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130.無駄にするのも惜しいからな

 その後は代官から、ジョン・ドゥの思い出話を聞いたりしていた。

 問題なさそうな事は、ユーリも答えている。

 どうやら代官も、いきなり消えたジョン・ドゥの事を気にしていたようだ。

 そして彼の行方は、やはり知らないらしい。

 四半刻程度の話を終えると、ドルーチを呼び戻す。


 ドルーチが戻ると、昼食が出された。

 既に彼等四人の分も用意するように、代官が告げていたのだろう。量こそ多くは無いが、代官やドルーチと同じ貴族用の食事である。

 軽くそれを摘まみながら、代官はドルーチに話し掛ける。


「どうやら、このままでも問題は無いようだな」

「それはどう言う意味でしょう」

「彼等が一緒なのだろう。心配は無用と言う事だ」


 代官の言葉に、ドルーチは唖然とする。

 この四人には、どんな秘密があると言うのだ。

 領主にギルド長に貴族街の衛兵隊長、そして代官。その全員が、彼等四人に全幅の信頼を置いているようだ。この領の重鎮と言っても差し支えない者達がだ。

 二十歳を少し過ぎたくらいにしか見えない異国人の四人を、なぜそんなに信頼出来るのだろう。


 だが、ドルーチは詮索する気は無い。彼には平民出身の妻も子も居る。

 どう考えても領の機密に関しそうな事だ。もう平民として過ごす気の彼には、知るのさえ手に余る事なのだろう。

 この代官は任務を終えたら、領主から話がされると言っていた。その話を聞くのを拒否できるのだろうか、などとドルーチは考えていた。


 ユーリ達は代官に、この館に泊まる事を懇願されたが断っていた。

 彼等四人にも、するべき事はある。この館のメイドや執事に、四六時中監視されるのも御免だ。

 なにより貴族の行い、あの晩餐のようなのはもう十分だ。

 やはり彼等は日本の一般庶民に過ぎないのだろう。


 そして旅装を解いたノアルマ達と共に、謁見場に向かった。

 謁見場には幾人かの貴族や、この街を居とする商人達が揃っている。

 ノアルマが挨拶を終えると、代官がドルーチとユーリ達を紹介した。

 いかにも異国人といった風貌のエイティに、興味深げな商人もいる。だが領主直々に依頼したノアルマの護衛だ、との代官の言葉に接触は諦めたようだ。

 一部の者が溜息を吐いたり、肩を落としている様子が見て取れた。

 紹介が終わると、ユーリ達四人はすぐに謁見場を去っていく。ノアルマもドルーチも、当然残ったままだ。

 四人はそのままメイドに案内されて、館からも出ていった。


 門の外に出ると、副官の男が門衛と話している。クーディ達同様に社交性が高いようだ。元冒険者だからだろうか。

 彼等四人を待ってくれていたのだろう。門から出てきた彼等に気付くと、駆け寄ってくる。


「結構時間が掛かっていたようだが、もう良いのか」

「俺達はたんに顔見せしただけだしな」

「ああ、その必要があったのか」


 副官の男も、宿の襲撃の事を知っている。領都でも事前に紹介されていれば、あんな事は起こらなかったのかもしれない。

 もっとも、あの褒章の謁見前に公表するなど出来る訳が無いのだが。


 彼等四人は副官に連れられて、観光がてら街の中を歩いていく。

 領都ほどでは無いが、この街も十分広い。昨日に泊まった村や明日泊まる予定の村も、この街の管轄下にあるのだ。


「それでギルドと商業組合を案内すれば良いのか」

「そうだな。わざわざ用意して貰った紹介状だ。無駄にするのも惜しいからな」


 副官の問いに、ユーリは軽く答える。

 ジョン・ドゥが王都に向かったのなら、この街を経由した筈だ。

 さすがにあの領主のいる辺境伯領内に、痕跡を残しているとは思えない。もし残っていれば、あの領主なら王都に向かったと察したに違いない。

 だが街に住む一般の民は、わざわざそんな報告を上に告げたりしないだろう。

 ジョン・ドゥ以外の異界人、特殊魔法の情報もあるかもしれない。可能性は限りなくゼロに近いのだろうが。


