182.まだ二回程度なら持つだろうぜ
肩を落とした様子で王女一行の傍の焚き火に戻る近衛団長を見ながら、ドーリとエイティはそっと溜息を吐いた。
「どうも時空移動は領都に着いてからになりそうだな」
「三日後かよ。やっぱゴローの言うように時間かも知れねえな」
「四の倍数の十二日か、二の四乗の十六日になるか」
「せめて十二日にして欲しいけどな」
エイティとドーリは、ゴローの述べた日数での移動を真剣に考慮している。
既にこの世界で四日目の晩だ。そして領都まで三日が掛かる。
最短でも王女を安全に領兵に引き渡せるのは、七日目になるだろう。
前回の伯爵令嬢のノアルマの場合はどうだっただろう。
確かに一個分隊の護衛が付いていた。襲おうとしていた傭兵団も壊滅した。安全性は高まっていただろう。それでも確実とは言えない。
それなのに辺境伯領を出る前に飛ばされたのだ。
となると、滞在日数での移動の可能性が高くなるのだ。
彼等はそれからは黙り込んでいる。
いろいろな可能性を考え込んでいるのだろう。そして自分がそれらに耐えられるかを考えているのだ。
暗くなったお陰かドーソトが近付く様子は無い。他の獣達もこの岩場までやって来たりはしないようだ。
夜半過ぎに見張りを交代する。
どうやら彼等に合わせて、王女一行の方も交代するようだ。
隊長は、交代したゴローとユーリに話しかけるつもりは無いらしい。
近衛団長に止められているのだ。
隊長も彼等の能力を認めている。異国の貴族か、それに近い位置にいる事も理解している。
それでも彼の言い方だと、きっと問題があると考えているのだ。
じっと佇んでいる隊長を全く気にする様子も無く、ゴローとユーリは焚き火を囲んでいる。
「エイティ達も日数期限に傾いていると思うんだけど」
「単に可能性があるってだけなんだけどねえ」
「十二日だと良いんだけど」
「それは考えない方が良いかなあ。自分で言い出しておいて何だけどさあ。日数を気にし過ぎるのは良くないだろうねえ」
「それはどういう意味かな」
「ユーリも気付いてるんじゃないのかなあ。たぶん僕等が、おかしくなってきてる事にさあ」
ゴローの言葉に、ユーリは黙り込んだ。
うすうす感じていた。自分達がどうしようもなく壊れてきている事に。
人の生命を奪う事をなんとも思わない。
自分を害そうとする相手に対しては当然の事だ。
しかし直接敵対してると言えない相手に対しても、容赦がなくなっている。
昼の見廻りの兵が良い例だ。
たぶん敵側の見廻りだったのだろう。だが確認を取っていない。こんなところを廻っているから、王女捜索が目的だと推測しているだけだ。
それを倒したのだ。倒してしまったのだ。
街に引き返させるために、なるべく人を狙わずに馬を狙うようにしていた。それでも範囲攻撃である以上は絶対は無い。
近付く前に馬を狙い撃って、それに巻き込まれた兵士も一人亡くなっている。
彼等四人はそれを気にする事もない。最後に馬を楽にしてやるためだろう、上空からの範囲攻撃も躊躇いを見せない。
森から出た際の見張りの小隊に対峙した時に比べて容赦が無いのだ。
あの時は馬は利用されないように逃がしたのに、今度は壊滅させているのだ。
何かが壊れてきているのだ。たぶんゴローが滞在日数を言い出してから。
まだ、この世界に送られてから四日目に過ぎない。
四の倍数、十二日の滞在になるなら残り日数は八日だ。二の四乗、十六日なら後十二日となる。
一週間以上二週間近くを過ごすのだ。既に女神の情報を手に入れていながら。
たぶん一週間くらいでは、隣国に入るのがせいぜいだ。隣国の首都に到達するのは難しいだろう。
だからといって、王国奪回軍に参加するのも時間的に無理だろう。
