141.状況は何も……
うつ伏せに横たわっていたエイティが立ち上がった。
ペッと砂を吐き出して、口元を拭う。声を出す気も無いようだ。
そして辺りを見回す。
砂の上に男が三人転がっているのが見えた。
広がったマントの上でプレートアーマーを着て仰向けに横たわるドーリ。似たような革鎧を着て、二人ともに仰向けに倒れているユーリとゴロー。
その周りには彼等の武具が転がっている。大盾とハンマー、ラウンドシールドと短槍、そして弓だ。三人分のずだ袋や背嚢も見える。
自分の足元を見ると、短剣と背嚢とずだ袋が転がっていた。
倒れている彼等の先には緑が見える。振り返ると反対側は水面だ。嗅ぎ慣れた潮の香りがしていた。
見上げると雲ひとつ無い青空が広がっている。
既に見慣れたと言っても良い砂浜だ。足跡も引き摺ったような跡も無いのに、百メートル近い幅の砂浜の中央に立っている。
すぐに三人も目を覚ますのだろう。
エイティはそのまま腰を下ろした。そして座ったまま、力一杯に砂浜を殴りつける。それから溜息を吐いた。
その音で目を覚ましたのだろうか。目の前の三人が気付いたようだ。
三人共に無言のままで身を起こす。そのまま周囲を見渡している。そして揃って溜息を吐いていた。
誰も何も言う気が無いのだろう。しばらく無言のままの状態が続く。
「状況は何も……白々しいな。『また』のようだ」
エイティが呟くように言った。他の三人は無言のままだった。
そしていきなりドーリが背を倒して、寝転んだ状態で呟く。
「またここかよ。さすがに三度目ともなると夢にまで見そうだぜ」
「夢の中ですら砂の上を歩きまわるのか」
「蠢くように最期を待ちたくはないねえ」
「声も出せるし音も聞こえるし、瞳消えた人も居ないし一人で迷ってもいない。大丈夫だと思うよ」
「お前等な……」
背を起こしたドーリが呆れたような声を上げる。
彼等は馬鹿な事を言う事で、落ち着きを取り戻そうとしているかのようだ。
そして全員で大きな溜息を吐いた。
それで気分を切り替えたのだろう。それから行動を起こし始める。
ゴローは砂浜に矢を突き立てている。ユーリは森の方をじっと見ているようだ。エイティとドーリは辺りを見渡している。
「馬や馬車は見当たらねえようだな」
「そうだな。俺達の所有物になっていた筈なのだが」
「積んでいた荷物は領兵達の物の方が多かったからねえ」
「護衛達にはあの先も馬車は必要だしね。結果的には良かったと思うよ」
「けどよ。なら荷物の引継ぎはねえってことか」
「いや。馬車に積んでいた筈の俺達のずだ袋が転がっている。何故だ」
「とりあえず、ずだ袋や背嚢の中身を確認をしてみるしかないねえ」
そう言うとゴローは自分のずだ袋や背嚢を覗き込む。他の三人もそれに続く。
同じようなずだ袋と背嚢にも関わらず、どれが自分の物か分かるようだ。
「購入した矢が残ってるねえ」
「果物や野菜も入ってるみてえだ」
「つまり元からの持ち物の中に入れた物は、そのまま残ると思って良いのかな」
「そのようだな。俺のずだ袋にも果物が入っていたしな」
背嚢やずだ袋に入っている物しか、持越しが出来ないらしい事が判明した。
また同じ事が起こるかもしれない。いや、その可能性は高い。ならば大きな物を購入する事は避けた方が良いのだろう。
結局は馬も馬車も、四日程度しか使えなかったのだ。それも護衛の荷車として、領兵達の荷物を運んだだけだ。
さすがにあの時点で飛ばされるとは考えていない。だが何があっても良いように、彼等は物資をある程度は分散させて所持していた。
さすがに生肉をずだ袋に入れるような事はしていないが。
「なら次はスキルの確認かねえ」
「まず、僕が武術系スキルの確認をするよ。遠当てで良いよね」
「エイティ、てめえは魔術スキル以外を使用すんじゃねえぞ。今度勝手に自分を傷付けるような真似したら、ぶん殴るからな」
