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148.何の価値があるのだろうな

 年配の男が、かすれたように声を上げた。


「な、何をするんだ」

「それはこっちの台詞だな。いきなり剣を抜いて斬りかかろうとするとは、どういうつもりなんだ」

「そ……それは済まない。だが……私に免じて許して貰えぬか」

「なあ。あんた等は名乗りもしてない。誰かも分からぬ者が自分に免じてと言っても、何の価値があるのだろうな」


 エイティが再び呆れたように言葉を返した。

 王族とその護衛なら、簡単に名乗れないのかもしれない。逃亡中なら尚更だ。

 ならば自分に免じて、と言う言葉が無意味なのが分からないのだろうか。

 金属鎧を着られるからには、たぶん近衛兵や王族の護衛、もしくはそれに近い身分の者なのだ。

 それこそ王族を直接護る立場なのだろう。爵位を持っているのかもしれない。

 だが本当に逃亡中なら相応の態度を取るべきなのだ。旅人の振りをするなり、冒険者を気取るなり、少なくとも偉そうな真似をするべきではない。


「助けを求めておいて、用が済んだら始末する。あんた等の方がよほど悪人じゃないのか」


 ローブの男が続けた言葉に、年配の男は黙り込む。

 確かにそう取られても不思議ではない。

 ローブの男は不遜な物言いではある。だがこの四人はたぶん、異国の冒険者だ。旅をしているのだろう。

 訛りから丁寧な言葉を知らないのかもしれない。腹を立てる方が間違いだ。

 いくら許せなかったと言っても、剣を向けるなど非常識すぎる。救助要請しておいて、いざ救われると助けてくれた相手を害そうとする。

 口封じと受け取られるのも当たり前だ。

 年配の男が何か言おうとするが、その直前に女性兵士に抱かれていた若者が立ち上がって叫んだ。


「配下の者の無礼を詫びる。僕はこの……領を治める貴族の嫡男だ。身分を明かせなかったために、誤解を招いた。申し訳ない」


 若者がそう言って頭を下げていた。

 エイティの背後では、ゴローがかろうじて聞こえる程度の小声で「ネガティブ」と呟いていた。

 その否定は、領を治める貴族と言う言葉か、嫡男と言う言葉か、どちらに対して言ったのだろうか。


「ふむ。訳有りなのは見当が付いていたがな。まずそこで倒れている男を、楽にしてやるべきだな。叫ばせたままだと敵に見つかりかねない。それにお荷物を抱えたままでは動きが取れないだろう。その男は不要どころか害でしかない。選民意識に凝り固まった奴は、お忍びの道中では役に立たないぞ」


