13.嘘じゃないけど真実でもないってやつだねえ
他の三人も鍋からカップに注いだ湯冷ましを飲み始めた。体調に変化がないことを確認している。
再び湯冷ましを作り続けて、これまでの行軍で空となった水筒代わりの革袋に格納していく。一時間もすれば陽も沈むだろう頃にようやく水の補給が完了した。
そして夕食の用意を始める。昼の残りの肉を同じように串に刺して焼くだけなのだが。
串を炙り始めた途端、ゴローが何かに気付いたように声を上げる。
「うーん、お客さんかなあ」
「熱源探知」
その声にドーリとユーリは武具をすぐ手に取れるようにする。
エイティは魔術を発動し始めた。何をしているか分かるよう声に出している。
数秒後エイティが探知結果を伝える。
「道の片側百メートルほど先のところに六体ほどの熱源が近づいてきている。一つはサイズが大きいな。動物かもしれん。その周りに他の熱源が前後左右に散らばっている」
「馬車持ちの商人が護衛を引き連れてるって感じか」
「ゴローはすごいね。百メートル離れた見えないところの気配が分かるんだ」
「察知系スキルは気配も危険も最大まで上げてるからねえ」
彼等はすぐに動ける用意をしながらも、そのまま夕食の準備を続けた。
下手にこちらから突っかかっていくより、待っている方が良いという判断だ。
ゴローの「お客さん」の言葉から察するに危険察知のほうは反応していない。ドーリの商人発言もそれを汲んでのことだろう。
ただし商人だとしても彼等を見て豹変するかもしれない。いつでも動ける準備は必要だろう。
この世界の知的生命体は、たぶん彼等と同じ姿をしていると推測はしている。だが実際に会うまでは安心できないのだ。
「十メートルくらいの所で停止したようだな。一体だけ近づいてきている」
「向こうも俺等に気付いたのか。護衛の一人が様子見に先行したってとこか」
少し経つと一人の男が目に入った。
彼等と変わらぬ身長体格をした人間に見える。
革の胸当て、手甲、脛当てを着けた軽戦士風の男だった。剣を両腰に一本ずつ差していた。
少しくすんだ金髪に緑の目をしており三十歳前後に見える。
その男は武器は構えていない。当然だろう。仮に先客がいたとして武器を構えて歩み寄るなど、襲おうとしていると受け取られても仕方ない。
だからエイティ達四人も武具を手にしたり立ち上がったりもせず待っていた。
そして男が何かを話し出した。
「ケモミミも尖った耳も顔を覆う髭も無しかあ。完全に普通の人間型だねえ」
「装備なんかは僕達と変わらないように思えるね」
「……予想はしてたが聞き取れないか」
ゴロー、ユーリ、エイティは肩をすくめていた。
獣人でもエルフでもドワーフでも無いことに落胆している者も居る。
そして無限収納、鑑定に続き、全言語理解も無かったようだ。ゴローが言うところの三大チートは全滅らしい。
そんな中ドーリだけは驚いた様子で立ち上がる。そして何かを話し出す。
座ったままの三人は唖然としてドーリを見上げていた。
二言三言の会話をして男は戻っていった。
ドーリが座りなおしたのを見て、三人が矢継ぎ早に質問を繰り出す。
「ちょっと。あの言葉ドーリは分かったの?」
「何話したのさ?」
「会話の内容を残らず吐き出せ!」
三人の剣幕に少し引きながらもドーリが答えていった。
「お前等は分からなかったんだな。ならば、たぶん井上設定のタクー語かヤイレ語だ。発音なんかは少し違ってたが方言程度の差じゃねえかな。奴が最初に言ったのは『お前等は冒険者か』だ。俺が『旅人だ』と答えると『どこに向かっている』と訊いてきた。『特に目的地となる場所はない』と言うと『他の三人は言葉が分からないのか』と確認してきた。そして『俺等は異邦人だからな』と答えると『そうか』と言って立ち去った訳だ」
三人はドーリの言葉を聞いて考え込む。
そして各々の考えを確認していく。
「井上設定が生きてるって、井上神様説が正しいのかな」
「旅人、目的地無し、異邦人……嘘じゃないけど真実でもないってやつだねえ」
「たぶん焼けた肉の匂いがしたので確認に来ただけだろうな。少なくとも公的な連中じゃなさそうだ」
堂々と焚き火を囲っていたのは野盗の類とは思わせないためだ。慌てて火を消して隠れたりすれば、それこそ怪しくなる。
相手もそれを悟ったのだろう。素性と目的を確認するくらいに留めたのだ。
詰問する様子もなかった。つまり巡回衛士のような治安機関の類でもないと推測できる。
後は善人の集団であることを祈るだけだ。
問題は言葉だ。
いくら井上が凝り性といえどもゲーム内言語の文法や単語を十数ヶ国分も設定している筈が無い。だがその一つが多少の違いがあれど通じるのだ。その理由はいくら考えても分からなかったが。
戻った男が報告して全員でここに向かって来るだろう間に、四人は簡単な打ち合わせをしておいた。
やがて馬車を引いた商人らしき男と護衛であろう男達がやってきた。
先に口を開いたのは商人風の男だった。
「やあ、お邪魔しますよ。私以外にこんな所で野営する方々が居られるとは思わなかったもので」
人のよさそうな中肉中背の三十そこそこの金髪碧眼の男である。
綿であろう柔らかそうな、しかし染色をしていると思しきシャツとズボンを纏っている。武具防具などは着けていない。腰に差したナイフが唯一武器らしく思えるが、道具としてのものだろう。
四人は立ち上がると軽く礼をした。ただしこの世界で頭を軽く下げるのが礼になるのかは疑問だが。
そしてドーリが話しかける。
「こちらこそお邪魔しています。ここは貴方の拓かれた野営地だったのでしょうか。真に申し訳有りませんが、今夜一晩だけ隅のほうで良いので間借りさせて頂けないでしょうか」
その言葉に商人風の男は少し驚いたようだ。
先に偵察に行った護衛からは、野盗では無さそうだと聞いてはいた。しかしここまで丁寧に許可を求めるような言葉が出てくるとは思っていなかったのだ。
しかも野盗どころか乱暴者の多い冒険者でも数少ないと思われる言葉遣いである。すこし訛りがあるようだが。
見回すと野営地全体の下草を処理しているが、テントを張っている場所は道から奥の片隅である。
装備などを見ても十分立派な物で手入れも行き届いているようだ。そして武器や盾は地面に置いたままで手にしていない。
商人風の男には彼等四人が良識を持っていると見受けられた。
そしてここは彼が拓いたのではない。彼の私有地と言う訳でも無い。この道を利用する者達が泉に続く道を作り、野営のために少しずつ拡げていったのだ。
当然彼は拒否できる筈も無く、その気も起きなかった。