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159.君は本当は王女じゃ無いのだろう

 彼等四人は少し呆れていた。この期に及んで、自分達を警戒する事に意味があるのかと。

 王女の護衛をしているからには警戒は必要だろう。だが宣言していないとは言え、同行して半ば護衛までしている者達だ。

 いつまでそんな態度で接する気なのだろう。まさか未だに王女様に対する敬意が見えない事を問題視しているのだろうか。

 ならば、そろそろ食物の配布も止めるべきかもしれない。


 彼等四人は果実を齧るだけの食事を終えようとしていた。

 そこにイェハウ王女が彼等の元にやって来た。近衛団長を伴ってだ。


「ありがとうございます。新鮮な果実も久しぶりでした。助かりました」

「ああ、喜んでくれたなら幸いだ。だが、それも今回で終わりだ。以降は自前で用意してくれ」

「あの……それはどういう意味でしょう」

「君は本当は王女じゃ無いのだろう。下働きの女中かなんかじゃないのか」

「いいえ! 本当に王女です!」


 驚いたようにイェハウ王女は声を上げる。

 女神の存在と、それによる現在の立場の事を告げたのだ。たぶん彼等も同じような状況だった筈だ。

 なぜ今更それを疑うような事を言い出すのだろう。


「王女様がわざわざ冒険者にしか見えない者達に礼を述べるのか。護衛の兵士や同行している貴族は何も言ってこないだろう。この国ではまさか、王族の者が率先して下々の者に頭を下げるのか」


 エイティの言葉に一緒にいた近衛団長の方が焦っていた。

 言われた通りだ。彼等との折衝を全部王女に任せていたのだ。

 確かに王女は、この四人の母国語らしき言葉が話せるのだろう。そのお陰で護衛もどきの真似もしてくれているのだろう。

 だからと言って自分達が、彼等を無視していい理由にはならない。

 今まで傷を癒された時に最低限の礼を言うだけだったのだ。提供された食事毎の礼など言ってもいない。


「それは下働きの者のすることだろう。もしかしたら、あの女兵士が本当は王女様じゃないのか。俺達が朝に渡したパンや今渡した果実すらも、王族への献上品だとでも思っていたのか」


