181.この国の者が為す事だろう
その後は休憩を多く取り、更にゆっくりと進む。
昼四刻を回っているが、まだ岩石地帯を抜けないようだ。
ゴローは野営に適した場所を探し回っている。昨夜と同じく岩が転がっていて、ドーソトが休むのには適さない場所を。
ゴローが見付けた場所に集合する。
さすがにテントを張るのは遅らせるようだ。ドーソトを警戒している。昨夜暗くなってから、テントを張った経験が生きるだろう。
彼等四人は竈だけを作り、食事を作り始める。王女一行も竈だけを作成しているようだ。焚き火を覆う岩だけは周りに幾つも転がっている。
今晩の夕食もリゾットのようだ。
ラードでタマネギを炒めて、インディカ米を放り込んで油に馴染ませる。
水を入れて煮込んでいく。水が少なくなれば、足していく。干し肉を上に敷いて更に煮込んでいく。味付けには胡椒をふんだんに使う。
相変わらず手抜き感が満載の料理だ。オリーブオイルもトマトもサフランも使わない。代用品だけで作る如何にも男の料理と言った感じだ。
王女一行はその様子を見ながら待っている。きっと彼等は自分達の分も用意してくれる筈だ。少なくとも王女の分だけは。
今日の食事も米を煮込んだ料理らしい。前回に少量だけ供与された物だろう。
宮廷料理とは比べ物にならないだろう。だが十分に美味いと言える味だった。
いや、野営で食べる事の出来る料理としては最上と言っても良い筈だ。
それに貴重な香辛料をふんだんに使用しているのだ。その香りに至っては、宮廷料理を越えているかもしれない。
既にその香りは、ここまで漂っている。
煮込み終わったらしい。エイティが昨夜のように、全員分の皿を持ってくるように告げている。
近衛兵の二人とネポフが皿を持って近付いて来た。
エイティは差し出された皿に、リゾットをよそっていく。三人は素直に感謝の言葉を述べている。
全員分の食事を用意してくれたのだ。あの香辛料の香りを嗅いで、二口か三口しか食べられないとなると苦痛だろう。
リゾットを盛った皿を手に、三人は王女の元に戻っていく。
「こちら岸の岩石地帯は広いようだねえ」
「領都ってどれくらいの距離があるか聞いてる?」
「ネポフの話だと、道沿いに進んで三日程度って言ってたかなあ」
「余計な回り道してるなら、余分に一日は見たほうが良いだろうな」
「川沿いに道に出る訳にはいかねえのか」
「渡し舟のある街だよねえ。川沿いに進むと王女の姿も判別できるだろうしさあ。『王女』だと分かると問題になるよねえ」
「王子だと誤認させたいのだろう。囮も兼ねているなら、たぶん最短距離を取っている筈だしな。他の逃げた者達は、まだトセスノ侯領にも入っていない筈だ」
「別の方向に逃げた人達は、どこかの領に匿われているかもと思うけどね」
夕食を取りながら彼等四人は今後の予定を話し始める。
本来なら出会った森から三日ほどで河を越えていた筈だ。だが実際は四日目の昼過ぎになっている。
岩石地帯に進んだ事が原因だろう。余分に時間が取られているのだ。
領都に辿り着くのも、余分な回り道を覚悟しないといけないだろう。
それでも最短の道筋の筈だ。
王女一行が王都を脱出したのが何日前かは分からない。だが四日目で隣領に無事辿り着いたのだ。それも、たぶん味方になってくれるトセスノ侯爵の領内に。
「王子」の振りをしている以上、この国の王位の継承は直系男子の筈だ。
王都奪還軍の旗印としては、王女より王子の方が都合が良いのだ。
なるべく人目に付かないように、進む方が良いだろう。
「この辺に街か村はねえのか」
「少し先に村があるとは言ってたけどねえ。それからもう一つ村を越えたら領都に入るそうだけどねえ」
「村の規模は聞いているか」
「うーん。ネポフは王都の冒険者だったらしいからねえ。隣領の位置関係は知っていても、村の規模までは知らないようだねえ」
「街なら衛兵がいるかもしれないけど、村だと望みは薄いと思うよ」
「だよねえ。王女様の引渡しは領都って事になりそうだよねえ」
まだ彼等は時空移動をさせられていない。
別の年代に飛ばされるタイミングが、領兵に無事預けられた時ならば三日後になるだろう。
それに村を繋ぐ道があるなら、進行速度は上がるだろう。小さな村なら無理かもしれないが、馬車などの足代わりになる物を借りる事も出来るかもしれない。
近衛兵の二人やネポフはともかく、イェハウ王女や子爵は疲れが見える。
当然だ。普段は王宮に篭っている者が、野宿を幾日も行っているのだ。弱音を吐かないだけでも立派だと言えるだろう。
食事を終える頃には、日も暮れてきたようだ。
この時間でドーソトが現れない以上、この辺りを通ったりはしないのだろう。
彼等は王女一行にそのことを告げて、テントを張り始める。
王女一行の方もテントの設営を始めたようだ。王女や子爵は火の番をしている。やはり疲れているのだろう。設営には関わらせないようだ。
テントを張り終えると、イェハウは真っ先にテントに潜り込む。
安全だと確信できる訳ではないが、トセスノ侯爵、祖父の領内に入ったのだ。張り詰めていた気も抜けたのだろう。
ネポフもその後に続いて、テントに入っていった。
逆に、子爵の方は兄に会って討伐軍を出すために張り切っているようだ。
疲れているにも関わらず、気力は漲っているらしい。テントにも入らず近衛の二人と話し合っている。
彼等の方はいつものように交代で休む事とする。エイティとドーリが先に見張りを行うのだ。
しばらく王女一行の方を眺めている。子爵も相談を終えたのだろう。テントに潜り込んでいった。
隊長の方がテントを背にして休む。近衛団長の方が先に見張りをするのも、いつも通りのようだ。
ただ今夜は近衛団長が近付いてきて、話し掛けてきた。
「君達はこの後どうする気なのだね」
「王女を安全な場所まで連れて行くだけさ。その後の事は分からんが、まあ隣国を目指すだろうな」
「王都の反乱軍鎮圧に付き合って貰えないだろうか」
「それは、この国の者が為す事だろう」
イェハウとの会話は基本的に日本語を使用している。
そのため彼等の会話内容が、近衛団長には分かっていないのだ。
彼等にこの国の言葉を使うように頼んでも無視されるだろう。彼等には端から知らせるつもりが無いのだ。
ただ昨日くらいからは話が出来そうになった。
いや自分達の意識が変わったからだろう。彼等をただの冒険者ではなく、異国の有力者と考え出してから。
そして返ってきた答えに、やはりと言う思いがしていた。
彼等はこの国を救う気など無い。本当に通りすがりに過ぎないのだ。
たぶん彼等は、この国の爵位や領地には全く興味が無い。最悪他の王族が全滅していても、王配となる気など微塵も無いのだ。
イェハウ王女を見ていれば分かる。彼等四人、その中の黒髪黒目の魔法士に興味を持っている事が。
どうやら彼には、その気が全く無いようだが。
近衛団長は、王都奪還までは付き合って欲しいと考えている。
彼らの力は、それを為すだけの物がある。その力を借りたい。
それが都合良すぎる考えだとも分かっている。
彼等に力を借りる代償に、名誉など何の意味も持たないだろう。幾ら勲章を授与されても喜ぶまい。
近衛団長は説得は無理だと考えたのだろう。
そのまま彼等の元を去っていき、自らの焚き火に戻っていく。




