3.せっかく覚えたのに無駄って……
「夢だとしたら……ドーリが眠ってたら事故になってると思うけど」
「いや、それなら助手席の俺が起こしてるだろう」
「じゃあ四人揃って同時に眠りに落ちたってことになるのかな。それも事故起こしてると思うよ」
ユーリとエイティが夢だった場合の可能性を述べる。
どちらにしても救いがない。
「お前らなにがなんでも事故ってことにしてえのか。ならばこれは走馬灯かよ。走馬灯って過去を見るんじゃねえのかよ」
ドーリが声を荒げる。よほど母親が怖いのか。事故にはしたくないようだ。
だがトラックではないだろう。
正面や側面からの衝突なら覚えていない筈も無い。後方からでも停車しているならともかく走っている状態で四人が一度に意識を失うような衝突だと、トラック側はどんな速度を出していたのかという話になる。
そして四人が同時に前後不覚に寝入ると言うのもありえない。そんな即効性のある麻酔薬や睡眠薬はないであろう。
そう考えたのであろうエイティが呟く。
「結局この状況もその原因もわからないと言うことだな」
それを聞いた三人はため息をついた。同じ考えに至ったのだろう。
しばしの沈黙の後に気分を変えるためか、もしくは話を逸らすためだろうか、ドーリが声を上げた。
「しかしこの姿って……まさかゲームのようなスキルが使えるんじゃねえよな」
「ステータス……鑑定……メニュー……何も起きないなあ。やっぱり異世界じゃないのかなあ」
それを聞いたゴローが小声でなにやら呟いた。
だが何も起こらないことにがっくり肩を落としている。何が起こると思っていたのだろうか。何かに毒されているようだ。
「それも確認したほうがいいだろう。ついでに持ち物も装備しておくべきだな」
エイティがドーリに同意する。
ゴローを無視しているのは彼等の行っていたゲームシステムには、呟いていた名に該当するスキルなど存在していないことを知っているからだろう。
いや、いつもの事だと諦めているだけかもしれない。ユーリもゴローを可哀想な物を見るような目で眺めている。
それから全員が武具や布袋を拾い上げる。なぜか似たような布袋なのにどれが自分の物かも分かるようだ。
皆が武具を装備するのを確認してからエイティが続ける。
「スキルで分かりやすいのは魔術系か。なら俺がやるべきだな。……笑うなよ」
そして三人に背を向ける。フレンドリーファイア、同士討ちになるのを避けるためだろう。
しかし本当に使えるとは思っていないのか念押ししている。
前方数メートル先の地面に向けて右の手のひらを伸ばし、ボソッと囁くように「火弾」と唱える。小声なのはやはり恥ずかしいのだろう。
その瞬間手のひらから赤い線が走る。そして線の先の地面が弾けて砂が飛び散る。少し熱気も感じられた。
「え?」
驚きの声を上げたのはそれを行った筈のエイティである。
目の前で起きた事が信じられないのだろう。手のひらを目の前にかざして見つめている。
後ろに控えていた三人は声も出せずに目を見開いている。
彼等もスキルが使えるかもしれないとは思っていた。しかし本当に使えたのを見て驚く事しか出来なかったのだ。
「次、僕がやろうと思うんだけど」
「俺って何が使えたっけ」
「黄昏よりも昏きもの、血の……」
そしてエイティを除く三人が騒ぎ出す。なにやら物騒な呪文らしきものを唱え始めている者もいる。
その騒ぎに我を取り戻したらしいエイティがなだめるように皆に声をかける。
「待て。皆落ち着け。ゴローはその意味不明な呪文を止めろ、無駄だから」
騒いでいた三人がエイティの方を向いて黙った。
ゴローは「せっかく覚えたのに無駄って……」と呟きつつ肩を落としている。
「所感を述べるぞ。スキルは間違いなく使える。気付いているだろうが、今しがた放ったのはシステム通りスキルを組み合わせて適当に名付けたものだ。そして使用スキルポイントも最低に近い。そのためかスキルポイント消費による体調の変化は感じられない。だがなんとなくポイントが減っているのを感じる。影響を調べるためにも、すまないが先にもう一度俺にやらせて欲しい。……波打ち際に移動したいのだが」
彼等がテストを行っていたゲームシステムはスキル制である。ジョブやクラス等の職業と言えるものは存在しない。
先にゴローが言ったメイジやヒーラーやスカウトも、あくまで分類するとそう言う職業に近いというだけである。タンクなどは役目であり職業ではない。
そしてそのスキルを組み合わせることで、独自の魔法や技を創造することが出来るようになっていた。
例えるなら火属性と水属性の魔法を組み合わせて熱湯津波と名付けた魔法を作るようなものだ。さすがにその名はないだろうが。
そのことを確認するためにもスキルを組み合わせた火弾などと言う適当な名の魔法を放ったのだろう。
ただ彼等がテストを行っていたシステムの設計者である井上と言う男は、火水風土のような属性を嫌っていたのか別のものであったが。
エイティは三人が肯くのを確認してから波打ち際に向けて歩き出した。ドーリとユーリも続いていく。
ゴローは少し考えた後、矢筒から矢を一本抜き取りその場に突き立てた。それから皆を追いかけていく。
波打ち際に揃ったところで、エイティは後ろを向いて皆に話し出す。
「スキルポイントを二十パーセントくらい使うようなのを放ってみる。ついでに確認のために呪文……詠唱……でもないな。何も言わずに行う。もちろん仕草も無しでな」
エイティが海の方に向き直った途端、直径五十メートルくらいの氷の円盤が海上に出現した。縁がぎりぎり波打ち際に届くような状態である。
厚さは一メートルくらいあるだろう。表面は波のうねりがそのままの状態で凍結されたように見える。
見ていた三人が「おおっ」と声を上げている中、エイティが説明を始める。
「極低温を広範囲で全面に対して行った。範囲拘束の拡大強化版だ。先に言ったがスキルポイントを二十パーセント費やした筈だが……体調に変化はないな」
「……はっ、そりゃコレ食らったら行動不能にもなるわな」
「厚さ一メートル以上あるんじゃない? 乗っても割れなさそうだねえ」
「これが攻撃でなくてデバフって……井上のシステムおかしいと思うんだけど」
MMOや小説にあるようなVRゲームではフレンドリーファイアを避けるためにも、技名や魔法名を叫んで味方に何を行おうとしているか周知する必要があるかもしれない。
だが彼等が行っていたのはTRPGである。独自の技や魔法に名前を付けるのも浪漫にしか過ぎない。心に燻る中二的な何かを満たすためだけに行っていたのである。
だから実際に発声する必要もなかったのだろう。これから先は分からないが。
井上の話では、スキルポイントはメンタルポイント精神力やマジックポイント魔力のように肉体に宿るものではない。世界に干渉できる度合いを数値化した物という設定だった。
そのため幾ら減ろうと衰弱も疲労もない。ゼロになっても昏倒もしない。
そしてデバフというのは対象に不利益な効果をある程度の時間与えることである。直接的な攻撃を与えるものではない筈だが、今の状況を見ると凍死もしくは心臓を止めることでの死亡も狙えそうだ。
エイティは三人の感想を聞きながら、「井上のデザインした通りだな」と呟いた。そしてドーリに声をかける。
「魔術系が発動するのは確認できた。何か武術系のスキル試してくれないか」
「非現実的で分かりやすいのだと……やっぱ衝撃波みたいなのがいいか」