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134.割を食うのは下っ端なんだよねえ

 食後にお茶を頼むのも、今までと変わらない。

 ある程度の時間は費やさなければならない。人の休憩も必要だが、馬の休息の為にもだ。

 特にドルーチの乗る馬は軽種馬だ。速度に特化した軽種馬は、彼等四人の馬車を牽く重種馬に比べてスタミナに乏しい。一刻毎の休憩以外にも、十分な休息時間を取るのが必須なのだ。


「さて、ここからが正念場になるのだろうな」

「やっぱり今日だと思う?」

「先遣隊が全く連絡を寄越さずに、一日経ったら警戒すんじゃねえか」

「だからこそ隣の領兵と接触しそうな明日は避けるだろうねえ」

「手を引くってのは無いのかな」

「傭兵団なら信用問題もあるだろう。言っては何だが、僅か三十人程度の損害で逃げたりしたら、その後は盗賊団に鞍替えするしかないだろうさ」

「ばら撒いてる盗賊もどきも含めりゃ、総数四、五百はいるだろうしねえ」

「一割にも満たない損害で逃げる事は出来ねえか」

「戦国時代ですら一割の損失で半壊、三割も減れば全滅だと思うんだけど」

「価値観の違いだろう。それに相手は徴発された農民じゃないしな」


 彼等四人はお茶を飲みながら、昼刻以降の相談を始める。

 徴発した農兵なら、それが減るのは国力低下に繋がる。だが相手は傭兵団、戦闘を専門とする者達だ。

 半減もすれば傭兵団の存続に関わるかもしれない。だが一割程度なら、まだまだ損害許容範囲内だろう。


「最悪の場合は今夜泊まる村でってこともあるかもねえ」

「確か小さな村だったな」

「うん。前に昼休憩した村、人口百数十人程度の村と同規模だったと思う」

「なんでそんな小さな村に泊まる事になってんだよ」

「普通に考えれば領境は山や川、渓谷なんかで遮られている筈だ。もしくは人の生存に適さない荒野か。川なら渡し舟や漁をする為の港町があってもおかしくないが、それすら無いのなら水がない場所なのだろう」