領都まで三日費やし、既に討伐軍が出征済みでも前線に着くまで三日掛かる。最短でも、そうなるのだ。
領都で数日過ごしたりすれば前線にも辿り着けない。ならば参加する意味が無い。領都でのんびりしている方がマシだ。
彼等はこの時代で新たな情報を手に入れる機会が無い。
無為な時間を過ごす彼等がおかしくなるのも仕方が無い事だろう。
二人は黙り込んだまま、見張りを続けている。
それでも明け方近くなると、朝食の準備を始めていた。相変わらずの小麦粉を使用した手抜きパンケーキだ。
たぶん今日中には村に着くだろう。夕食や明日の朝食は、村から提供される可能性が高い筈だ。
翌日も村に泊まる事になる。ならば、朝食の用意も今朝で終わるだろう。
朝食の準備が終わる頃に日が昇る。ゴローがテントに眠る二人を起こす。
王女一行の方も見張りをしていた隊長が、近衛団長を起こしに行く。起きた近衛断腸がテント内の者達に声を掛けていた。
エイティがいつものようにパンケーキを、王女一行の元に持っていく。
受け取った王女一行が、丁重に礼を述べる。既に慣れた朝の行動だった。
「……確かにな。俺達はおかしくなっているのだろうな」
「やべえな。俺等は還る前に壊れちまうってか」
「時空移動させられるまでは日数の事は考えない方が良いと思うよ」
「少なくとも十二日目を迎えるまではねえ」
「メアリー・スーじゃなくて、フラジャイルと名乗る方が合っているかもな」
「壊れ易いって意味だっけ」
「どちらにしろ自虐が過ぎるだろ」
「どっちも意味としては合ってるだろうけどねえ」
鍋で沸かした砂糖も入れていないお茶でパンケーキを食べながら、四人は昨夜のゴローの話を考えていた。
元々彼等の意識は弄くられているのだろう。だがそれが進行しているようだ。
このままだと、肩が触れただけの相手を害するのが確実だ。そして、それを疑問に感じない無差別殺人者の出来上がりだ。
しかも村の一つや二つなら、彼等四人は楽に壊滅させる能力を持っている。
大量虐殺犯になるのも遠くないだろう。
彼等は少し黙って考え込んでいる。
そうなっても良いかという思いと、それだけは避けるべきだとの思いが、頭の中で闘っているようだ。
マンガなどで見かける、心の中の天使と悪魔のせめぎあいのように。
「とりあえずは、無益な殺生は避けるべきだな。下手をすると戻った時も、この思考になりかねないしな」
「だねえ。さすがに現代日本でこんな考えしてたら、確実に犯罪者だもんねえ」
「けど還れると思ってる?」
「戻れると信じるしかねえだろ。たぶん、まだ二回程度なら持つだろうぜ」
女神の情報の次に、彼等を送り出した誰かの情報が手に入るだろう。
そして、その者と対峙するかも知れない。それまでは持たせる自信がある。
だが、その可能性が消え去った時に終わりとなるだろう。その終わりがどうなるのかは分からないが。
王女一行は彼等四人を感謝しながら見ていた。
途中で数回、食事提供が王女のみに近い状態になった事もある。だが大概は食事や果物の提供をしてくれている。
見張りの小隊の殲滅に、ドーソト退治。氷の橋を架けて、見廻り分隊の撃退と彼等四人の功績は計り知れない。
この時点ですら、爵位の授与を考えないといけないくらいだ。少なくとも一代爵の価値はあるだろう。
もっとも彼等に受ける気など無いのだろうが。
食事を終えた彼等と王女一行はテントを畳み始める。
彼等は村のあるであろう方向に進み始める。
王女一行の足取りは幾分軽くなっているようだ。トセスノ侯領に入ったからには、安全度は増している筈だ。
それに彼等四人が一緒なのだ。もう危機に陥る事も無いのだろう。




