145.ちょっと遅かったようだねえ
「冗談じゃねえぞ。そんなのに付き合ってたら年単位、いや数十年は掛かるんじゃねえのか」
「今までのように、ほんの数日で終わる事は無いかもしれないね」
「いや、あれだろう。王子を匿ってくれる王党派の貴族領までの護衛の冒険者。せいぜい、その程度の役割の筈だ」
「氏素性の知れない異邦人だしさあ。仲間なんて立場になる筈無いしねえ」
「いっそ残っている全員を吹き飛ばす方が良いと思うんだけど」
「ってか、考えりゃ無視すれば良いんじゃねえか。このまま戻ろうぜ」
まるで必死に否定しているようにしか見えない。
下手に関わると、十年単位を付き合わなければならなくなる。
この身体が老いるのかは分からない。それでも、そんな長期間を異世界で過ごす気など彼等は持っていない。
陣営を問わずに、その場にいる全員を消し去る提案をする者さえいる。それほど関わりたくないらしい。
最後にドーリが一番簡単な解決案を述べた。そう、無視すれば良いのだ。
王子殺しなど彼等は気にしないだろう。だが後々の事を考えると、その汚名は邪魔になる。関わらないのが一番なのだ。
「そうだな。愚王を倒したのかもしれないしな。もしそうならば王子を倒そうとしている側の方が、正義の可能性もある。事情の分からない俺達が、首を突っ込むのがそもそも間違いだろう」
「僕もそう思う。関わるのが一番愚策だと思うよ」
「ならさっさと戻ろうぜ。北西に向かっても道は続いてんだろ」
「……あー、ちょっと遅かったようだねえ」
ゴローが残念そうに呟いた。
他の三人も、集団の方に改めて目を向ける。多数の側の五人ほどの兵士が、こちらに駆け寄ってくるのが見えた。
どうやら、そこそこの感知が出来る者がいたらしい。もしかしたら、探知魔法が使える魔法士がいたのかもしれない。
駆け寄ってきた五人の男は、彼等から三メートルほど離れた所で立ち止まる。
揃いの革鎧で、持っている盾も揃いのようだ。剣や槍をかざして臨戦態勢を取っている。
その中の一人が口を開いた。
「貴様等は奴等の仲間か」
「ただの旅人さ。厄介事が起きてそうなんで、引き返そうとしてたところだ」
エイティが前に立って答えていた。
やはり彼はずっと後ろに控えているのが辛かったのだ。喋れないから仕方が無かったとは言え、他の者を前面に、危険に晒すのは耐え難かったのだろう。
言葉の通じる今回は、自分が矢面に立つ気のようだ。
振り返ると、ゴローが少し不満げな顔をしているようにも見える。だが、たぶん気のせいだろう。
四人に声を掛けた兵士は、彼等の姿を見て増援では無いと判断していた。
プレートアーマーを着た男が一人に、革鎧を着た男が二人。返事を返した男はローブを纏っているだけだ。
鎧を着た三人はこの辺りに住んでいる者のようにも思える。だがそのローブの男は、被ったフードから黒髪が見えている。その瞳も黒い。
はるか西の方に似たような風体の民族がいた筈だ。
それに彼等は北の方から来たようだ。その方角から増援が来る訳が無い。
本当に旅の者かもしれない。だが放って置く訳には行かない。
「この場を見られたからには、生かしておく訳にはいかない。済まないが、死んで貰おうか」
その言葉にエイティは肩を竦める。こうなるような気がしていたのだろう。
後ろの三人は笑ってすらいるようだ。馬鹿にしたような会話が聞こえてくる。
「本当にあんな事言う人がいるんだ」
「お約束の台詞って、いざ聞くとなると笑えるよねえ」
「ある意味感動だよな、あの言い回し。今後のロールプレイの参考にしてえな」
彼等四人は、目の前で剣や槍をかざしている五人の兵士らしい者達を警戒もしていない。まるで役者でも見ているかのようだ。
