22.異世界アルファにようこそ
この辺りの暦法はゴローの指摘どおり、月なんて単位は無いようだ。
ある宗教の影響も無いためか週なんて単位も存在しない。十日刻みで旬という単位を使っている。
一年は四百十二日もあり、閏年関係から計算すると公転周期は四百十一と零点七日ということになるのだろう。
今日は春前期二旬三日と言うらしい。
エルイの「昼三刻の内には村に着きたいですね」の言葉から聞き出すと、時制も四分割が基本のようだ。
ドーリが自国では違う暦法や時制を使用していたと言うと、「ああ、遠方ではそういう国もあると聞きますね」とエルイが答えたことから、全世界共通ではないのだろう。
現在の地球ですら、ヒジュラ暦のような太陰暦を使う国の存在を考えると当然だとドーリは考えていた。月が複数ある世界で太陰暦は無いだろうが。
さすがは結婚式や葬式で六曜を気にする国の出身だ。理解が早い。
さらに世界に名前が無いことを聞き出す。
唯一だと思っている自分達の世界に名前など付ける訳が無い。名付けるなら召喚対象の居た世界に対してだろう。
召喚主のお姫様は「異世界アルファにようこそ」とは絶対に言わない。
言うのであれば「異世界アルファの方、この世界にようこそ」となるだろう。
召喚された少年が「異世界アルファ? 俺が居たのは地球だ!」と異議を唱えるかもしれない。
自分達の住む世界が球状惑星だと知っているなら、お姫様はこう答えるだろう。「貴方の居た世界を異世界アルファと名付けているのです。それに『地球』ですか。なるほど貴方も自分が住む世界が球状惑星だとご存知なのですね。この世界もあえて名付けるならば『地球』と言うのですよ」と。
そしてジョブやレベルやステータス、スキルが存在しないことを知る。
それらの情報を伝えるとエイティもすぐに納得したようだった。
ただスキルのことを伝えると、エイティは少し考えて再度確認を取るようにドーリに言った。
ドーリはそれらが無いことをエルイに確認する。あくまで魔物に例えて、当然人間にそんな物がないという風に。
そして魔法を使う魔獣もいるがスキルという考えが無いことを聞き出す。
人が使う魔法も得手不得手や強弱の差は有れど火魔法のみ水魔法のみと言った限定的でないことも。
「やっぱりスキルもねえようだ」
「そうか。ジョブやクラス、レベル、ステータスがないのは分かる。というか、そんな物があるほうが驚きだがな。しかし『スキル』もないのか。……すまないがこのまま俺と会話している振りを続けてくれ。ユーリとゴローを呼び戻す」
ジョブもしくはクラス、そのような物で人の性向や仕事が規定される世界。そんな世界が現実にある筈が無い。
ゲームなどに存在するのはあくまで区別化のためなのだ。
魔術師は体力が低く、逆に戦士は知力が伸びにくい。そうすることで個を区別するために有るのだ。
もし生まれた時点で決まっているなら聖女や騎士、勇者や貴族に生まれたものは歓喜するだろう。
では奴隷のジョブやクラスで生まれた者は。農民や漁民で生まれた者は。
生まれた時点で決まっていて変えられないのなら、それは正にロールプレイングゲームの世界だ。
では変えられるなら?