 エイティの言葉にその場にいた「貴族」の一行は絶句していた。

 確かに一理あるのだろう。無礼な言葉に腹を立てて、救ってくれた相手に剣を向ける。逃亡中の身の上で、やってはいけない行為の筆頭かもしれない。

 この先で出会う者達にまでこの意識だと、味方どころか敵を増やすだけだ。

 だが彼をお荷物にしたのは誰だか分かっているのか。確かに彼は不用意な真似をしたのだろう。だがそれは死で贖うべき事なのか。


 痛みに叫んでいた若い男は、急にその口を閉じた。

 エイティの言葉が聞こえていたようだ。そして悔やんでいた。

 ローブの男の言う通りだ。

 子爵家の嫡男である自分が近衛隊に所属するのは不思議ではなかった。厳しい鍛錬もこなして、直に王族と接する立場にまでなれた。王家への忠誠は誰にも負けない自信もある。

 当然のように、この逃避行にも自ら志願した。幾つもの囮部隊が放たれる中で、実際に王族の一人を護衛する立場にも選ばれた。

 だが自分は間違えた。王家を王族を愛するあまり、状況を考えられなかった。

 潜伏して逃亡する身だ。逆に王族を意識してはならない。冒険者風情が、異邦人風情が、と考えた自分が間違っていたのだ。


「俺は今から剣を抜くが、君達に向ける気は無い。彼を楽にしてやりたい。認めてくれるか」

「駄目だ! 彼の止血をするんだ。痛み止めもあった筈だ。鎧を脱がして背負っていく。皆は身軽でないと駄目だから、僕が背負う」


 年配の男がエイティに了解を求めようとした瞬間、若者が声を上げる。

 ドーリのハンマーとは異なり、ゴローの矢もユーリの槍も相手を「壊す」攻撃ではない。確かに静養すれば元に近い状態にまで戻るだろう。

 だが現状、逃亡するのには邪魔にしかなるまい。エイティが言ったように、そんな態度の者などこの先も不要だろう。


「君は『貴族のお坊ちゃん』なのだろう。自分の命の価値が分かっていないのか。雑兵を助ける為に命を掛けるのを、彼や今まで散った者が望んでいるとでも」

「……そうかもしれない。でも、もう嫌なんだ。僕なんかの為に誰かが傷付くのも、命を落とすのも……」


 エイティの言葉に、項垂れながらも若者が答えている。涙を流してさえいる。

 エイティ達は未だ呆れた様子だった。

 やはり「女の子」なのだ。目の前の事しか考えられない。

 確かに戦力としては、彼女は一番の役立たずなのだろう。だが自分より身長の高い者を背負う? 真っ先に潰れるのは自明だろう。

 すると他の者が怪我人を背負う事になるだろうし、休憩だって余分に掛かる。

 自滅の道を突き進む事すら見えていないのだ。


「あー、もう。面倒くせえな。ユーリはあの程度治せるんだろ。やってやれよ」

「正直に話す事と僕等の事を話さない事を厳命して、治してあげる方が早いかもしれないねえ」

「奴等がやらないと言う事は、この世界でも治癒は貴重なのかもしれない。ポーションも無いのだろう。それを晒すのは避けたいのだがな」

「そこそこの兵隊が四十人近く居るのに、魔術を誰も放たなかったみたいだしね。やっぱりこの世界でも、魔術って貴重なんだと思うよ」


 彼等は向こうに聞こえないように小声で相談していた。

 日本語ならたぶん分からない筈だ。だが、絶対大丈夫との確信も持てない。

 向こうでは金属鎧の男二人と、助けると言った貴族嫡男を名乗った若者が言い争っているようだ。

 年配の男は捨てていくべきだと言い、怪我を負った若い男も同意している。さすがに自分が間違っていた事に気付いたのだろう。

 それでも、若者は懸命に説得しようとしている。絶対助けるからと主張しているようだ。

 だがその主張に根拠など無い。たぶん若者だって分かっている。それでも見捨てたくは無いのだ。

 今回は四人とも言葉が分かっている。エイティとの遣り取りも、全員が理解していた。この変えられた優秀な身体だと、今向こうで行われている言い争いだって聞き取れている。

 このままでは話が進みそうに無い。

 諦めたようにエイティが声を掛けた。


「俺達の質問に一切嘘を吐かない。俺達の詮索はしない。俺達の事は誰にも話さない。当然だが俺達を害そうとしない。これらの条件を呑めるのならば、どうにかしてやらない事もないのだが。どうする? 『お嬢さん』」


 言い争っていた三人と、その先でおろおろしていた二人が、びくりと身体を震わせた。

 たぶんエイティの最後の台詞が気になっているのだろう。ばれていないとでも思っていたのだろうか。


「もっとも先も報酬は何でもと言いながら、だんまりを決め込まれたりしたしな。条件を呑むなら、まずは名乗ってもらえるかな。お嬢さん」

「本当にどうにか出来るのか……いえ、出来るのですか」

「本音を言ってしまえば、俺達はこの場をさっさと立ち去りたい。あんた等を無視してな。関わったところで面倒なだけのようだ。このまま道を進めば人の居る所に出るんだろう? そこで情報収集すれば済む話だ」

「ずいぶんな物言いですね。……分かりました。私はこの国の第一王女イェハウと申します」


 エイティの耳に、背後でゴローが「ポジティブ」と小さく呟いたのが届いていた。当然自分も探知を行っている。後ろ手にポジティブとサインを出していた。


「ならばお姫様、いや王女様と呼ぶべきかな。で、王女様。この国の名はなんと言うんだ」


 王女側の一行は唖然としている。

 この国の王女だと明かしたのだ。なのに態度を変えようともしない。

 確かに彼の風体を見るに異国人なのだろう。この国の王族に畏敬の念を抱かないのも仕方が無い。

 だが他国のであれ、王族を前に態度を変えない者がいる事が信じられない。

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