135.俺等はもう駄目かもしれねえな
そこまで考えたユーリだが、本職の意見を聞いた方が良いかと考えた。
ドルーチがどう見積もっているのかを知りたい。
「ドルーチさん、貴方は襲撃がどのように行われると考えていますか」
「たぶん君達の事を知らない。せいぜい荷馬車牽きの冒険者と思っている筈だ」
「先遣隊の連中もそう信じていたようですね」
「ならば領兵が精鋭だと考えるだろう。対抗するには数で押すしかあるまい。一個小隊を本陣に残して、百五、六十人を四つか五つに別けての包囲と言ったところか。それらを街道から二千ルオくらい離れた場所に隠しておく」
「二千ルオ……矢が届くぎりぎりと言う所ですか」
「ああ、そうだ。一個分隊と冒険者を合わせても十五人だ、五方向から襲えば各三人ずつで対処しなければならない。防げないのは明白だ」
百五十対十五、単純にすれば十対一だ、だが人数比で済むほど簡単ではない。
一万対一千でも割合は十対一だが、一万が纏めて戦うのは不可能に近い。必ず遊兵が出来てしまう。最前線では拮抗する可能性すらある。
遊兵を作らないためには、人数を分散させる方が良いのだ。百五十対十五ではなく、三十対三を五つ作る方が襲撃側には都合が良いのだ。
「他に注意するべき点はあるかな」
「逃がさないように街道を封鎖するってくらいじゃないですかね」
ドルーチの問い掛けに、近くにいた副長が答えていた。
さすがに副長も、そろそろ危ないと感じていたのだろう。護衛達から離れて、ユーリ達の方に来ていたようだ。
ドルーチと副官の返答を聞いたユーリは、他の三人に翻訳する。
「俺等がいなけりゃ有効じゃねえかな」
「先遣隊の奴も言っていたな。分散して襲う手筈だと」
「確かに手堅いんだろうけどねえ。『僕等がいなければ』だけどさあ」
「本当に僕達って規格外の化け物だと思うよ」
「傭兵団の連中が俺達の、いや魔術師やスキル持ちの存在を知っているとは考え辛いな」
「仮に内部通報者がいても、せいぜいラゴギョノテを倒せる冒険者としか知らないだろうしねえ」
「ラゴギョノテも人数揃えれば、領兵が倒せるんだしね。少し腕の立つ冒険者程度の認識だと思うよ」
「あの先遣隊の様子からも、俺等の力は知らなかったみてえだったしな」
彼等が居る限り、百メートル程度離れた場所での伏兵は意味が無い。潜伏場所は探知され、そこから動く前に壊滅される可能性が高い。
彼等の存在を知っているなら、他の手段を取るべきなのだ。
ドルーチは自分が傭兵団の者なら、彼等相手にどうするかを考える。
彼等四人を相手にするなら、混戦状態にする事しか思い付かない。障害物の多い村に入ってから襲うのだ。
彼等四人は村人がどうなろうと気にしないかもしれない。だが他の護衛達はどうだろうか。
もちろんノアルマを護るのが最優先だと分かっている。だが村人が無為に倒される事に目を瞑れるだろうか。
ノアルマも自分の命の方が重いのは分かっているだろう。それでも領民が巻き込まれる事に耐えられるのか。
ユーリ達にとっては、護る対象が増える事が問題になるに違いない。彼等は四人しか居ないのだから。
ただそれでも、彼等四人を倒すのは不可能だと感じていた。
ドルーチは三男とは言えども貴族子弟だ。家を継ぐことは無いので領兵の道を選んだが、一般兵ではなく士官としての教育を受けたのだ。
その教育で盤上演習を行った事もある。無論それが無意味だとは思っていない。だが実際に領兵となり、様々な任務を行って分かったのだ。
盤上演習では人間を駒扱いしている。人数でしか考えない。だが実際に戦う兵は駒などではないのだ。
村に押し入った場合、村人も戦える者は全力で応戦する筈だ。部屋の隅でガタガタ震えて蹲っているような者はいまい。