背負った盾や武器を構えようともしていない。
彼等に声を掛けた兵士は、少し訝しげに彼等を見ている。
こいつ等は恐怖に気が狂ったのだろうか。なぜこの状況で笑い声を上げられる。抵抗する素振りすら見せていない。
一緒に来ている四人の兵士の中には、彼等の態度に激昂している者もいた。
「本当に関わる気はないのだがな。そのまま回れ右して行ってくれるなら、見逃してやっても良いんだが」
エイティが改めて声を掛けてきた兵士に告げた。
彼に挑発するつもりは無い。本心からの言葉だ。
だがそれを聞いた五人の兵士には、逆効果だったのだろう。声を掛けてきた兵士以外の四人が、剣や槍を突き出してきた。
声を掛けた兵士は一歩出遅れた。いや、一緒にいた他の四人の兵士が怒りまくっていた為だろうか。だがそのお陰で助かっていた。
一足早く進んだその四人の兵士が、崩れ落ちていくのが目に写った。
一人は頭部が破裂したように無くなっている。一人は頭の前後から矢が生えているようだ。一人は革鎧を突き破るように心臓の辺りに大穴が開いている。
最後の一人も心臓の辺りに穴が開いているようだ。なぜか肉が焼けるような、革が焦げるような匂いが漂っている。
彼は殺そうとしていた冒険者らしき旅人達の方に向き直った。
今まで武具を手にする様子の無かった彼等が、今は各々武器を構えていた。ローブの男だけは右手の人差し指を伸ばしているだけだが。
そのローブの男が、自分を指差しながら言った。
「俺達に関わる気は無い。お前等も関わろうとするな。そのまま去れ」
出遅れた男は気付いた。この四人が一瞬の間に兵士達を倒したのだろうと。
あのハンマーで頭を爆散させて、あの弓で頭を貫き、あの短槍で革鎧ごと心臓を撃ち抜いた。
最後の一人は分からない。いや理解したくはない。魔法で撃ち抜かれた可能性が高い事など。
ローブの男が言ったように、すぐにこの場を逃げ出したい。だが彼等に向こうでの罵り合いを聞かれた恐れがある。王子が生きている事をだ。
ようやく逃げた王子達を追い詰めたのだ。
王都では既に王家の一族は全員処刑済みと発表されているだろう。
なのに逃げ延びた王子の存在が知られたらどうなる。他の王族が逃げ延びた可能性も噂されるかもしれない。
王室派の連中も、逃げ延びた王族がいると考えたら反旗を翻すだろう。
王子一行と共に、この四人の旅人の口も塞がなければならないのだ。
男は大声を上げた。
「援軍だ。奴等の援軍がこっちにもいる。始末す……」
その男は声が途切れると共に、身体が倒れるのに気付く。違う。落ちているのは自分の首だけだ。何かが焼ける匂いがしたような気がした。だがすぐに意識が失われていく。
エイティは横に薙いだ自分の右手を降ろした。同時に首から上が焼き切れた何かが倒れる音がした。
男の最後の叫びが聞こえたのだろう。十人ほどの兵士がこちらに向かってくるのを、彼等四人は目にする。
その兵士達は倒れている五人を見て、状況を察したのだろう。何も言わずに突っ込んできた。
彼等四人はそれまでに隊列を整えている。エイティとゴローは数歩下り、ドーリは一歩進んで盾を構える。ユーリは動かずに二列目として対応するようだ。
馬車一台分の幅しかない道だ。四人も並べば一杯になるだろう。
襲いかかろうとする兵士達の幾人かは、道を外れて森から回り込もうとしているようだ。後方にいる防具を着けていないローブ姿のエイティを、人質にでもする気なのかもしれない。
そこにドーリが大声で声を上げた。
さすがに兵士だ。大声くらいで慄きはしない。だが回り込もうとしていた者達は、ドーリの方に向き直った。
なぜかあの大盾持ちが気になって仕方がないという風に。