「……分かった。勝手な事はしない」
エイティは肩を竦めて肯いていた。
他の者に自傷するような真似をさせたくはない。だが自分がそれをする事で、三人に心配を掛けるのも本意ではない。
事前にきちんと話して、だがそれでも自分が行うべきだとも考えている。
ユーリが砂上に転がったままの、ラウンドシールドと短槍を拾い上げる。
そして他の三人に背を向けて、短槍を繰り出した。
十メートルくらい先で砂が巻き上がっていた。穿たれた穴は砂により、すぐに塞がれたようだ。
ユーリが他の三人の方に振り返る。
「武術系スキルは使えるようだね」
「ならば次は魔術と治癒の確認だな」
エイティが剣を拾い上げて、装備しながら三人に告げる。
ドーリとゴローも自分達の武器を拾って、背負っている。
「いつもの弱い熱線を放つ。それで俺の左手を撃ち抜く。魔術スキルが使えなければ何も起こらない。撃てたならば治癒魔術も発動する筈だ。ユーリ頼む」
エイティは事前に自分がやろうとする事を説明する。
そして左手を海の方に向かって伸ばした。防具を装備する事の出来ないエイティは素手のままだ。
すぐに魔術が発動して、その左手を熱線が貫通していく。
三人とは、ほぼ真反対の方向だ。貫通した後の熱線は、二十メートルも掛からずに減衰していくだろう。
行う事の説明はしても、了解を取る気など無かったようだ。
他の三人は諦めたような顔をしていた。
結局エイティはこういう男なのだ。身を切るような行為は、まず最初に自分が行う。今更何を言っても無駄なのだろう。
ユーリはすぐに小声で「ヒール」と唱える。エイティの伸ばした左手に開いた穴は、何も無かったかのように塞がっていった。
エイティは治った左手を伸ばしたままで、握ったり開いたりを繰り返す。
「ふむ。魔術も治癒も使えるな。こうなると世界とは関係なく、俺達が持つ力と考える方が良いのだろう」
冷静に語るエイティに、他の三人は呆れてもいるようだ。
事前にやる事を言っただけでも、前回よりマシだと思うしかあるまい。
「次に考えるべきは今が『いつ』になっているかだろう。どうせ今までと同じ世界だろうしな」
「それなんだけどさあ……」
「うん。それがね……」
エイティの話した事に、ゴローとユーリが同時に声を上げる。
二人は同時に顔を見合わせた。そしてゴローから話し始める。
「矢の影の動きから見て、午前中なのは間違いないねえ。北半球だろう事もねえ。季節は分からないけどさあ。ただ森の方角が東なんだよねえ」
「もっと近付かないと断言できないけど、今までの魔の森の植生とは違ってるように思えるんだけど」
二人の発言にエイティとドーリは驚いている。
この世界は今までと違う世界なのかもしれない。同じ世界であったとしても、全く異なる場所に飛ばされたのかもしれない。
今まで彼等が現れたのは二回とも魔の森と呼ばれる森であった。その方角も北西、南西の違いはあれど西の方を向いていた。
前回は、初回で訪れた国から二つ隣にある国だった。出会った冒険者のクーディ達は、最初に訪れた国の名を知っていたのだ。
だが今回は全く異なるようなのだ。
「……天丼は二回まで、と言われてはいるがよ」
「奴に現代日本の文化が分かると思えないのだがな」
エイティとドーリは、少し外れた感想を言い合っている。
さすがにこの状況は想定していなかったようだ。
先の二回は共に、そのまま西に向かうと海に出るらしい。
そして共に西岸海洋性気候だった事から、地球で考えるとデンマークとオランダに出たような感じだったのだろう。
魔の森の正確な大きさは分からない。ただ相当の広さであるとは推測できる。
砂浜の先に見えるのが魔の森だったなら、地球で言うところのロシア辺りに出ていたのだろう。
だが魔の森で無いのなら、別の異世界かもしれない。
仮に同じ世界であっても、別の大陸の可能性もある。