「そんな場所に近いのなら、小さな村になるのも仕方ないのかもねえ」

「でも街道があるんでしょ。何とかしそうにも思うんだけど」

「あれだろ、初日に通った岩石砂漠みてえな。もしそうなら道は作れても村は無理じゃねえか」

「そんなところだろう。隣の領兵が迎えに来れるって事らしいしな」


 彼等はおおよその行程は聞いているが、詳細は知らないのだ。

 泊まる場所は聞いている。その村や街の規模もだ。だが村と村の間の地理までは聞いていない。

 彼等は護衛に過ぎない。いや名目上は同行者でしかない。いくら協力的と言えども、全てを明かされはしないのだ。


「まあ、でも村での襲撃は無いと思うよ。柵もあるだろうし、村人の半数が戦えるなら六十人の援軍がいるのと一緒だしさ」

「かもねえ。さすがに損害出さずに済まないだろうしねえ。村一つ潰すような真似したら、この先この国で傭兵団として雇って貰えないだろうしさあ」

「あ? ここの領主に知られてんだから一緒じゃねえのか」

「誘拐に成功したら、領主も触れ回りはしないだろうさ。いや、誘拐すら無かった事になるだろう。俺達は事故で死んだ事にでもされてな」

「いつの時代でもどんな場所でも、割を食うのは下っ端なんだよねえ」


 彼等は護るのに失敗した時の結末も見えている。何も無かった事にされる事も、彼等の死が隠蔽される事も。

 もっとも彼等は失敗するとは思ってもいない。

 先に言っていたように、市街戦で有象無象の人々を護るのでなければ負けはしないだろう。

 三百メートルの圏内に近付いた者を倒すだけだ。場合によっては無差別に。


 一刻と少し、二時間近くの休憩を終えてノアルマ達は食堂を後にする。

 回りに集まっていた村人達も離れていった。もう出立する事が分かったのだ。これ以上ここにいては、不敬であるのは明白だ。

 ノアルマとメイドが馬車に乗り込んでいく。執事は到着時に離していた馬を、馬車に繋いでいる。

 ゴローも同様に彼等の馬車から離していた馬に、ハミを噛ませて馬車に繋ぐ。馬の世話は完全に彼の仕事になっていた。

 ドルーチは副官を通じて、護衛達に警戒を呼びかけているようだ。彼も今からが本番だとの認識があるのだろう。

 実質ユーリ達が対処するとしても、討ち漏らしが出るかもしれない。彼等がノアルマから離れる可能性もあるのだ。護衛達も気合を入れ直している。


 そして村を出立する。

 隊列は変わらない。ドルーチが馬に跨り先頭を進む。両側を護衛達が固めるノアルマの馬車がその後に続く。

 ユーリ達はその後ろを着いていく。ゴローは御者台に乗らずに馬を牽き、馬車の両側をエイティとユーリが歩く。最後尾をドーリが進んでいる。

 ドルーチとドーリの間は十メートルは離れている筈だ。


 そのまま進んで、昼から後で最初の休憩を取る。村の畑を越えて、辺りは草原になっている。

 馬の水と飼葉を受け取りに来たドルーチに、ユーリは気になっていた事を問い掛けた。


「今まで誰とも擦れ違う事が無いのは何故でしょう」

「ああ。規制されてるんだ。気付かなかったのかも知れんが、今までも村の外れに商人や冒険者がテントを張ってた筈だ」

「我々が到着するまでは、村や街で足止めですか」

「彼等にしても、我々と街道で擦れ違うのは避けたいだろうさ」


 なるほど、そうかもしれない。

 少し調べればノアルマ一行が街道を通る事は分かる。それこそギルドや商業組合にでも確認を取れば分かる事なのだ。

 街道は広いとは言えども、互いに逆方向から来た馬車が擦れ違うのは大変だ。

 商人同士なら譲り合いもあるだろう。だが相手が領主関係者だと、商人側が譲るしかない。それこそ街道から離れないといけないのだ。

 それに下手をすれば疑われる事もある。臨検される可能性も高い。

 護衛が多ければ襲うためでないかと、少なくても密輸の類ではないかと。痛くもない腹を探られるのは堪ったものではないだろう。

 もちろん、それはこの辺境伯領に限っての事だ。他領では臨検する権利など無いのだから。


 それにノアルマの一行が通るのは多くても年に二回だ。今回のような夏季休暇か、場合によって年初めにとんぼ返りを覚悟しての里帰りかの。

 王都への往復に最低四旬、四十日は掛かるのだ。頻繁に行われる事ではない。

 一日や二日程度ならば、ノアルマ達が通り過ぎるのを待つ方が良いのだ。


 しばらく経って昼から二度目の休憩に入った。ここまで襲撃は無い。

 執事やドルーチが馬のための水や飼葉の干草を受け取りに来る。さすがに緊張しているようだ。襲ってくるならこれからだろう。


「この先にあの林のような場所はありますか」

「いや、一面の草原だ。せいぜい潅木が数本あるくらいだ。待ち伏せをするなら、伏せて草に隠れるしかないだろうな」


 膝丈の草原だ。伏せたとしても限度がある。隠れ切る事は出来ないだろう。

 どうやって襲撃するのだろうと、ユーリは疑問に思っていた。


 自分達なら、井上ならどうするだろう。

 まずは街道に障害物を設置して、速度を上げて進む事や逃げる事を阻止する。

 相手の人数が少ないのが分かっていれば飽和攻撃が一番だ。だがゲームなら犠牲を厭わずに出来るが、生きた人間にそれが可能だろうか。


 届く範囲ぎりぎりから、矢の雨を降り注ぐのが次善か。それならノアルマの乗る馬車の内部までは貫通しない筈だ。

 ゲームなら自分達はノアルマを馬車から出すだろう。そして馬車の上に立たせるのだ。

 少なくともそれで矢は防げる。襲撃者の目的は、生きたままの拉致だと分かっているのだ。矢を放ってこなくなる筈だ。

 だが現実でそんな真似は出来ない。出来る筈が無い。

 即死さえしなければ治癒できるとしてもだ。

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