146.このまま引いてくれないかな
後方にいたエイティとゴローが呟いている。
「驚きだな。人間に挑発が効くとはな」
「やっぱりゲームとは違うって事なんだろうねえ」
井上のシステムでは人間相手に挑発、タウント系のスキルは効かない設定だったのだ。人間と獣とは違う。自制心や知能が高い人間は、簡単にそんなものに引っ掛からない。
特にいま相手しているような兵士なら尚更だろう。訓練された兵士なら、優先順位を間違えはしない筈だ。
なのに、どうも効いている。この世界の人間が単純なのか、それともゲームシステムから外れているのか。たぶん後者なのだろう。
先頭に立つドーリは大盾で攻撃をかわしている。二列目のユーリは、ドーリの盾を避けて回り込もうとしている相手に短槍を突き入れている。
ゴローは矢を放って、一射毎に確実に一人を倒していた。
エイティは後方で見ているだけだ。彼の場合は魔術攻撃となるので、必ずスキルポイントを使用しなければならない。他の三人とは違うのだ。
ドーリもユーリもゴローも武器スキルにより、スキルポイントを使わなくても通常攻撃が可能なのだ。
ゴローだけは矢数の制限があるが、それも前回の辺境伯領都で相当数を仕入れている。
エイティも剣スキルは持っている。だがそれは接近された時の為の、最小限のレベルでしかない。
彼が短剣を装備しているのは、それしか持てないからだ。彼の剣スキルのレベルでは、短剣以外では大きなマイナス修正を喰らうのだ。
ゴローがナイフを扱っているのとは違う。彼の場合は罠の解除や解体に料理など、スカウトとしてナイフを使っているだけだ。ゴローがその気になれば、長剣でも両手持ちの大剣でも自在に扱えるだろう。
こちらに向かってくる兵士達は、仲間が倒される度に増援を要請していた。だがそれにも限度がある。
彼等四人の方に向かってくる相手がいなくなった時には、目の前の道の上には二十数人の亡骸が横たわっていた。
気が付けば、七人の側だった者達が十メートル先くらいに移動して来ている。
どうやら、彼等四人のいる方向からの圧力が無くなったせいらしい。その向こうから押されるように近付いてきたのだ。
しかし人数が減って五人になっている。防御に徹する三人と、金属鎧を着た二人しか残っていない。
彼等四人が二十数人を倒しても、まだ十対五だ。
たぶん防御に徹している三人は、王子とそのお付きなのだろう。兵士と互角に戦う腕も無いのだ。
このままでは、たぶんその五人は負けるだろう。
彼等四人はそれをただ眺めている。わざわざ助ける気など無い。
自分達に害が及ばなければ、好きにすれば良い。生き残った方が彼等を襲おうとするなら、その時に全滅させれば良いだけだ。
初めに話し掛けてきた兵士の言葉からすると、たぶん正当性は王子の側にあるのだろう。見た者を殺すと言っていた。つまり見られては拙かったのだ。
だがそれはこの国の問題だ。彼等には関係が無い。
五人に減った王子の一行には、ドーリ並みの体格の者がいた。百八十センチを楽に越える身長と、がっしりした身体をしている。
その者は何度も背後に立つ四人の方を窺っていた。
彼等の前には二十数人の兵士が転がっている。だから彼等四人は味方かと思っていた。
だがその四人は動きもせずに、ただこちらを眺めているだけだ。手を出す気が無いのだ。味方などではないのだろう。
このままでは確実に自分達は終わる。
自分が死ぬのは覚悟している。だが「王子」だけは何としても、后の実家の侯爵の元に連れて行きたい。あの侯爵なら、必ず軍を起こしてくれる。
後々、王家復興の立役者として権力を振るうのかもしれない。だが今すぐに王国が滅びるよりは、はるかに救いがある。
後ろで自分達を眺めている男達四人は、二十数人の兵士を倒せる者達だ。彼等が手を貸してくれたなら、この窮地を乗り切れるだろう。
