144.放置で良いと思うよ
彼等は森に入る手前で一度立ち止まり、装備等を確認している。
時刻もそろそろ午後三時過ぎになろうとしている頃か。たぶん、この森の中で野営を取ることになる筈だ。
エルイのような商人に会う事になるのか、クーディ達のような冒険者を助ける事になるのか。どちらにしろ、対処できるように準備はしておくべきだろう。
一通りのチェックを終えた彼等は森の中に入っていく。
三十分ほど森の中を進むが、特に変わった様子は見受けられない。
どうやら出現した森と変わらないようだ。同じような植生の硬葉樹林らしい。
小川は変わらずに静かに流れている。道の幅も森の外と変わらないままだ。
普通に通行されている道のようだ。ならば危険な魔獣などが現れたりはしないのだろう。普通の獣はいるのかもしれないが。
どこからか鳥の鳴き声も聞こえる。長閑なものだ。
さらに進み続けると、急にゴローが三人を止める。何かを察知したようだ。
森の中である事を考えると、百数十メートルくらいは先なのだろう。
道は綺麗に舗装されていたりしない。曲がりくねっている訳でもないが、百メートルも先になると森の木々に阻まれて見通す事は出来ない。
「はっきり分からないけど、この感覚だと獣じゃないなあ。結構な数の人間のような気がするんだけどねえ。んー、危険度はノアルマの護衛達程度かなあ」
「分かった。俺が探知を行う」
エイティはそう言って、ゴローが指す方向を睨んだ。
少し時間を掛けている。十数秒後に探知結果を他の三人に話し出す。
「三十六人ってところだな。馬なんかの動物はいないな。武器は剣や槍、そして弓か。今までと変わらないようだ。防具も数人は金属鎧を着ているが、ほとんどは革鎧だろう。なぜか、めまぐるしく位置が変わっている。おっと、反応が一つ消えたようだな」
「あー、ったく戦闘中かよ。さすがに、どのパターンか分かんねえよな」
「盗賊団が商人を襲っているのかなあ。でも馬がいないんだっけ。なら逆に兵隊か冒険者が、盗賊退治をしているのかもねえ」
「両方が軍人の可能性もあると思うよ。人数的に考えると遭遇戦かな。隠れ潜んでた小隊を、斥候が見つけたとかのね」
エイティはいつもの熱源および金属の探知を行っていたようだ。時間をかけたのは、その集団の動きも確認するためだったのだろう。
探知結果を聞いた三人が、状況を想像している。
魔獣や獣の反応が無いのに、反応が消えている。ならばドーリの言うように戦闘中なのだろう。それも人間同士での。
それが盗賊関係なのか、軍関係なのかは分からない。
彼等四人は盗賊退治をした事もあるし、傭兵ではあったが兵隊を相手に戦った経験だって持っている。
だが、そんな状況を外から観察した事は無いのだ。彼等には、それがどちらかを判断するのは難しいのだろう。
「とりあえず、もう少し近付く方が良いだろう。馬は既に事切れている可能性もある。ぎりぎり見えるところまで隠れて進むべきだな」
「商人っぽかったら助けりゃ、謝礼の代わりに情報収集出来るんじゃねえか」
「それ以外なら、放置で良いと思うよ。戻って森を出て野宿かな」
「盗賊退治も、軍の衝突も僕等には関係ないしねえ」
彼等は商人が絡まなければ、関与しないつもりだった。
そして商人を助けるのも謝礼目当てであり、弱者を救うなんて気持ちは全く持ち合わせてはいない。
盗賊討伐や兵隊同士の抗争などの場合は、関わるだけ無駄だろう。下手をすれば、どちらかの増援と思われるかもしれない。
たぶん、その四十人近くを彼等は潰せるのだろう。
ノアルマの護衛達は、魔の森に近い辺境伯領で職業軍人の立場の者だ。それでも一個分隊だと、二百の傭兵には敵わない。その二百を難なく倒せる彼等だ。
