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177.最終局面だからねえ

 周囲を走り回っていたゴローが戻ってきた。

 どうやら野営に適した場所を見つけたようだ。既に日が暮れかけている。

 ドーソトは蛇ではないのだ。ピット器官なんて持っている筈も無い。もう出会うことも無いだろう。

 王女一行と共にゴローが見付けた場所に向かう。そこは先程と変わらず、岩が転がっている場所だ。

 五から十メートルあるような巨体だと休むのは難しいかもしれないが、テントを二つ張るだけの空間は取れる場所だった。


 先に竈を作って、灯りの確保を行う。それからテントを張り始めた。

 彼等四人は薄暗い中でも、通常と変わらない速度でテントを組み上げる。やはり夜目の利く身体のようだ。だが王女一行の方はやはり時間が掛かっている。

 だが彼等は手伝ったりはしない。今後も起こり得るのだ。薄暗くなってからのテントの設営にも慣れて貰う必要がある。


 彼等四人は竈の傍で茶を沸かしつつ、王女一行のテントの設営を眺めていた。

 兵士の三人が薄暗くなった中、必死でテントを設営している。王女と子爵も何もしない訳ではない。竈を作り火を熾しているらしい。

 すぐにでも近衛団長が見張りに入れるようにしているようだ。

 彼等四人はドーソトとの戦闘について話している。


「正直なところ、二匹いれば危なかったと思うんだけど」

「矢も三十本は消費したからねえ」

「エイティのSPはどれくらい残ってるんだよ」

「四割弱と言うところか。なにしろあの巨体だ。最初は範囲冷却が必要だったしな。近付かれると巻き添えを避けるために、単体攻撃しか出来ないしな」

「そうなんだよねえ。アローシャワーなんて使えないよねえ。もっとも肉を抉るのに爆砕使う必要あったし、範囲とは組めないんだけどさあ」

「ドーリはどうなの? 結構楽に避けてたようだけど」

「バフ貰ってギリギリじゃねえかな。命中と攻撃のバフも無ければ、鱗を弾いて脳を揺らすのも難しかったぜ」

「戦闘に加わらなかったユーリだけか。余裕があったのは」

「ユーリは本来ヒーラーだからねえ。あの相手にユーリまで攻撃に出張るようだと、最終局面だからねえ」


 楽に倒したように見えて、相当ギリギリだったようだ。相手が複数なら危険だったのかもしれない。

 今までユーリが前線に立っていたのは、相手が弱すぎたからに過ぎない。

 ドーソト相手だとユーリの槍では鱗に阻まれて、大したダメージにはならなかっただろう。柔らかく足が遅い相手だから通用していたのだ。

 ユーリは本来はヒーラーなのだ。


 それでも彼等は楽勝な様子を見せ付けていた。後ろに控えた近衛隊長の目を気にしていたのだ。

 彼に自分達の能力を見せ付ける必要があった。いつまでも舐められたままでいるつもりは無い。追い払うだけで二個分隊は必要な相手を、僅か四人だけで倒す。

 そんな四人を舐めて掛かる事は出来ない筈だ。


 やはり彼等はまだ若いのだろう。もう少し大人ならば別に舐められた態度でも、そのまま放って置いた筈だ。

 彼等には承認欲求が残っているのだ。認められたいと言う気持ちが、心のどこかにあるのだ。

 食事の供与をしているのも、美味しいと思われたいからなのかもしれない。


 そんな四人を見詰める王女一行の方は認識を改めている。

 彼等は対人戦に特化した傭兵のような冒険者ではない。強大な魔物とも十分にやりあえる者達だ。

 子爵は彼等を何とか引きずり込みたいと考えている。王都奪還戦だけに欲しいのではない。彼等の能力があれば、対隣国の防衛にも強力な戦力となるだろう。

 可能ならば隣国に接する領の領主にしても良い。この国を真に愛する自分にとっては、彼等の下風に立つ事など厭いもしない。

 実際にたった四人で一個小隊を降しているのを見た近衛団長も、ドーソトを四人で余裕で倒していたのを見ていた近衛隊長も、その意見に与している。


 だが良い手段が思いつかない。

 あの四人は欲が無い。いや、無いわけではないだろう。ただ、この国に対する何の思いも持っていないのだ。