 まずはギルドに向かう事になった。

 副官も元冒険者だ。そちらの方が融通が利くのだろう。

 ギルドの建屋に入る。領都の物より規模が小さいようだ。受付の数も少ない。

 受付への話は副官に任せて、ユーリ達は辺りを見回した。


 さすがに昼過ぎだ。冒険者らしき者はほとんど居ない。朝に依頼を受けて、晩に報告するのが基本なのだ。

 現在ここに居るのは、複数日に跨る依頼を終えた連中なのだ。もしくは昼から張り出される依頼を待っている者だろうか。


 そしてどう見ても若者、いや十五歳にも満たない者が多い。

 魔の森から離れているため、危険が少ないのだろう。それでいて大きな村なども近い。農作業や配達程度の仕事が多いに違いない。若年登録者向けの依頼が多いのだ。

 年配の冒険者は遠方への護衛や、狩りや採取などを行うのだろう。

 だがそうなると、情報収集は無理かなとユーリ達は思っていた。

 彼等が二十年前の事を知っているとは思えない。魔法の知識も無いだろう。

 副官が彼等の元に寄ってくる。この街のギルド長に会えるそうだ。


 受付の者に案内されて、二階に上がっていく、副官も一緒にだ。やはり彼等四人の監視も兼ねているのだろう。

 ギルド長の執務室には、まだ若い男が一人で立っていた。副官と変わらないくらいの年齢、三十半ばにしか見えない。

 その男は先頭に立つユーリに手を差し出して、話し掛ける。


「はじめまして。この街のギルド支部長を承っております。どのようなご用件でしょう」


 若造の冒険者にしか見えないユーリに、丁寧な対応をしている。

 もっとも領都のギルド長の紹介状を持ってきた者に対して、無礼を働きはしないだろうが。

 ユーリも握手しながら答える。


「はじめまして。縁あって領主殿やギルド長とも懇意にさせて貰っています。幾つかお聞きしたい事がありまして」


 ユーリの言葉は半ば脅しでもある。

 領主様ではなく、領主殿と呼んでいる。ギルド長に至っては敬称すら付けていない。彼等と同格だと言っているのと同じだ。

 嘘や誤魔化しはするなよ、と釘を刺しているのだ。


 この街のギルド長は鼻白んだようだ。副官も呆れたような顔をしている。

 やはり彼等の態度は変わらないのだ。NPCでないのは承知の上で、それでも上からの態度を変える気など無いのだ。

 そして彼等のような異邦人や魔法の事などを尋ねていく。ギルド長の返答に、エイティやゴローがそれぞれ何かを呟いている。

 やはり何も知らないようだった。三十半ばならジョン・ドゥの事も知っている訳が無い。仕方が無いだろう。

 彼等は礼を言ってギルドを立ち去る。


 副官は未だ呆れた様子でユーリに話し掛けた。


「あんた等が凄腕なのは知ってるが、あれは拙いんじゃないのか」

「かもしれんな。だがあの齢なら、俺等の求める事は知っていそうも無いしな。と言うか、ギルド長としては若過ぎないか」

「この街は後方で直轄領だからな。若手に経験を積ませるのに都合が良いのさ」


 なるほど、ここは辺境伯領だ。最前線は魔の森の方なのだ。王都に近い街の方が、後方になるのだろう。

 魔の森に近い方に領都があるのを不思議に思ったが、だからこそなのだろう。

 仮に魔の森が溢れても後手に回らぬように。領主一家が住むことで、安全な場所だとアピールする為に。


 その後は商人組合にも顔を出す。彼等四人は先と変わらぬ態度だ。

 この街の組合代表も領主の裏書きのある登録証と、領都の組合代表の紹介状を確認している。彼等四人を粗略に扱う事など出来ない。

 だが、ギルドと同じく何の情報もなかった。

 この街での出来事は代官から領都に送られている筈だ。ギルドや商業組合の話も、伝えられているだろう。そして領都のギルド長や組合代表が知らない以上、この街には大した情報など無いのだ。

 やはり他領か王都でないと、有益な情報は得られないのだろう。

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