2.お前は何を言ってるんだ
ゴローと名乗る男が答えたそれらはゲームシステムでの立ち位置である。
タンク、盾とも言われる前衛防御役。主火力であるメイジ、魔術師。回復などを行うヒーラー、聖職者。罠の解除や戦闘時は遊撃を担当するスカウト、盗賊。
RPGなどでは基本的な構成である。
「いや待てよ、ゴ……木村。そりゃさっきまでやってたTRPGだろうが」
「ゴローでいいよ。その姿から本名言われるのもなんか違和感バリバリだからさあ。僕も皆をゲームでの名前で呼ぶからねえ」
プレートアーマーを着込み白いマントを着けて手に兜を持ち、傍らにカイトシールドと長柄のハンマーが転がる。それらを装備するとゲームなどでタンクと言われる重戦士そのものであるドーリが口を挟む。
レザーアーマーを着て傍のコンポジットボウと矢筒を持つとスカウトに見えるだろうゴローは、名前の呼び間違いをそのまま受け入れ自分もゲームでの名を使うことを宣言していた。
そのやり取りを見ていた二人、エイティとユーリもゴローの言葉に肯く。
TRPGに慣れている彼等には作成したキャラクター名で呼び合うことに抵抗がないようだ。ゴローの言うようにゲーム設定での姿ならなおさらだろう。
しかし、その二人は見た目には普通のファンタジーゲームのメイジやヒーラーの格好とは異なっている。
エイティはフードの付いた黒に近い灰色のローブを着ておりメイジのようにも見える。だが傍らにはショートソードと呼ばれそうな剣が転がっている。杖のような物はない。
ユーリに至ってはレザーアーマーを着て傍らにあるのはラウンドシールドとショートスピアである。一見ヒーラーではなく軽戦士と思われる姿であった。刃付きの武器は聖職者とも呼ばれるヒーラーは持てない設定が一般的なのだが。
「それでこの状況なんだけど、皆どう思ってるのかな?」
ユーリが周りを見回しながら尋ねる。
他の三人も改めて周りを見渡し始める。
広大な砂浜の両端のはるか遠くに岸壁のような物が突き出しているのが見える。入り江状になっているのだろう。そして先が見えない森、凪いだ海と雲ひとつない青空。どうやら太陽は一つらしい。
「夢だな」
「夢だろう」
「異世界転移……転生かなあ」
三人がそれぞれ答えていく。
ゴローのみ違うことを言っている。言い直したのは姿が変わっているから転移ではないと思ったのだろうか。
「お前は何を言ってるんだ」
即座にドーリのツッコミが入る。彼等の間ではよくあるやり取りなのだろう。他の二人は黙っていた。
「だけどさあ、夢だとしたら誰が見てる夢なのかなあ?」
「俺だな」
「僕だと思うけど」
「いや、俺だろ」
ゴローが続けた言葉に他の三人が即座に答える。
しかしゴローはそれを聞いている様子もなく話し続ける。
「我思う故に我有りって訳じゃないけど、僕は自分に意識があって考えてると思ってる。これは僕の見てる夢ってことでいいのかなあ。今まで明晰夢って見たこと無かったんだけどねえ」
その言葉に三人はゴローが冗談で異世界云々と言っていないことに気付いた。
TRPGをやっているだけのことはあり、全員がオタクと言われる方面の趣味や知識はそれなりにある。
確かにゴローこと木村陽介は四人の中で最も濃い。しかし場の空気を読まずに言い出すような者でないことも皆知っていた。
「ユングだったかフロイトだったか無意識下で皆繋がっているとか言うのがあったと思うんだけど」
「俺達四人が無意識の領域で繋がって全く同じ夢を見ているということか?」
「そりゃ異世界並みにありえねえ話だろ」
ユーリの呟きにエイティ、ドーリがそれぞれ続ける。
本当に自分が見ている夢ならば、自分以外の三人は彼等ならこう言うだろうという受け答えをしてもおかしくない。
しかし誰も夢の中でこれは夢だと自覚する夢、いわゆる明晰夢など見たことがなかった。
どちらとも言い切れない。異世界云々より共同で見ている夢であるほうがまだしも理解できる、と言う程度の差でしかないことに気付いたのだろう。
少し頭を振りユーリは別の状況に関する疑問を述べる。
「どうしてこんな状況になってるかは分からないと思う。ドーリが『さっきやってたTRPG』と言ってたよね。さっきっていつなの?」
尋ねられた三人が顔を見合わせる。現在、目に映る風景やお互いの姿に慌てていたのだ。それに関しては何も考えていなかったのだろう。
少し考えて各々が発言する。
「運転してたことまでは覚えている」
「井上の家からの帰りだったと思うよ」
「晩飯に何を食べるか相談してたな」
「ファミレスより回る寿司のほうが良かったかなあ」
一人だけずれている。いや異世界なら米や生魚が食べられない可能性を考慮しての発言なのかもしれない。店選びの段階だったので意味は無かっただろうが。
続々と発言される直近の記憶について一段落した後にエイティがまとめ出す。
「まとめるぞ。夏季休暇中で今日も朝から駅前に集合した。そして黒田の車に乗って井上の家に向かった。目的は井上の作成している自作TRPGのシステムテストだ。今は高レベルでのバランスやシナリオ運営の確認だな。今日は井上をマスターにした四部に渡る連作シナリオの三番目をプレイして問題点を洗い出した。要望や改善希望なんかも出したな。余った時間でレベルアップ作業も行った。明日も集まることを決めた俺達は夕方に井上の家を出た。そして晩飯に何を食べるか相談しながら黒田の運転で駅まで向かっていた。ここまではいいな。だが……その先が不明ってことだな?」
覚えていることを確認しながら聞いていた三人は一様に肯いた。
今の彼らの姿はサークル仲間の井上という男の自作TRPGシステムのテスト中のキャラクターだ。
初期設計の頃から関わっており、半ば合作と言っても過言では有るまいと彼等四人は思っている。
過言である。実際に費やした労力は井上が九に対し彼等四人で一程度しかないのだから。井上がある程度の世界観まで作成してからのテストプレイヤーとしてしか役に立っていない。
そしてテストのためかキャラクター名だけでなくパーティー名も適当だった。
低レベル帯から様々なパターンをテストするために、幾つものキャラクターとパーティーを作成していた。
最初のパーティー名は「テスターズ」つまり試験官達とそのままだった。その後も「チェッカーズ」検査人達、「レビュアーズ」批評家達、等のパーティー名を付けている。
直近の「プルーフリーダーズ」も校正者達という意味だ。捻りも何もない。
さすがに井上も「お前等すこしは頭を使え」と文句を言っていた。
「ここが異世界なら、やっぱりトラックと衝突でもしたのかなあ。神様なんかに会った覚えは無いんだけどねえ」
「冗談じゃねえ。あの車お袋のだぞ。事故って廃車つったら殺されちまう」
「転生だったら死んでるんだから、その心配は無用だよねえ」
ゴローの呟きに即座にドーリが反応する。だがそれをゴローは軽く受け流す。
どうやらゴローは異世界にいる可能性のほうを信じているようだ。自分たちが死んでいる可能性の方を支持したいのだろうか。