 エイティの続けた言葉に近衛団長だけでなく、イェハウ王女も黙り込んだ。

 与えられるのが当たり前、と言う気持ちがあった事は否めない。

 こうして食事が振舞われるたびに、自分は彼等に礼を言ってはいる。だが他の者達は何もしていないのだ。

 自分以外の者達は、未だにその感覚が残っているのかもしれない。


「どちらでも構わんが、君以外の者がどんな目に会おうと助ける気は無い。礼を言える君だけは護ってやってもいいがな」


 最後通牒のようなエイティの言葉に、慌てたように近衛団長が膝をついた。

 改めて朝のパンと今の果実の供与に関して礼を述べた。

 だが彼等四人はそれを聞いている様子も無い。無視して食事を続けていた。


「あの……彼の謝罪を受け入れて貰えませんか」

「武具を構えたままの相手の礼に意味があると思うのか」


 そして近衛団長は彼等の様子に気が付いた。

 そう言った彼等は武具を地面に置いて、食事をしていたのだ。

 もちろんすぐに手に取れる位置には置いている。だが王女一行に襲いかかる気がない事を表明しているのは明らかだ。

 そんな彼等四人を警戒して、武具を腰に差したままの自分が礼を述べる。

 本心から礼を述べていると受け取られなくても当然だろう。


 近衛団長は武装を外してから、再び彼等に礼を述べた。

 それでも彼等四人は聞き流しているようだ。

 何度もダメ出しされてからの礼では意味が無い。やはり自分は苗字持ちの貴族なのだ。下に見ている者に対する礼儀は持っていないのだ。

 近衛団長もそれは分かっている。だからたとえ相手に聞く気が無くても、礼を尽くすしかないのだ。


 イェハウ王女はその姿をじっと見ていた。

 たぶん彼等四人はプライドが高いと言う訳ではないのだろう。ただ無意味に下に置かれるのを許容出来ないのだ。

 自分と同じように地球での記憶を持っている。話の内容からも自分と同じ時代を過ごしてきた筈だ。貴族に対する感覚も違って当然だ。

 彼等自身が何度も言っているように、異国の冒険者なのだ。彼等の持つ力なら、貴族の不興を買う事など気にもしないだろう。

 愚かな貴族を幾つも潰しながら、この国に流れてきたのかもしれない。


 王女が再び礼を述べて去っていった。

 膝をついて礼を述べていた近衛団長も立ち上がる。盾や武具は装備もせずに、両手で抱えたまま王女に続いて一行の元に戻っていく。

 彼等四人はそれを見送りながら食事を続ける。と言ってもゆっくり果実を齧っているだけだ。あえて時間を掛けているのだ。

 王女一行がゆっくり休めるように。


「つくづく辛辣だねえ」

「ずっとあの態度取られていれば言いたくもなるわな」

「前回のレヴィンシ辺境伯が特殊だったんだろうね。彼の場合はジョン・ドゥと言う前例もあったと思うしさ」

「少なくとも逃亡中は、貴族だなんだの意識は捨てて貰わないとな。何もかもしてくれて当然、なんて心持ちでいられたら堪ったものではないだろう」

「どう出てくるかなあ。ここで他の連中も礼を述べてくるなら、まだ見込みはあるかもねえ」

「あの隊長とやらには無理じゃねえか」

「それならそれで食料の供与止めれば良いだけだと思うけど」

「あの近衛兵の二人が居たから、女性兵士も子爵も何も言えなかったのだろう。これで何も言いに来ないようなら、こちらも一切無視で構わないだろうさ」


 最初に行商人のエルイと出会った時のように、彼等四人は相手を思いやった行動が取れるのだ。

 盾や武具を手放して、近付いてくる相手に警戒心を持たせないようにする。

 会話を任せる一人を除いて、少し離れた位置に座る。

 そこまでしても相手が警戒したままならどうしようもない。以降は無視するしかないだろう。

 言葉遣いは直す気が無い。王女一行の最初の対応が悪過ぎたのだ。助けを求めていながら上からの物言いだ。

 もう彼等四人の側から丁寧な言葉を期待するのが間違いだ。


 しばらくすると近衛隊長の男と年配の子爵の男が、彼等の方に近付いてきた。

 たぶん王女か近衛団長に何かを言われたのだろう。二人共武具を手放して、手ぶらの状態だった。

 そして彼等に朝のパンと先の果実の提供に対しての礼を述べ始めた。

 さすがに貴族だけの事はある。相手を対等以上と考えて礼を行っている。

 内心を窺わせない完璧な態度だ。本当は冒険者風情にと忸怩たる思いがあるのだろうに。

 エイティはその礼に鷹揚に対応する。その態度は完全に相手を同格扱いしているようでもある。

 二人はそれに苛立った様子も見せずに、礼を述べ続けた。

 そして二人は去っていった。


 彼等二人と入れ替わるように、女性兵士が彼等の元にやってくる。

 さすがに彼女だけは平民だからだろう。先に来ていた子爵や近衛隊長と共に礼を述べる事も出来ないのだ。

 当然のように彼女も、一切の武具を手放した状態だった。

 女性兵士は彼等の前で膝をついた。だがその表情は何か面白い物を見つけたような感じであった。


 改めて彼女を見ると、なかなかの美人のようである。

 やはり王族付きの兵士ともなると、ある程度の容姿も必要とされるのだろう。

 年齢は三十歳を越えているようではあるが、体形は鍛えられているお陰か崩れてもいない。

 それどころか出るところは出て引っ込むところは引っ込むといった、ある意味理想的な体形だ。

 彼等四人の感覚だと十分にストライクゾーンに入るであろう。

 年齢的には、旦那や子供がいてもおかしくは無いのだろうが。

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