 爵位や領地、美女などには全く靡かないだろう。

 場合によってはイェハウ王女が降嫁して、新たな侯爵家か辺境伯家を起こしても良いとさえ思っている。彼女はあの四人に親しみを感じているようなのだ。


 しかし、あの四人の誰がリーダーなのかも分からない。

 一見あの黒髪黒目の者が、主導的な立場をしているようにも思える。だが合議制を取っているようにも見える。

 一人だけを優遇する訳にはいかない。だが異国人を四人も侯爵や辺境伯として抱える事も出来ない。

 考えるまでも無く、彼等と守旧貴族達の間で争いが起きるだろう。そして彼等はその悉くを滅ぼすに違いない。そして、この国はあの四人の物となるのだ。

 はるか未来の話だが、その有様がまざまざと見えるようだ。


 結局は彼等四人はトセスノ侯領への護衛と思うしかないのだろう。

 無事に辿り着けたら、そこで分かれるしかないのだ。一兵卒として王都奪還軍に参加してくれる訳が無い。

 参加してくれたとしても、彼等なら確実に戦果を上げるだろう。その場合に報いる報酬も思い付かない。結局は爵位を与えるしかないのだ。

 彼等はこの国に対する愛着を持っていない。だがその誇りは誰も犯すことは出来ないだろう。下に見られる事を良しとしない。

 だが貴族連中は彼等を異国人として、下に置こうとする。

 そうすると、先の考えをなぞるのと同じ事になる。内戦が起こり、彼等の勝利による国の掌握だ。

 彼等を利用する良い手段が思い付かず、子爵は頭を抱えるばかりであった。

 近衛団長もそこまで先が見えてはいない。だが彼等を引き込む事は現在は有用であっても、後に懸念がある事に気付いていた。

 隊長はそこまで読めないようだ。彼等を王都を奪還する軍に加える事は、助けになると考えているだけのようだ。


 イェハウとネポフはそんな子爵達を見ているだけだった。

 気持ちは分かる。彼等を何とか自陣営に引き込みたいと言う思いは。

 だがどう考えても無理だ。

 イェハウは自分が美人だとの自覚はある。だが彼等が十五の少女に何の興味も持ってないのが分かるのだ。オタク趣味のある者が全員ロリコンではないのだ。

 他国の爵位や領土も興味が無い。

 ネポフを餌にしても彼等は肯くまい。彼等はネポフを連れて行くだけだ。ネポフも最終的には彼等に付いて行くだろう。


 各々が別の感想を抱きながら、テントに潜り込んでいく。

 完全に日が落ちている。どうやらこの時間まで来ない以上、ドーソトが近付く事もないようだ。

 彼等はいつものようにエイティとドーリを先に見張りに残すようだ。

 王女一行も近衛団長を先に見張りとするようだ。彼は話しかける様子も無い。交渉は全て子爵に任せるつもりのようだ。

 隊長にも告げている。要らぬ口出しは彼等の態度を硬化させるだけだ。


「明日には隣の領に入れそうだな」

「どこまで持つのかね。隣領に入った途端って事はねえとは思うがよ」

「安全が確保出来るまでだろうな」

「領兵に引き渡すまでってか。で、今度はいつのどこになるのやら」

「さあな。今回で女神の存在に行き着いたんだ。次には俺達を送り出した奴の存在まで辿れるかもな」


 エイティとドーリの二人は、今後の予測を話し合っている。

 彼等の中では、数日内に飛ばされるのが確定のようだ。今までの例からの推測に過ぎないのだが。

 確かに少しずつ前進しているように思える。

 転移転生者がいた。そして日本人の転移者がいた。更には女神の手で転生された日本人もいた。だが分かるのはそれだけだ。

 本当は何一つ分かっていない事も気付いている。


 無益な事を話しながら彼等は見張りを続ける。何も起こらないまま。

 周りは岩石地帯だ。両側に二、三キロは続いているのだろう。草も岩の隙間にかろうじて生えているのが目に入るくらいだ。

 時々探知魔術を起動するが、あのドーソトに近付く獣もいないようだ。

 夜目の効く獣が近くにはいないのかもしれない。

 夜中を少し回ったところで、見張りの交代を行う。

 王女一行の方も彼等に合わせて交代を行うようだ。

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