166.あんた等の好きにすれば良い
四人はそれぞれの武具を構えて、止めを刺して回る。
近衛団長はさすがに彼等を止めようとしていた。
だが四人はそれを無視して止めを刺していく。
このまま放って置いても、すぐに目を覚ますだろう。そして追っ手に加わる筈だ。この者達は貴族の私兵なのだから。
以前にも考えた事だが、後々害を為す事が分かっている相手を無傷で解放する転移転生者は何を考えているのだろう。彼等四人にとって後に害となることが自明の相手を、わざわざ生かしておく理由が無いのだ。
「君達は……」
「逆に聞きたいのだが、どうしたいんだ。両手両足の腱を切って、顎も潰して放置するのか」
「いや、それは……」
「良い案が無いのなら口を出すな」
エイティは全てを終えてから近衛団長に告げた。
武具を持てる状態、自由に動ける状態で、「王子」一行に高位魔法士が存在する事を話すのを許そうとでも言うのか。
敵を利する行為でしかない。自分達の立場が分からないのなら、別行動を取るしかないだろう。
近衛団長もそう言われると黙るしかなかった。
本当は彼等も分かっている。自分達がおかしくなっている事に気付いている。
現代日本の常識を持っていた筈だ。なのに自身の、同行者の身を護るためとは言え四十人近い人間の命を奪っているのだ。
初回のフィルヴィの盗賊団討伐の時点で分かっていた事だ。
たぶん精神を弄られているのだろう。既にまともな神経ではないのだ。
それでも、この世界にいる以上は仕方の無い事なのだ。後に害になることが自明な相手を放置するわけにいかない。
彼等はその場を少し離れた。そして近衛団長が合図を送ると、王女一行が戻ってきた。
ネポフと隊長は、イェハウ王女と子爵に四十人の兵士達を見せないようにしながら近付いてくる。冒険者経験のあるネポフもまだ若い隊長も、あの兵士達をどうしたかは想像が付いていた。
全員が揃ったところでエイティが話し出す。
「俺達は見張りの詰め所に向かう。大した物はないだろうが、物資補充も出来るだろう。あんた等はどうする」
エイティは、あくまでただの同行者であると言う立場を変えるつもりがないらしい。相手の都合を考えずに、自分達はこうすると言うだけだ。
それに従うのなら護っても良いと告げているのだ。
イェハウ王女が進み出て申し出る。
「もちろん同行いたします」
王女一行も分かっている。彼等と道を違えれば終わりだと言う事は。
見張りの拠点だったテントだと、ある程度の物資もある筈だ。飲料水代わりのエールやワイン、野菜や果物などが。生肉の類は無いかもしれないが。
彼等四人が所持できない分は、王女達に分けてもらえるかもしれない。
周辺に追っ手がいない事は分かっている。それでも彼等は少し足早に、見張りの拠点に向かった。
拠点には二頭の馬が繋がれているだけだった。人の気配は全く無い。
連絡のために町に向かった一人を除いて、見張りの全員が倒されたのだ。
中央付近では火が焚かれたままで、その火に鍋が掛けられている。
軽く誰何するだけだと考えていたのだろう。それとも、火を消す余裕も無くなっていたのだろうか。
その鍋では湯が沸かされていた。ただの湯ではない。植物の葉が煮込まれているようだ。
それを覗いたユーリが声を上げる。
「これって、もしかしてお茶じゃないかと思うんだけど」
驚いた他の三人も駆け寄ってくる。その香りは間違いなくお茶のようだった。
エイティがずだ袋からカップを取り出して掬い取る。そして一口だけ啜る。
毒の心配はしていない。いくらなんでも見張りの小隊が全滅する、それを為した者がこの拠点に来る、と考えている筈も無い。
エイティは舌の上で転がすように味わっている。そして飲み干すと、カップを他の者に回していく。
他の三人も順に一口ずつ回し飲みをしていた。
「確かに茶のようだな」
「しかし、えらく甘えな」
「うわあ、本当だねえ。そっかあ。地中海性気候なら、たぶん甜菜も栽培出来るだろうしねえ」
「砂糖も生産出来るんだね。まあ精白した砂糖ではないようだけどさ」
お茶に自然に含まれる甘さを楽しめるのは日本人くらいだろう。
大概の国では緑茶ですら砂糖を混ぜて飲むのだ。少量の砂糖でも大甘に感じるのも仕方が無い。それでも久しぶりの茶の味に、彼等は興奮しているようだった。
日本語で騒いでる彼等四人を、王女一行は黙ってみていた。何を驚いているのかが分からないのだ。
ただイェハウ王女だけは気が付いていた。この四人は最初に、はるか北方にある国の名を尋ねていた。そちらの出身なのかもしれない。
となると温暖なこの地で栽培されている植物を知らないのかもしれない。
現代日本の物とは全く異なるのだが、それでも米や茶や砂糖が採れる事を知らないのだろう。
だが地中海性気候なんて言葉がすぐに出てくるのが驚きだった。
彼等は見た目は二十代半ばに見える。その容姿からも純粋な日本人でない事は明らかだ。一人だけ黒髪黒目の物もいるが、他の三人は金髪碧眼であったり茶髪であったりしているのだ。
たぶん自分と同じように転生した者達だろう。
既に自分はこの世界で十数年を過ごしてきた。根底には日本人だった記憶が残っているし、自分を日本人だとも思っている。
それに日々の生活に直結することなら覚えている。例えばマヨネーズを作ったりとかはしたのだから。
それでも記憶は薄れていくのだ。四則演算くらいならともかく、微積分などは忘れている。地中海気候がどんな気候かなんて分からない。
それらを普通に覚えていて会話にすぐ出てくるなら、彼等は相当頭が良いのだろうか。このまま、自分の傍に居てくれればとすら考えてしまう。
彼等は拠点のテントを漁り始める。
茶に続いて米まで見つかっていた。もちろんインディカ米ではあるのだが。
テンサイ糖まで存在している。ある程度は高価なのであろう。そんなに多くは無かったのだが。
逃亡中でなければ、それらを使って食べられる料理が作れるかもしれない。
王女達の一行は彼等四人がテントを調べる様子を眺めていた。
彼等四人によって、この拠点に居た小隊規模の私兵が倒されたのだ。ここの戦利品の権利は彼等にある。
今までの彼等の態度で理解している。王女一行が勝手に漁ったり、分け前を要求したりすれば、そこでこの関係は終わる。
昨日も彼等四人は、一部の兵士達の所持品は残してくれていたのだ。今回も同様にしてくれるだろう。もし残らなくても文句を言える立場ではない。
「残りの荷物なんかは、あんた等の好きにすれば良い」
エイティはそう言い残して、繋がれた馬の傍に歩いていく。
当然半分近い戦利品を残している。今後は食事の提供を行う気が無い。
王女一行は自分の食事は、ここで手に入った物に頼らざるを得ない筈だ。
果実や野菜もあったのだ。王女一行も料理くらいは出来るだろう。
貴族や王族だと自らが料理をする経験は無いのかもしれないが、ネポフは冒険者だったのだ。最低限食べられる物は作れる筈だ。
繋がれていた二頭の馬は連絡用のためか軽種馬のようだ。
使えるかとも思ったが、この先で河を渡る事が分かっているのだ。
このまま残して相手の足に使われるのも拙いだろう。だからと言って、処分するのも気の毒だ。
軽く脅してから解き放つ。人間に、いや彼等に恐怖を感じているのかもしれない。二頭は村の方ではなく、森の方に向かって走り出した。
それを確認してから振り返る。王女一行も物資補充を済ませたようだ。