感知した相手が、その程度なら問題ない。ただ彼等に関わる気が無いだけだ。
ゴローが先頭を進み、少し離れて三人がその後を続いていく。
スカウト担当のゴローは、気配遮断系のスキルを持っている。隠れての先行偵察を行う為にだ。この状況においては最適だろう。
逆にタンク役のドーリと、サブタンクを務めるユーリはその手のスキルは取得していない。彼等は目立つ事で相手の注目を惹いて、攻撃を自分に向かわせるのが重要なのだから。
エイティの場合は魔術関連のスキルを上げるのに力を注ぎ過ぎて、単にその手のスキルを取る余裕が無かっただけのようだが。
五、六十メートル道を進んだところで、ゴローが立ち止まった。
そして他の三人を呼び寄せる。ぎりぎり集団が見えるところのようだ。
彼等四人はその辺りの木の陰から様子を窺う。
エイティが他の三人にハンドサインを送っている。どうやらここに来るまでの間に、三十三人になっているらしい。
どうやら七人対二十六人のようだ。だが七人側の内の三人は、固まって防御に専念しているようだ。真ん中の一人を守っているらしい。
七人側で前面に立っている数人が金属鎧を着ている。エイティが言っていた数人の金属鎧の者は同じグループだったようだ。
他の全員は同じ形態の装備のように見えた。持っている盾の形状や意匠が同じなのだ。
どちら側も同じ装備という事は、別の国との争いではなく内輪揉めなのかもしれない。それも同じ国内と言うだけでなく、同じ領内での争いの可能性もある。
何か大声で罵り合っているらしい。微かに言語らしい声が聞こえてくる。
優秀な身体に変わった彼等の耳には、十分届いているようだ。
「おっ、今回は僕が主役なのかもねえ」
「……俺にも聞き取れるみてえだが」
「……すまない。俺にも分かるようだ」
「……ごめん。僕も分かるんだけど」
嬉しげに呟いたゴローに、他の三人が申し訳無さげに告げた。
どうやら四人全員が分かる言葉だったようだ。
一瞬表情をなくしたゴローだったが、それでも持ち直して話を続けた。
「あー。……皆分かるんだ。四人全員が分かる言葉って事は、井上設定の最多頻出言語なのかねえ」
「たぶんそうだろうな。言い回しが分かり辛い所もあるようだ。設定した出身地の言語でも日本語でも無いな」
「地中海気候だからって訳じゃないと思うけど、ラテン語って感じなのかもしれないね」
「今回は誰かが代表して喋らずに済むだけ、相当マシじゃねえのか」
やはり彼等は、四人の内の一人しか意思疎通が出来なかった事に不便を感じていたのだ。
その喋れる一人が訳してくれるまでは、会話内容が全く分からない。だから口出しする事も出来ない。
ほとんどが全部決まってからの事後報告になっていたのだ。
「それで、あの会話内容なんだけどさあ……」
「俺の勘違いじゃねえなら、王子って言葉が聞こえた気がするんだがよ」
「残念ながら聞き違いじゃないだろう。俺にも王子と聞こえたからな」
「クーデターの真っ最中かな。とんでもない所に飛ばされたみたいだね」
「ったく、今度はロストロイヤルかよ。洒落になんねえな」
「ロストロイヤル……貴種流離譚かあ。亡国の王子と共に流浪しながら、再興を目指すんだよねえ。TRPGのシナリオなら有りなんだけどさあ」
「初めは少ない仲間から、途中で有力な領主を加えていく事になるのかな」
「……最初は強大な戦士、凄腕の盗賊、未来を予感した賢者、それと魔法使いが仲間ってところか」
エイティは、戦士の時にドーリを、盗賊の時にゴローを、賢者の時にユーリを眺めながら言った。そして付け足しのように魔法使いを加える。
それを聞いた三人は、げんなりとした顔を見合わせた。




