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174.ここに待機して貰うしかないねえ

 イェハウの見る限り、彼等の態度は焦らしているのではない。報酬を吊り上げるために、駆け引きを行っているようにも見えない。

 単純に先の事が分からないように思える。

 延々とこの世界を過ごしていないのでは。まるで転々としているようにも感じられるのだ。


 そして岩石地帯進み始めた。次の休憩は野営地となるだろう。

 ゴローはネポフに野営に適した場所を尋ねる。


「ごめんなさい。分からないのよ。夜間にこんな場所で休む事は無いから」

「あー、そうだよねえ。今の時期やこれから暑くなると、こんな場所で野営しないよねえ」


 いくら夜は寒くなるといっても、気温は十度近くはあるはずだ。これから暑くなると二十度くらいになるだろう。

 変温系の魔物でも深夜帯ならともかく、この時間だとまだ動ける筈だ。

 大型の魔物の多い場所で、わざわざ野営をする者などいないだろう。


 ゴローはなるべく岩が転がっている場所を選んでいる。

 大型の魔物なら、なるべく開けた場所をねぐらにするだろう。岩が多い場所なら、ねぐらを避ける事も出来る筈だ。

 とは言え、テントを晴れるだけの空間も必要になる。隣接していなくとも、二張りのテントが設営可能な場所が。

 ネポフを残して、ゴローはしばらく辺りを探し回る。

 周辺一キロくらいを走り回り、どうやら野営に適した場所を見つけたようだ。

 ゴローはネポフを拾って、付いて来た七人に野営に適した場所を告げる。


 そこは岩が無数に転がった場所だった。ただ二メートル四方の空間が幾つか散らばっている。そこにテントを張る気だろう。

 それぞれの空間は三メートルは距離が離れている。見張りをする場所も少々テントから離れる事になるが、三メートルくらいなら目が届く筈だ。

 時刻は昼四刻少し、午後四時半過ぎくらいか。

 テントの設営にそして調理を行っても、十分暗くなる前に終えるだろう。


 彼等四人と王女一行はテントを張り始める。

 さすがに王女一行も四日目となると、テントを張るのも慣れてきたようだ。貴族ではあるが兵士の訓練も受けている。テント張りの経験はあるのだ。

 だが近衛の団長や隊長クラスとなると、その経験も忘れるのだろう。

 冒険者経験の長いネポフの指示を聞きながら行っている。さすがに女性兵士一人にテント張りを任せるほど腐ってはいないようだ。


 彼等四人は慣れた様子でテントをさっさと張り終えて、竈を作り始める。

 今夜の食事は再びシチューにするようだ。多人数の食事だと、そのほうが楽だからであろう。

 どうやらネポフに礼を述べている男達三人を見たのだ。彼等の分を含む九人分の食事を用意する気になったようだ。

 もっとも手抜きシチューであることに変わりは無い。


 タマネギをラードで炒める。

 バターもあるらしいが生鮮食品だろう。生バターだと塩分や添加剤は使っていない筈だ。せいぜい二、三日しか保てないだろう。

 ラードだと今の季節なら一ヶ月は保つだろう。

 そしてニンジンと小麦粉を放り込んで軽く炒める、更に水と干し肉を加えて煮込む。最後に塩と香辛料で軽く味を調整する。手順はそれだけだ。

 牛乳でもあればもっとシチューらしくなるかもしれない。それでも野営料理をしては十分だろう。


 ゴローが人数分の食器を用意するようにネポフに声を掛ける。

 五人分のシチューを一人で運ぶのは無理と考えたのだろう。ネポフは近衛の二人に声を掛けている。

 近衛の二人も、平民の冒険者上がりのネポフの言葉に大人しく従っている。

 自分達の分の食事を運ぶのだ。彼女一人にやらせていると、彼等四人がどう思うか考えるまでもない。

 さすがに子爵や王女に膳を運ばせるわけにはいかない。兵士である自分達がやるしかないのは分かっている。


 ネポフは彼等四人に、丁重に礼を述べる。

 近衛の二人も、この四人が貴族だと考えているのだろう。同じように丁寧に礼を述べていた。