負けた場合は生き残った村人は、たぶん奴隷になる。何もしないのは、それでも生きている方がマシと考える者くらいだろう。
勝った場合はどうなるか。村八分だ。村の為に何もしなかった者を、仲間だと考える村人はいない。しかも領主の令嬢を見捨てたのと同じなのだ。領からの追放で済めば御の字だろう。
逆に傭兵団の者達は、そんな死に物狂いの相手に対峙するのは嫌がる筈だ。
戦場での討ち死にならともかく、村を襲っての返り討ちで死ぬなど不名誉極まりない。
それに狭い村が戦場になると、数の優位が意味を持たなくなる。壁や隅を背にされたら、掛かれるのはせいぜい一人か二人になるのだ。
無論火矢を放つなどするだろう。だが混乱させる程度しか撃てないはずだ。
村を全滅させるのが目標ではない。令嬢誘拐が目的である以上、生死が分からなくなるような攻撃は出来ないのだ。
図上演習は演習でしかないのだ。正規軍同士で戦略級や戦術級では役に立つだろう。だが傭兵隊村人のような場合には、容易くひっくり返ったりするのだ。前提条件が違いすぎるのだ。
「ならば俺達の手順はこうなるか。まずゴローの察知ぎりぎりまで進む。そこで俺が広範囲の探知を行い伏兵の位置をすべて暴く」
「で、エイティの魔術が届く距離に着いたら麻痺って事になるよねえ。そこに僕のアローシャワーかなあ」
「俺等は残敵掃討って事になんのか」
「本陣の連中はどうすれば良いと思う?」
「さすがにキロの単位まで離れてはいないだろう。なら俺の探知に引っかかると思うが。ゴローの遠射、スナイプで仕留められないか」
「んー。アローシャワーを四、五回使うと、SPきついかなあ。遠射は範囲が組めないし、遠射でかつ連射って事になるからねえ」
「エイティの魔術で足止めは……範囲を組むと二百五十が限度だったか。なら無理っぽいな。ゴローに任せるしかねえな」
「麻痺させた相手は、ドーリと僕でやるしかないと思うよ」
やはり人数差はどうしても問題になるのだ。
しかもそれが分散されていると辛い。スキルポイントにも限界はある。
エイティは潜んでいる者達、百六十人を麻痺させなくてはならない。さらに探知魔法をも使うのだ。
ゴローは五百メートルは離れているだろう相手を四、五十人射抜かなければならない。たぶん馬もいるだろう。足を潰す必要もあるのだ。
「やはり十倍以上もいると、スキルポイントの遣り繰りが辛いな」
「負ける事は無いんだろうけどねえ」
「相手の首領を無視出来るのなら、楽になると思うけどね」
「根本的な解決を求められてるかも知れねえんだろ。証言出来る奴が必要なんじゃねえのか」
「そうなんだよねえ。なら僕は本陣の狙撃に専念するから、伏兵の始末は全部任せるねえ」
「潜んでいる奴等は尋問する必要も無い。全員始末だな。場合によっては本陣の連中を癒す必要もあるだろう。ユーリはなるべくSPを温存してくれ」
「了解。残すのは幹部級の数人くらいでしょ。ならば問題ないと思うよ」
「二百人の虐殺かよ……俺等はもう駄目かもしれねえな」
戻っても五百人規模の村、この先の今夜泊まる村は更に小さい百数十人の人口しかいないのだ。捕虜にした所で扱える訳が無い。先の先遣隊と同じなのだ。
相手は自分達を襲おうとしている。それを返り討つのは当然の行為だ。それが先制攻撃になってもだ。
領主令嬢の一行の前に立ち塞がるだけで、処されても仕方がないのだ。
そのうえ害する意志を持っているなら、何をされても文句は言えないだろう。
護衛達は動かせない。彼等にはノアルマを護ってもらう必要がある。
彼等は四人だけで、それを為そうとしているのだ。現代地球、現代日本の常識を持っているはずの彼等が。
「人を一人殺せば人殺しであるが、数千人殺せば英雄である」とは誰の言葉だっただろうか。




