品などが一つずつ包まれていたのが分かった。
フィルヴィは馬鹿ではなかったらしい。剥き出しで乱雑に放り込み、全てを傷だらけにするような愚挙は冒さなかったようだ。
金貨などは少ない。当然だ。嵩張るだけの貨幣を入れる余裕があるなら、高額で換金可能な物を積め込むに決まっている。
手足を砕かれた盗賊の男は無事に宝箱が開いたのを確認して、エルイに向けて首を振った。
エルイはそれを受けてドーリの耳元で何かを伝える。
ドーリは数回首を縦に振った後、エイティに耳打ちをした。肯いたエイティは男に指先を向けた。
エイティやユーリの使う麻痺は、感覚と運動神経にのみ働く。自律神経系、心臓や通常の肺の動きに影響はない。
男は首から下が全く動かなくなるのと同時に、痛みを全く感じなくなったことに驚きの声を上げる。
「あんた凄え魔法士なんだな。首から上だけ残して麻痺させるなんて。相手の力量を見損なうとは。俺はつくづく馬鹿だったな」
残念ながらエイティには男の言葉が分からない。
無言のままのエイティに代わり、ドーリが男に告げた。
「お前の言葉が分かるのは仲間内では俺だけだ。後で褒めてたことは伝えてやる。宝箱の件で楽に……ではないが殺してやるよ」
「ありがてえ。あの痛みは耐えられねえ。この商人にどうなるか聞いたしさ」
ドーリはエイティから短剣を受け取り、男の胸下から突き上げた。
首から下が麻痺状態の男は一瞬身体を震わせた。だが痛みは感じていないのだろう。落ち着いた目で自分に刺さった剣を見る。そして目を閉じた。
呼吸が止まり、ゆっくり意識が薄れていった。
各テントの捜索を終えたのか、護衛達が戻ってくる。やはり大した物は無かったようだ。
しかも盗賊達のテントを畳んできたようだ。下手にこの場に残して獣の住処にでもなるのを避けるためだろう。
護衛達は開いている宝箱に歓声を上げる。エルイは三人に中身を馬車に積み替えるように、一人には首領のテントを片付けるように指示していた。
ドーリはしばらくしてから男から剣を引き抜いた。血は滴り落ちるが噴出しはしない。血流が止まるのを待ったおかげだろう。
男の衣服で短剣を拭うとエイティに返す。
それから四人で首領の情婦だった女を囲む。
ドーリは未だに叫びつつ身体を捩じらせる女を見つめて呟く。
「やっぱ肩と腰、股関節が動かせると駄目か。下顎も潰さねえとうるせえな」
それを聞いた女の懇願の眼差しを無視して、ハンマーを振り下ろしていく。
両肩と腰、骨盤を砕かれて叫び続ける女の頭に左足を乗せて横に向かせる。
「一応女みてえだし顔はきれいにしといてやろうと思っていたが。お前にゃそんな配慮は無駄だったな。お仲間のいる場所にそのまま放置する。生きたまま獣にでも喰われるか、餓死するまで苦しみ続けな」
そう言うと右足で下顎を踏み抜いた。グシャリと言う音が響く。
その後の女の悲鳴がアーとかウーと言った意味を成さない物だけになる。そのうち喉も枯れ果て大きな声は出せなくなるだろう。
盗賊のテントなどを片付け終えたエルイと護衛達、そしてエイティ達四人はその場を立ち去った。
盗賊のテントや備品は馬車に積んでいる。別の村で行商した後だからかどうにか積載できたようだ。
宝箱は開いたまま放置する。あんな無駄な重量物を馬車に載せて牽かせるなど馬に対する虐待だ。罠は仕掛けられたままだし、揺れで作動でもしたら目も当てられない。
一応ユーリが無毒化の魔術を使ったが、効いたのか確かめる気も起きない。
時代的に仕掛けられた毒物が化学化合物な筈がない。もし魔術が効いてないなら、時間経過による劣化、無毒化を期待して放置するしかないだろう。
ユーリの回復系魔術の使用はエルイや護衛達には気付かれていない。呪文や詠唱、身振り手振りが不要な井上システムに感謝すべきだろう。




