23.ホント羨ましい世界だねえ
「領主や国王が理解ある人だったりしないかねえ」
「理解があっても同じだと思うよ」
「俺が国王なら口では『帰還を支援する』と言うだろうな。だが実際は貴族の子女や爵位を餌にして他国への移動を阻止する。召喚などの情報は与えない。結局取り込もうとするだろう」
「ま、当然そうなるわな」
四人は歩きながらスキルの使用可否について相談し続けていた。
エルイと護衛達は僅か一刻程度で、ウサギを仕留めているユーリ達を呆然と眺めている。
そしてたぶん獲物について話しているのだろうと、もしかしたら今日も新鮮な肉を食えるのだろうかと思いながら。
そしていろいろ話し合った後にエイティが告げる。
「お前達はスキル使用を容認するんだな」
「別にいいと思うけど」
「だよねえ」
「隠しきれるものでもねえだろ」
「現代知識チートにも抵抗はないんだな」
「ないねえ」
「ないよね」
「この世界がどうなろうと知ったこっちゃねえな」
エイティの問いかけに三人は答えていく。
その辺りのことは既に考えているのだろう。
最後にエイティは少し考えてから皆に告げる。
「国や貴族を相手に……いや、違うな。『人』を殺すことが出来るのか」
さすがに三人もそれにはすぐに答えられなかった。
全員が何か口にしようとするが言いよどんだ様に口を閉ざす。
元の世界に戻るためなら何だってする。そのために持てる能力、現代知識やスキルを使うことに忌避は無い。
だが世界を敵とするというのは、そういうことになるのだ
そんな中エイティが続ける。彼は一昨夜の宣言時に覚悟していたのだろう。
「こちらから仕掛けるつもりは無い。俺達はシリアルキラーじゃないしな。だが襲われたなら緊急避難だ。身を守るためには止むを得まい。この世界のために犠牲になる気など更々ない」
「……そうなるよねえ」
「……うん」
「……やるしかねえよな」
ゴローとユーリ、ドーリも覚悟を決めたように答える。
彼等は他の生物を殺す経験を積んでいる。それが自分達が生きるためには仕方がない事であるのも理解している。だからといって人を害することが平気な訳では無い。
それでも生き残るために決意したのだ。
とはいえ実際にその状況になったときに行えるかは分からないが。
最後にエイティがまとめるように言った。
「だからといってスキルをわざわざ見せびらかす必要もない。切り札は最後まで取っておくべきだしな。知識チートもだ。異世界物に自分が発明者じゃないから無償提供なんてパターンがあるが、そんな愚かな真似もなるべくしないようにな」
異世界物で現代知識を無償で広める者達は、何を考えているのだろう。
良くあるのが料理だ。新規料理が広まり切磋琢磨して様々な進化を遂げれば、自分がそれを食せると考える。
衣類や寝具、ダウンジャケットや羽根布団も該当するかもしれない。
食用や羽毛のためにドードーやリョコウバトを狩りまくる。タスマニアタイガーやニホンオオカミを害獣として駆除する。
人間が地球上から絶滅させた種は幾つあるのだろう。
異世界物の主人公はそんな未来を全く考慮していないのか。それとも分かっていてその上で無視しているのだろうか。
その方がよほど世界の敵、世界の破壊者ではないだろうか。
もちろん彼等四人はそんなことは百も承知だ。分かっていながら現代知識チートを行うことに躊躇いはない。
何度も「この世界に対して責任がない」と自分達に言い聞かせているのがその証拠だろう。
無償で広めようと言う気もないようだ。当然だ。知識は力なのだから。
それから彼等は狩ったウサギの解体を始めた。
エルイ達にはすぐ追いつくから先に行ってくれと言っている。
エルイは彼等の様子を伺いたそうにしていたが只の同行者である。臍を曲げられて同行解消となると困るのは自分だ。泣く泣く彼等の言うことを聞いて先行していた。
彼等四人は道を外れて十メートルほど離れた場所で作業を行う。作業の主軸はユーリとゴローだ。
昨日同様三キログラムほどの肉を入手できたようだ。もちろん塩や香辛料をふんだんにまぶした状態である。
作業の間にレベルやスキル以外の情報をエイティやドーリが伝えていた。
「やっぱり暦や時制は違うんだね」
「でもさあ。クスマナエ暦一七七年とか言われてもねえ」
「王朝が変わって変更されたんだとさ。その前に使われてたガズ暦だと一四六二年に当たるらしいぜ」
「どこかの一神教を信じる国では八三八年らしいし、最も長い暦では四三八八年だそうだ。さすがは国を股に掛ける商会に勤めている為か、様々な暦に詳しいな」
現代地球で最も使われているのは西暦だろう。
だが日本だと皇紀では二千六百年を越える。和暦だと五十年を越えるような元号は昭和くらいだろう。
滅亡だなんだと騒がれたマヤ暦に至っては、五千二百年を越えリセットされ一から数え直しだ。
暦というものは使う者の共通認識の上に成り立つものでしかないのだ。
「異次元バッグもねえしな」
「身体を綺麗にする浄化なんてのも無いみたいだしね」
「時空魔法や生活魔法なんてものがあるほうが、よほどおかしいだろう」
「まともな世界だねえ。世界共通なんたらや便利魔法が無いだけで、こんなにリアリティが増すなんてねえ」
「異世界物の世界は箱庭だからな。地球と全く同じ暦が通用することや、重さ長さ貨幣などの基準が全世界共通で更に十進法なことでも分かるだろう。物語の主人公の『ため』に用意された世界と言っても良いだろうな」
「ホント羨ましい世界だねえ」
例えば異次元バッグ。
時間が停止した異次元とはどんなものだろう。
仮に繋がったとして、その世界に物を入れることが出来るのだろうか。
その異次元に空気が満たされているなら、空気分子が全て静止した世界に物を置くのは不可能だろう。
その空気分子は絶対動かない、動けないのだから。
その異次元が真空だとしても、接触面の空気が静止して蓋になり侵入を防ぐに違いない。
収納できたとして取り出しは出来るのだろうか。全ての物体が動けないのに。
例えば生活魔法の身体浄化。
髪の毛は十万本以上ある。体毛を含めると何十何百万本あるのだろうか。
その一本毎に付着した塵芥、また死滅した体表面細胞のフケや垢、汗に含まれた老廃物、それらを生きた細胞と区別して一瞬で取り除く魔法。その魔法に掛かる処理量や魔力量はどれほどだろう。
単に魔力を放出するだけの魔法ファイアボールなんかと比べて、簡単に誰もが習得出来る一般的で基礎的な魔法なのだろうか。
異世界なのに暦が同じでバレンタインやクリスマスが出来る。
現代地球でも使われているヒジュラ暦など、純粋太陰暦なので季節とずれたりするのだ。太陽暦の祝祭日を行える訳が無い。
しかも日本では商売の為だけの祭日だ。法定の休日にすら指定されていない。
度量衡と貨幣の単位も現代「日本」で使っているものが通用する。
地球では現代でも長さや重さの単位にヤード・ポンド法を使う国がある。ドルやユーロのように補助単位にセントを用いている国がある。日本ですら一昔前は尺貫法と円・銭・厘の貨幣単位を使用していたのだ。
全ての国が同じ暦法を用い、全ての国が単位すら共通な度量衡と貨幣を使う。そんな世界が存在する筈が無いのだ。
彼等四人は下手に拘る井上システムを知っていたためか、便利魔法や世界共通云々がない世界に納得していた。
だが、そもそも魔法がある時点でまともな世界なのかという話になるのだが。