 向こうでイェハウと子爵が軽く頭を下げているのも見えていた。

 シチューを一杯によそった木製の深皿を持って戻っていく。


「相変わらず有り合わせの食材で、料理を作るのは上手えな」

「そうかな。ある程度の知識があれば誰でも出来ると思うんだけど」

「経験も必要だろう。九人分を作るのが楽でないのは分かるからな」

「シチューなんかは大人数の方が作るのは楽なんだよねえ」


 シチューを黒パンで食しながら、彼等は話をしていた。

 パンケーキのように一枚ごとに焼いていくような物ではなく、大量に一括で作れるシチューの方が楽だろう。

 それでも人数分の野菜や小麦の量を知るには経験が必要な筈だ。

 ゴローやユーリはその辺の経験があるようだ。実家が農家と言うことも無関係ではないのだろう。


 しばらく食べ続けていたが、急にゴローが立ち上がる。

 シチューを盛った皿と、黒パンを手にしたままだ。そのまま一方向を眺め続けている。

 他の三人もその様子に何か気付いたのだろう。それぞれ食器を地面に置いていた。パンはシチューに漬けたままだ。

 どうせシチューに浸しながら食べるのだ。そのままパンが、シチューを吸い込んでも構わないと思っているのだろう。


 ゴローはしばらくそのまま一方向を見続ける。

 そして深い溜息を吐いた。そして他の三人に声を掛ける。


「ごめん。ここは通り道だったみたいだねえ。ドーソトって名の大トカゲが近付いてきてるようだなあ」

「探知は……無理だったよね」

「いや。相手が動いている以上、音響探知なら可能だろう。たぶん大きさや数は分かる筈だ」

「一匹だと良いんだがな」


 エイティも立ち上がって、ゴローの指差す方向を睨んでいる。

 数秒後に探知結果を告げる。


「一匹だな。体長は十メートル足らずだ。ゴローの言葉通りドーソトだろう。既に二百五十メートルくらいの位置だ」

「近付いてきてんのか。この距離だと冷却系の魔術で何とか出来ねえか」

「スキルポイントは余裕があるから、どうにか出来るだろう」

「けど後続が現れる可能性もあるし、SPは節約した方が良いと思うんだけど」

「だよねえ。とりあえず彼等に説明して、ここに待機して貰うしかないねえ」

「五十メートルほど先で俺等だけで対処するしかねえか」


 彼等四人は自分達だけで対応するつもりのようだ。

 連携も碌に取れない近衛の兵士など、邪魔にしかならないと考えているのだ。

 それに彼等を引き連れていくと、王女の護衛の意味が無くなる。王女や子爵が一緒に来るなど論外だ。彼等はここに残って貰うのが一番なのだ。

 半径三百メートルの周囲には他に危険となりそうな物は察知できていない。

 少なくとも直近の危険はない筈だ。


 エイティとドーリ、ゴローがその方向に歩き出す。

 たぶんエイティは歩きながら冷却系の魔術を行使しているのだろう。

 ユーリのみ王女一行のほうに近付いていく。

 彼も短槍を使える。だがこれだけ距離があると、弓使いのゴローと魔術を使うエイティの方が役に立つ。護衛としてはドーリの方が本職だ。

 自然、連絡役はユーリが受け持つ事になる。特に相談をせずとも、彼等は自分の役割が分かっているようだった。


 王女一行は提供された夕食を食していた。

 黒パンを浸しながら、シチューを食べていた。

 手抜きシチューと言われたが、十分に晩餐のメインになる物だ。もちろん野営で食べる分にはの話だが。

 いや、このたっぷり使われている香辛料だけでも、王宮料理のメインを張れるかもしれない。


 そして急に立ちあがった彼等四人を訝しげに眺めていた。

 彼等が今更、王女一行を襲うとは思えない。急に立ち上がって何を相談しているのかが分からないのだ。

 さすがにこの距離では魔物の接近を知る事が出来ないのだろう。小声で話されている日本語も通じていない。

 そして彼等はある方向に歩き出した。ユーリと言う名の短槍使いだけが、王女一行の方にやって来る。

 そしてなんでもないように語り掛ける。

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