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168.ホント腹黒だと思うよ

 そのまま一行は北上を続けた。

 ゴローがネポフに聞くと、このまま北に向かうと小さな林があるそうだ。

 今夜の野営はそこで行うのが良いらしい。さすがに平原の真ん中で火を焚いていたら、遠くからでも分かるだろう。

 灯りを遮れる場所で、かつ近くに街や村が無い場所となると限られるそうだ。

 道からも外れているため、他の冒険者がいる可能性も低いだろう。


 良くそんな所を知っているものだと尋ねると、ネポフは半端な位置にあるためだと教えてくれた。

 街や村からは真夏でも一日と少し掛かる距離であり、道からも遠いのだ。道沿いなら小川もあり水の補給も楽だ。だがその林では水の補給も出来ないのだ。

 見張りが拠点とした場所が、本来は野営に適していた場所なのだ。

 たぶん王都からの捜索隊は森の中で野営する筈だ。小川沿いの先にある街からは、今日中にその拠点まで援軍も来ることは出来ない。

 それでもさすがに、その拠点は使えないだろう。


 昼三刻半ば頃に林に辿り着いた。確かに半端な時間である。

 戦闘や尋問に取られた時間を考えると、一刻前には着いていた筈だ。そんな時間では野営を始めるにも早過ぎるだろう。

 直径が二十メートルほどの小さな林だ。これと言った水源となりそうな物も見当たらない。たぶん地下水が地表近くまで染み出しているのだ。湧水量は相当少ないのだろうが。


 林の中に入り込んでテントを張れそうな場所を探す。

 木々がまばらなお陰だろう。さすがにテント二張りを一緒に出来る場所は無かったが、それでも近くに張れる場所があったようだ。

 各々がテントを張っていた。テント間は五メートルも離れていない。しかしそれぞれが、プライベートな空間が持てるだけでも良いだろう。


 テントを張り終えると、彼等はすぐに竈を作り始めた。

 時間は余裕がある。インディカ米だが米も手に入った。どうやらゴローとユーリは、リゾットを作るらしい。当然、手抜き料理なのだが。

 気候的にはオリーブオイルがあってもおかしくない筈なのだが、見張りの拠点を漁っても見つからなかった。ラードで代用するようだ。


 ラードでタマネギを炒めて、米を投入して油に馴染ませる。その後は水を入れて、延々と煮込んでいく。時々水を足しながらだ。

 最後に干し肉を表面に敷いて、火を通していく。味付けは虎の子の塩胡椒だ。

 サフランなんて持っていないし、香草なんてある訳も無い。

 代用品ばかりの上に味付けも大雑把な、いかにも男が作る手抜き料理だろう。

 本来なら、この二人はまともな料理も作れるのだが。


 単純年数だとほぼ九十年ぶり、体感でも二週間ぶりとなる米を使った料理だ。

 インディカ米を使って更に手抜き料理と言えども、彼等四人は久しぶりの米料理に歓声を上げていた。

 この手の料理だと、ジャポニカ米よりインディカ米の方が合っているのだ。彼等四人には、十分に美味しいと感じられた。


 ふと王女一行を見ると、火は焚いているようだが料理をしているようには見えない。鍋に茶葉だけを放り込んで煮ているようだ。

 無言で果実や黒パン、干し肉を齧っている。

 イェハウ王女とネポフの何か言いたげな視線を感じる。

 彼女達以外の三人は何も言う資格が無いことが分かっているのだろう。こちらを見ようともしていない。


「どうするよ。あの視線が何を言いてえのかは分かるが」

「米も一キロ以上は煮ているしね。一人分くらいなら融通は出来ると思うけど」

「エイティも王女様の分は供与しても良いと言ったんだよねえ」

「分かった。イェハウの分だけは差し入れる。予備の器は……無いな。ちょっと行ってくる」


 どうやら王女一行の中には料理が出来る者がいないらしい。

 基本は貴族連中なのだ。自ら料理なんてした経験のある者などいないだろう。

