179.結局は一緒なのだからな
それにしては見つかるのが早い。
一直線にこちらに向かって駆けてくる。どうやら橋の作成に気付いたらしい。
たぶん定期的に川沿いの見張りを行っているのだろう。だから一個分隊程度しかいないのだ。
元々この辺りは駆け抜ける気だったのだろう。そこで橋が伸びていく様を見掛けたのだ。慌てて何が起こっているのかと見に来るのは、仕方が無い事だろう。
エイティは橋を維持するために、その場で上流側に移る。そして王女一行に声を掛けた。
「お前達は早く渡れ。この期に及んで、橋が崩れるのではなどと言い出すのも無しだ。奴等に捕まれば、結局は一緒なのだからな」
幅が五メートルほどある橋だ。鉄骨渡りではない。一歩ずつ足元を確かめながら渡る必要など無いのだ。
イェハウとネポフはそれを聞くと、橋の上を走り出した。彼女達はこの四人を信じている。害するつもりなら、もっと前に行っている筈だ。
少し遅れて子爵と近衛の二人も駆け出した。彼女達を放って置く訳にはいかないのだ。王女から離れるのは彼等にとって任務の失敗を意味するのだ。
王女達は走りながら気付く。氷の橋なのに滑り易い感じが無いのだ。
表面は削ったようにささくれ立っている。しかも未だに低温が維持されているのだろう。溶ける様子も見受けられない。
渡りやすいように調整されているのだ。氷の厚さも四十オークはあるだろう。人の身長以上の厚さがある。数人が乗ったところで壊れる事は無い筈だ。
近付いてくる騎兵達を見ると、速度重視の軽種馬に乗っているようだ。
一日一度の見回りに当たったらしい。運が悪いと言うべきだろうか。
どちらにとってかは分からないが。
ゴローは弓を構える。高速で近付いてくる相手に矢の雨を降らせたところで意味は無い。範囲で前面から浴びせかける気のようだ。
騎兵からは橋のこちら岸に、四人の者がいるだけに見える。一人は弓を構えているようだが、たった一人で何が出来ると言うのだろう。
まだ二百メートルは離れている。普通なら弓の射程外だろう。
そのままゴローの矢の射程範囲に騎兵が突っ込んでくる。
先頭を走っていた騎兵の馬が急に倒れた。
投げ出された騎兵は、馬が何かに足を取られたのかと考えた。このままここにいたら、後続の騎馬に踏み潰される可能性がある。急いで逃げるべきだ。
だが後続の騎馬が続く事は無かった。
自分の乗っていた馬を見る。余程倒れた時の体勢が悪かったのか、既に息絶えているように思えた。
そして後方を見る。自分を先頭に三列に並んでいた筈だが、三頭の馬が倒れている。乗っていた一人も絶命しているようだ。
その後方の馬は向きを変えて広がっていた。前を走っていた馬が三頭も倒れたのだ。馬や乗っていた騎士を踏み潰すのを避けるために方向を変えていた。
更にその後ろを走っていた馬は、相当速度を落としている。
六頭の馬が横並びのようになった。
そして再び並んだ馬が崩れ落ちる。残って立っているのは、最後方を歩んでいた一頭だけだ。
その残った一頭の馬の頭が貫かれる。最前で倒れた騎士には、その攻撃だけは見えていた。
矢だ。矢が飛んできたのだ。四千オーク離れた場所から放たれたにも関わらず、威力も減衰せずに馬の頭を貫いたのだ。
今まで馬が倒れていったのも、矢による攻撃なのだろう。一人しかいない弓士がどうやって複数の馬や騎士に、矢を当てたのかは分からないが。
辺りを窺う。十頭の馬の内、三頭が息絶えている。残る七頭も、碌に動けないようだ。突撃を続けるにしろ、撤退するにしろ、馬の使用は無理だろう。
騎士も一人は絶命している。見えない矢に撃たれたのだ。二人ほどは倒れた馬の下敷きになり、重傷を負っている。
その後は全く矢が飛んでこない。
四千オーク先にいる四人に動きは見えない。弓を構えていた一人も、既に弓を下ろしている。まるで見逃してやるから去れ、と言っているようだ。
最後尾で倒れている分隊長を見る。呆然としていたようだが、状況を飲み込めたのだろう。慌てて撤退の合図を出す。馬は放って置くしかない。