必死になって大声で呼びかけた。
「冒険者か。済まない。手を貸して貰えないか。報酬はいくらでも払う」
その声を聞いた四人は顔を見合わせた。
本来なら全員を始末する方が良い。生き残りが居なければ、誰がそれを行ったかなど知る者はいなくなる。
だが、たぶん一部の兵士は報告に走っている筈だ。王子を見つけたと。そして全滅した部隊を確認する。その森から出てきた四人の冒険者を、誰かが見かけるかもしれない。
下手をすると両陣営から刺客を送られるようになるだろう。
それにこの辺りの情報が一切分からない以上、見慣れぬ異邦人と言うだけで襲われる可能性もある。
どちらかに手を貸すならば、先に突っ掛かってきた方は無いだろう。既に二十人以上を倒しているのだから。
どうせ情報は必要だ。この場だけを助けるのでも良いだろう。
長く関わりそうな予感もするのだが。
四人はのろのろと、声を掛けてきた男に近付いていく。
その先で対峙していた十人ほどの兵士達は、近付いてくる彼等を警戒しているのか動きを止めている。
声を掛けてきた男のいる五人の方も、警戒は解かないままでじっとしていた。
五人の組の横に立った所で、ゴローが声を掛けた。
「このまま引いてくれないかな。こんな所で屍を晒したくないでしょ。僕等もこれ以上の殺戮は嫌だしね」
先のエイティの言い方では、挑発にしか聞こえない。
ゴローは柔らかく言い直しているつもりらしいが、言っている内容はエイティよりも酷い。お前等など軽く捻り潰せる、と宣言しているのと変わらない。
彼等四人に声を掛けた男は、苦笑のようなものを漏らしていた。
そしてその喋り方は聞いている相手にも誤解を与えていた。
この四人はそんなに強くないのではないかと。何らかの策を用いて二十人を倒したのではないかと。
そう、直接の鍔迫り合いとなれば倒せるのではないかと。
彼等の位置からは、全員が急所を一撃されて倒された事が分からなかった。たんに気絶させられただけ、と思っているのかもしれない。
屍だの殺戮だのわざわざ口に出すのも、ブラフやハッタリではないのか。
彼等四人が加わっても十人対九人だ。三人は攻撃してこないし、加わった四人の内の一人は防具を着けている様子も無い。
実際に戦闘に関わる者を考えると十人対五人。倍の人数で戦うのだ。
それに折角ここまで王子を追い詰めたのだ。踵を返す事など出来る筈が無い。
十人いる側の指揮官は、迷わずに攻撃の指令を出した。
そしてすぐに後悔する事になる。いや、後悔する時間が有ったのだろうか。
ゴローの忠告ならぬ挑発を聞いた、十人の兵士が突っ込んでくる。
声を掛けてきた男とその隣に立つ男は、既に疲労困憊のようだ。ここまで耐えてきたのだ。仕方ないのだろう
ドーリとユーリが駆け出した。ハンマーが振るわれ、短槍が突き出される。
まだ届く距離ではない筈だ。なのに数人の兵士が吹き飛ばされ、別の数人は蹲っている。
吹き飛ばされた者達は、どこかの骨が折れているのだろう。まともに起き上がれないようだ。
蹲っている者達は、血を吐いている。どう見ても内臓が傷付いている。
次の瞬間には、残りの立っている者達に矢が突き立っていた。攻撃指令を出した者は眉間を貫かれている。そしてそのまま倒れていった。
既に立っている兵士は一人も居ない。呻き声が聞こえるだけだ。
「……は?」
その声を出したのは彼等四人に声を掛けた男だった。
彼もこの四人は何かの策で、二十数人を気絶させたと思っていたのだ。
当然だ。相手は自分達と同じ兵士、職業軍人なのだ。その二十数人を実力で薙ぎ倒す冒険者など考えられない。いや今の十人を加えると三十人に及ぶ。
この四人に助けを求めたのは間違いではなかった。
いや、それは果たして本当に正しい選択だったのだろうか。