 ネポフも冒険者の時代には干し肉を齧っていたのだろうし、軍属になってからだと食事も支給されていた筈だ。まともに料理を覚える気も無かったのだろう。

 イェハウ王女は前世の二十三年の間に、料理の経験が無かったのだろうか。

 もっとも王女の立場にある者に、他の者のための料理を作らせる訳にはいかないのだろうが。


 エイティが立ち上がり、王女一行のところに近付いていく。さすがに近衛兵の二人も、もう警戒をする気は無いらしい。

 エイティはネポフに声を掛けた。


「王女様の分だけは供与しても良いが、何か器はあるか」

「あ、はい。これを使って下さい」


 言いながらネポフは脇に置いていた木製の深皿を取り出す。彼女は昼の時の約束を覚えていたようだ。王女の分だけは提供してくれると言う約束を。

 エイティは用意がいいなと思いながらも、その深皿を受け取り戻っていく。

 そして皿にリゾットをよそっていく。その皿を再びネポフに渡しに行く。

 手渡された深皿に、てんこ盛りにされたリゾットを見ながらネポフが告げる。


「あの……どう見ても一人分には見えない量だと思いますけど」

「余るようなら『適当に』処分すれば良いだろう。さすがに捨てるような真似をしたら、以降は一切供与する気が無いがな」

「……本当にありがとうございます。お代に関しては、後ほど相談させて頂けますか」

「ああ、対価は気にしなくても良いさ。昼の約束だしな」


 それだけ告げて、エイティは去っていく。振り返りもしない。

 さすがに言っている意味が分かったのだろう。ネポフは一人分だけを残して、残りを別の皿に移していく。更にそれを等分して四つに分ける。

 王女以外にとっては、二口か三口程度の量でしかない。それでも料理らしい物が食べられるのだ。


 近衛兵の二人も子爵も何も言わずにその様子を見ていた。今の状態で貴族を優先しろなどと言えば、どうなるかくらいの見当がつく。

 仮にネポフ兵長が自ら遠慮したとしても、彼女が一口も味わえなかったと知った彼等四人がどんな態度になるだろう。

 エイティがネポフ兵長に昼の約束と言ったのだ。彼女の方が彼等四人に近しいのが明白なのだ。

 既に一蓮托生の身だ。政治向きの話に噛ませる気は無いが、生存に関することで差別や区別をする気は無い。


 戻ってきたエイティに他の三人が声を掛けた。


「優しいねえ」

「その代わり僕達の分が減ったと思うんだけどさ」

「果実やらで穴埋めすれば良いんじゃねえの」

「済まないな」


 口ではどうこう言いつつも、エイティを責める様子は無い。

 やはり彼等は甘いのだろう。

 そのまま食事を続けていた、鍋が空になった時点で、一旦鍋を洗う。そして茶葉を煮出し始める。

 彼等は砂糖を入れたりしない。そのまま飲むつもりのようだ。

 お茶を口にしながら日本語で会話を始める。さすがに王女には聞こえない程度の声でだ。


「しかしよ。奴等への尋問方法を変えたのは何でだ」

「盗賊や盗賊紛いの傭兵とは違うようだったからな。自分自身に対する拷問なら耐えられただろう。だが自分の嘘や沈黙で、配下の者が逝く事は普通なら耐えられまい。お前等が自分の代わりに拷問されるなら、俺なら素直に喋るだろうからな」

「ホント腹黒だと思うよ」

「さすがに近衛の連中には効かないだろうけどねえ」


 ドーリの疑問にエイティが答えていた。

 盗賊や傭兵のように己の生命だけが大事な者と、私兵とは言え正規な兵隊との違いなのだ。

 盗賊などは他人の生命に躊躇はするまい。自分の身に危険が迫るまで、素直に喋る訳が無いのだ。

 だがまともな精神を持つ者はどうだろう。逆に自分の身に降りかかる事なら耐える訓練もしているだろう。しかし同僚や配下の者が、自分のせいで逝く事に耐えられる者は多くない筈だ。

 それこそ王族のためなら生命など不要、と誓った近衛兵でもない限りは。

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