向かっていくのは論外だ。あの見えない矢に貫かれるだけだ。
さすがに馬を介抱しながらだと、再度矢を放たれるだろう。幾ら見逃すと言っても、貴重な戦力となる馬を助ける事までは許してくれまい。
生き残った九人は、重傷者に肩を貸しながら去っていく。
彼等四人はそれを見送っていた。十分離れた事を確認して、ゴローが上空に向けて矢を放つ。
その矢は範囲スキルが乗っていたのだろう。残された馬の生命を奪っていく。軽傷の馬を回収されることを嫌ったのだろう。
自らがその馬を回収する気も無いようだ。馬を癒す気もないらしい。
子爵と近衛騎士の二人だと、乗馬の技術を持っているかもしれない。だが彼等にはそんな技術は無いし、王女やネポフの二人乗りなら却って遅くなるだろう。
隣領に渡り終えたなら、もっとゆっくり進んでも問題ない筈だ。
去っていく九人も、背後に降り注ぐ矢の雨に気付いたのだろう。早足になっているようだ。
「人間だと楽なんだけどねえ」
「その発言は駄目だと思うんだけど」
「ドーソト相手だと、この距離じゃ鱗を貫けねえだろうしな」
「相手の指揮官もまともだったようだな。あの状況で向かってくるような馬鹿だと全滅させるしかないからな」
「馬には気の毒な事をしたかもしれないけどさあ」
「回収させる訳にはいかないし、仕方が無いと思うしかないよね」
ゴローだけで戦闘、いや追い払う行為を終わらせて、彼等は話し合っている。
そして橋を渡り終えている王女一行を、彼等四人は眺めていた。
河の向こう側は既に隣領の筈だ。自分達も渡り終えて橋を壊した時点で、飛ばされるのかもしれない。
四人は顔を見合わせる。そしてゆっくりと橋を渡っていった。
橋を渡り終えると、四人は振り返る。特にエイティはしっかり中央辺りを見ている。すると中心辺りから橋が溶けてゆく。
相当な高温なのだろう。白い霧が立ち込めている。そして橋が消えていく。
作るのには時間が掛かったが、消え去るのにはそんなに時間が掛からない。
両端に少し氷の橋が残った状態で、エイティは橋を見詰めるのを止めていた。
どうやら現時点で別の場所と時間に飛ばされはしないようだ。
トセスノ侯爵の兵士に引き渡した時だろうか。それともゴローの指摘通り、時間による移動となるのかは現状不明なままだ。
王女一行はその様子を唖然と見ていた。
千オーク近い川幅に氷の橋を架ける。十頭の騎馬を連れた一隊を何の苦も無く撃退する。そして渡り終えた氷の橋をほぼ瞬間的に消し去っていく。
彼等から問題ないと聞いていた。だが実際にその光景を見ると、感嘆より恐怖の感情が湧き上ってくる。
あの幅の橋を作り一刻ほど維持する事も可能ならば、千人規模の兵士を送る事も出来るだろう。一個大隊に相当する兵士をだ。
そしてあの距離の兵士を撃退できるなら、河の向こう側にいる兵士をも倒せるだろう。彼等は近接戦だけを得意とするのではないのだ。
この四人の戦術的価値は途轍もない。今までの戦闘を引っ繰り返しかねない。
子爵は何としても彼等が欲しいと思っていた。
逆に近衛団長は彼等四人が危険だと考えている。あの力は異常過ぎる。たぶん王都奪還までは役に立つだろう。だが、その後は彼等をどうするのだ。
刺客を向けようものなら、返り討ちの上にそれを送り込んだ者も滅ぼすだろう。やりそうな貴族など幾らでも思い付く。
ならば初めから王都奪回に絡ませない方が良い。彼等四人も、その気は薄そうだ。王女を送り届けたら去って行くだろう。
その時点で十分な謝礼を行い、送り出すのが国にとっては最善ではないかと考えていた。
彼等四人が王女一行の元にやって来る。
隣領に着いた以上は確認しておく必要がある。これ以降も護衛をする必要があるかを。
彼等四人は謝礼を必要としていない。どうせ飛ばされるのだ。換金用の品はまだ手元に幾つもある。これ以上荷物を増やす気も無い。
きっと王都奪回の手伝いをして欲しいと思っているだろう。だがいつ消えるかも分からない彼等に、それを約束など出来ない。