それは単なる職業だ。ジョブやクラスなどで規定される筈が無い。
確かに商人なら算術や交渉などの技能が上がりやすいだろう。だからと言って剣術や魔法をそれら以上に学んでいても悪い訳では無い。
そして動物や魔物、もしくは人間を一定数倒すとレベルが上がり身体能力、ステータスがアップする。
もしそんな世界があるなら、ほぼ全員が狩人になっているだろう。もしくは人同士が殺し合う世界だろうか。
身体を鍛えるより数体の生物や人間を殺すほうが身体能力が上がる世界、そんな世界の者が黙って農業などをしている筈も無い。
そしてレベルアップするのも、まさか人間だけではないだろう。そんな人間至上主義の世界が存在する筈も無い。
エイティはドーリと話しながら瞬間的に無色だが強力な探知魔法を発信する。ゴローの察知なら気付くだろう。
魔術が発動した一瞬エルイの護衛の一人、弓持ちの男があちこちを見回してからエイティ達に目を向ける。
だがそこには暢気に会話をしているドーリとエイティが見えるだけだ。
気のせいだとでも思ったのだろう。弓持ちの護衛は元の姿勢に戻っている。
エイティはその様子に「さすがにこれには気付ける奴もいるのか」と呟いた。
数分でユーリとゴローが戻ってきた。
ユーリは片手に首の無いウサギの後肢を掴んで、ぶら提げながら尋ねてくる。
既に血抜きは済んだのか垂れる血もほとんどない。
「どうしたの? まだ野営地を出てニ時間も経ってないと思うんだけど」
「なんでその短時間でウサギ仕留めてんだよ、お前等」
ドーリが呆れたように言いながらも差し出された首無しウサギを受け取った。
それを無視してゴローがエイティに頼み始める。
「とりあえず魔法で冷やしといてくれないかなあ」
「……スキルの使用は控えた方が良いかもしれない。俺達以外の人前ではな」
「え?」
そしてエイティが説明を始めた。
この世界にレベルやステータス、スキルが存在しないことを。
他の情報に関しては後々話すことにして、それだけを優先して伝えていた。
ドーリが引き継いで話し始める。
「自分の生死に関わる場合を除いて人前でスキルを使用すべきじゃねえかもな」
「スキルの無い世界かあ。つまり地球と同じってことになるのかねえ」
「範囲、遠当て、治癒魔法に攻撃魔法。うん、全部アウトだよね」
魔法を使えるものが千人に一人、しかも力のある魔法だと更に半数以下であること、治癒に至っては万人に一人であることも聞き出していた。
スキルが無いため普通に剣術や弓術、体術として発展していることもだ。
一度の攻撃が複数対象に当たる範囲スキル、十メートル以上離れた相手に当たる遠当てスキル等、どう考えても有り得ない。
直径五十メートルの範囲を氷点下、いや絶対零度まで下げて凍結拘束するエイティの魔術や、四肢欠損を修復できるユーリの治癒も知られるとどうなるか。
「だけどスキル無しだと僕等一般人以下だよねえ」
「僕もスキル無しは遠慮したいと思うよ、たぶん生き残れないから」
「そうだな。だがスキルを人前で使うなら選ぶ道は二つ、いや実質一つになる」
「逃げ隠れするか、世界を敵とするか……だよねえ」
「逃げ隠れしていると元の世界への帰還は無理だと思うんだけど」
「だから選択肢は実質一つしかねえんだろ」
この世界にスキルは存在しない。そこでスキルによる武技や魔術を披露する。
排除されるか取り込もうとされるかのどちらかだ。
自殺願望の無い彼等に、黙って排除される謂れは無い。
彼等にこの世界に留まる意思が無い以上、国や貴族に取り込まれる訳にもいかないだろう。
結局は国や貴族と争うことになる。それは世界を相手に戦うのと同義だ。
ギルドマスターに「こ、この力は……」と言われた時点で国に筒抜けになる。
マヨネーズやリバーシを商人経由で販売しても、王や貴族に目を付けられる。
ノーフォーク農法や千歯扱き、風呂や水洗トイレも他人の全く来ない場所に引き篭もって行うしかあるまい。
自分達の能力を完全に隠し切るしか平穏に暮らす術は無いだろう。
現代地球でバタフライナイフのサイズの超振動剣やデリンジャー拳銃と同じ大きさの超電磁砲、掌サイズの量子爆弾などの超未来武器と、タイムマシンやワープ航法等の未来知識を持って、更にそれらを隠しもせずに大っぴらに見せびらかしているようなものだ。
民主国家ですらそんな人間を放置する訳はあるまい。保護だの何だの名目をつけて隔離幽閉されるに決まっている。
共産主義や王政を取る国ならどうなるかなど言うまでもない。
反抗するならばテロリストの扱いを受けるだろう。
中世ファンタジー風異世界で、「本気」で目立ちたくない、まったりスローライフを送りたい、と考えるならば。チートスキルや現代知識を全く使わないか、一切他人と関わらずに生きるしかないのだ。




