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189.今夜の見張りはどうしようかなあ

「はい。どちら様でしょうか」


 召使いらしき女性が問い掛けてくる。

 もちろんメイド服など着ていない。茶色のベストとロングスカートを着ており、シャツらしき物も生成りの色だ。

 頭に巻いた三角巾のような物が、召使いであることを示しているのだろう。

 なかなか見目の良い顔立ちをしていた。


「ふむ。最近になって勤め出した者かの。村長にノルネロが訪ねてきたと伝えて貰えんかな」

「ノルネロ様ですか……! 領主様の弟であらせられますか! はい。至急、伝えて参ります!」


 召使いの女性は慌てたように戻っていく。王女一行を玄関前に残したままで。

 貴族に対する礼儀を習っていないようだ。もっとも現在の革鎧の姿で名乗ったところで信用される筈も無いが。

 すぐに村長らしき者がやってくる。その村長も子爵が訪れた事に驚いている。

 五十歳くらいで子爵と変わらぬ齢のようだ。少し髪に白い物が見え始めているが、背はしっかり伸びている。

 体格も子爵とそんなに変わりはない。彼も文官タイプのようだ。

 お互いに一目で分かる以上、馴染みなのかもしれない。


「おお。これは、ノルネロ子爵様。急な徴集の知らせに、王都で何かあったのではと考えてましたが」

「まずは家に入れて貰えぬかの。連れの者達も疲れておるでな」

「これは気付かずに申し訳ありません。どうぞお入りください」


 そう言うと村長は、扉を全開にして彼等一行を招き入れる。

 子爵を先頭に近衛の鎧を着た者達と、王女とネポフが続いていく。

 その後ろに彼等四人が入っていく。少し胡散臭そうに四人を見ていた村長だが、子爵が異国の貴族だと言うと態度を改めていた。

 どうやら、この村でもその設定で通すらしい。


 一行は村長の家の広間で一息つく。

 村長の妻と先のメイドが、お茶を持ってくる。やはりたっぷり砂糖が添加されたお茶のようだ。一口だけ付けて、彼等四人は遠慮していた。

 村長は妻とメイドを下がらせると、子爵に口を開く。


「もしや、ご一緒されている御方は……」

「想像の通りだ。イェハウ第一王女であらせられる」

「王都で何か起こったと思っておりましたが……反乱でしょうか」

「うむ。王族の方々は全員逃げ出せたのだがな。ばらばらに分かれておる。誰かが無事に、どこかの領に逃げおおせる事を信じてな」

「反乱を起こしたのは、どなたでしょうか」

「ヘルイト侯爵だ」

「するとジットエボが絵図を描いていると」


 昨夜泊まった村の村長と同じく貴族の代官らしい。

 領都に隣接する千人規模の村を任されているなら、准子爵くらいの爵位は与えられているのだろう。

 同じように反乱を起こした貴族の名を聞いただけで、背後にいる存在に気付いたようだ。やはり彼も優秀なのだろう。


 そして村長は、異国の貴族と紹介された彼等四人を見詰める。

 子爵は不審に思っていると感じたのだろう。

 異国の貴族が王都に居てもおかしくない。大使や領事として赴任することはあるのだ。だが彼等は若すぎる。見た目は二十半ばの齢にしか見えない。

 どこの国だって、こんな齢の者を他国に送り出しはしない筈だ。


「彼等の詮索は無用だ。だがここまで逃げて来られたのは、彼等の力に負う所が大きいのでな。我等と変わらぬ待遇をして欲しいのう」


 その言葉を聴いて、彼等四人に向かって村長は頭を下げていた。

 イェハウ王女も声を掛ける。


「今宵の宿をお願いしてもよろしいでしょうか」

「勿論でございます。愚息は徴集されて不在ですが、残りの者達で精一杯お仕えさせて頂きます」


 村長は王女に深く頭を下げる。それは心のこもった言葉であった。

 そしてメイドを呼び出して、部屋の案内をさせる。

 二階建ての立派な家だ。部屋数も昨夜泊まった村長の家よりはるかに多い。

 村長が子爵と話している間に、部屋の片付けをさせていたのだろう。

 案内されたのは二階にある部屋だった。ただ寝具が二つ据えられただけの部屋だ。来客用の部屋なのだろう。

 もっとも近衛の二人は、一人ずつ交代で見張りをするのだ。

 彼等四人も見張りを立てるのだろう。二人が寝れるだけの寝具があれば、問題は無い筈だ。


 イェハウ王女とネポフに与えられた部屋を挟んで、子爵と近衛兵の部屋と彼等四人の部屋に分かれる。

 彼等四人は部屋の隅に荷を積み上げる。

 夕食の用意が済むまでは、この部屋での待機になるだろう。


 時刻は昼四刻の半ばくらいだろう。

 窓から外を眺めると、家々から炊事の煙が立ち上っているのが見える。

 相当な広さがあるようだ。単純に千人も居れば家の数は二百を越えるだろう。

 それに領境の河にある渡し舟の村や、昨夜泊まった村など、複数の方向への経由地となる村だ。宿も複数存在していても、おかしくはないだろう。


 少し待つと夕食の用意が出来たと呼ばれた。

 階下に降りると、子爵と村長はまだ話し合っているようだ。やはり領都まで一日の距離だと情報も集まりやすいのだろう。

 領都の北方にある村や町の中継点になるのだ。徴集された農兵などはこの村を通るだろうう。中に貴族などがいるなら、村長に挨拶にも来る筈だ。

 もちろん即時性の高い情報なんかは、商人が店を構えていたり、鳩を飼っているような街の方が集まるだろう。

 それでも、このような状況ではそこそこの情報が集まるのだ。


 夕食はパエリアのような物だった。

 ただ魚介類は無いのだろう。肉類を使っているようだ。インディカ米を炊き上げて、おこげまで作っている。

 オリーブオイルやニンニク、サフランの香りが立ち上っている。

 彼等四人は存分に味わっている。自分達の作る手抜き料理とは雲泥の差だ。昨夜に続き満足していた。


 王女一行も満足気なようだ。

 もちろん毒見や調理中の見張りは行っている。大量に作れる料理を出しているのは、毒を警戒してのことだろう。

 領都まで一日の距離であっても、手を抜いたりはしない。ここで安心するような者に、近衛兵は勤まるまい。


 食事を終えて、お茶で一息つく。

 村長の妻やメイドは別の家に泊まりに行ったりはしないようだ。

 来客用の部屋は二階に用意されており、家族用の部屋が一階にあるのだろう。

 二人の姿は見えない。台所で片付けを行っているのだろう。

 夕刻に入り、そろそろ灯りが必要になる頃に各々は部屋に戻る。

 彼等四人も部屋に戻っていた。


「相手も焦っているんじゃねえかな」

「だろうねえ。今夜の見張りはどうしようかなあ」

「仕掛けるなら夕三刻以降だと思うけど」

「後始末の事を考えると、朝刻に近い時間は避けるだろうしな」

「なら夜刻までは全員で起きていた方が良いだろうねえ」

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