129.彼をご存知なのですよね
ドルーチは昨日の傭兵団先遣隊による待ち伏せの件を、代官に報告していた。ユーリ達により、こちらに全く損害が無かった事も含めて。
更に尋問で聞き出した内容、貴族の依頼者の存在も話している。
「……なるほどな。背後に別の者も居そうだな」
「はい。それで代官様にお願いがあります。領境近辺まで、この街の領兵から援軍を出して貰えないでしょうか」
そのドルーチの頼みに、代官は難しい顔をしていた。
彼だって援軍を出したい。領主の娘であるノアルマを護りたい。
だが現状は人手が足りないのだ。
たぶんその傭兵団の者達が、数人ずつに別れて盗賊行為を行っている。その対処の為に巡回衛視として、外に出せる者達は全て出払っているのだ。
領兵と一口に言っても、全員が兵士と言う訳ではない。
輜重を担当する者は、馬や荷駄の扱いと、会計や料理などの方が専門なのだ。もちろん武芸も学ばせているが、それは素人に毛が生えた程度だ。足手纏いでしかないだろう。
この街には存在しないが、領都の兵楽隊も同様だろう。その者達は当然、今回の護衛に含まれていないのだから。
それらの者達を街の治安維持に回す事で、この護衛達を無理矢理に選出したかもしれないのだ。
それにこの街は領兵の数が少ない。領都に隣接する街のため、応援を呼ぶのが容易だ。街道もあり、他の街より恵まれているのだ。
今回のこの一行は時間を掛けているだけなのだ。ノアルマを屋根のある場所で休ませるために、この街まで三日掛けているのだ。領都を朝に出ていれば、一泊するだけで間に合う距離なのだ。
実際に領都に対して、援軍を申し込んですらいる。
街の治安維持のための人員は割けない。
ドルーチの話だと明日の昼刻から夕刻、もしくは明後日の朝刻頃に襲撃が起きるらしい。
二泊か三泊の期間、街を空にする事になる。もしかしたら送り出した者達が、全員戻らない可能性すらある。
いくら御嬢様のためと言えども、街を預かる代官として許容出来る筈がない。
「現状出せる兵が居ないのだ。本当にすまない」
「……やはり、そうですか」
代官の言葉にドルーチは肯いていた。
ドルーチは援軍の要請していたが、無理である事も分かっていた。
自分達ですら一個分隊の人数でしかないのだ。領都の兵達も援軍として、他の街々に派遣されているくらいだ。
この街からの援軍要請もあったはずだ。領兵の援軍を求めるような街が、余剰人員を持っている筈が無いだろう。
自分達だけでやるしかない。いや、隣でこの会話を聞いている彼等四人に任せるしかない。
彼等は三十人を軽くあしらえる者達だが、六倍や七倍の人数だとどうだろう。
黒髪の男、エイティが高位魔法士なのは確認した。だがあれほどの魔法が、際限なく連続で放てるとも思えない。
他の三人も一騎当千の強者だろう。だが本当に千人を相手に出来る筈が無い。
彼等各々が一人で十人を纏めて相手するとしても、残った百五十人からを自分達が対応出来るのか。
だが、やるしかないのだろう。
ユーリは難しい顔をした代官と、悲痛に顔を歪めるドルーチを見ている。
さすがに領内の問題に、口を挟む権利は無いからだ。
だが放っておく訳にもいくまい。二人に軽く告げる。
「ああ、傭兵団の件は心配無用です。我々だけで対応します。ただ捕虜や奴隷とするのは諦めて貰うしかありませんが」
二人は驚いたような顔をユーリに向けた。
この男は何を言っている。四人で傭兵団の二百人を相手するだと。
相手は盗賊などでは無い。兵隊の経験がある者達、傭兵団が対象なのだ。
「君達は……」
「貴方はご存知なのでしょう、彼の事を」
思わず呟いた代官に、ユーリは軽く返した。
それだけでジョン・ドゥを知る者なら通じると思いながら。
代官は少し考えて、ドルーチに話し掛けた。
「ドルーチ殿、すまんが少し席を外して貰えまいか」
「私には言えない事なのですか」
「すまん。たぶん御嬢様をお送りして戻られた際に、領主様から話がされると思う。だが今は言えん。領主家に関わる事なのだ」
「……そうですか。分かりました、扉の外に控えております。お話が終わったら、ご連絡ください」
ドルーチは、少し残念そうにしながらも席を外した。
領主家の秘密となると、立ち会うわけにはいかない。下手に聞こうとすれば、この場で処されるかもしれない。
ドルーチは部屋を出て扉の前に立った。誰も近付かないように見張りとして。
ドルーチが部屋を出たのを確認すると、代官はユーリ達に向き直る。
視線はユーリではなく、やはり黒髪黒目のエイティに向いているようだが。
「君達は……彼と同じなのか」
「ええ。領主殿の言葉通りです。『ジョン・ドゥ』の同郷の者です」
その言葉に代官は大きな溜息を吐いた。
懐かしい名前だ。彼を知る者の間では何度か話に出たこともある。だが最近では、お互いに口にしないようにしていた名前だった。
その様子にユーリは改めて感じていた。やはりジョン・ドゥは、当時の領主の関係者にとっては大きな存在なのだなと。
「そして彼と同じ力を持っておると言うのだな」
「話に聞く限り、ジョン・ドゥは一人で剣も魔術も一流だったそうですね。我々も個々では彼に及ばないと思います。ただ我々は四人います。それが彼との違いであり、勝っている部分でしょうね」
ジョン・ドゥがラゴギョノテ五体を相手にした時の話を聞いた際に、少し疑問に思っていたのだ。なぜ倒さなかったのかと。
当時の領主嫡男とその護衛達。彼等を護りながらでは倒せなかったのだ。
それは彼が一人だったのが原因なのだろう。
ラゴギョノテは連携を取る魔物だ。ジョン・ドゥ以外にも向かおうとする筈だ。魔術で牽制して、自分に注意を向けさせるだけで手一杯だったに違いない。
どんなに強かろうと、やはり一人では限界があるのだ。
「そして君達なら二百の人間相手でも問題ないと。大言壮語も過ぎると思うが」
「ええ。大言壮語のつもりはありませんよ。聞く限り、この先も草原なのでしょう。これが市街戦で人々を守りながら、と言うのならば無理かもしれませんがね」
開けた場所で、被保護者もノアルマを含んで十数人。それも分散せずに固まっている。ならば護るのも楽であろう。
仮に傭兵団がその辺の村人を、人質としていたとしても関係ない。
彼等は優先順位を間違えたりしない。現代思想を貫いたりする気もない。この世界で、貴族令嬢と村人の命が同等、などと考えるつもりは全く無いのだ。
「ふう。増援は無用、むしろ邪魔になると言うのか」
「邪魔とまでは言いませんけどね。ただ護る相手が少ない方が楽でしょう」
「君達にとっては領兵すら護る対象なのか」
「彼をご存知なのですよね」
代官は思い出していた。ジョン・ドゥもそうだった。
当時領主嫡男の護衛だった自分達に、魔物が向かわないようにしていた。あくまで一匹ずつを護衛達に向かわせて倒させていたのだ。
護衛の中には、領内一と言われた現在の領都のギルド長すら居たと言うのに。
代官は再び溜息を吐いていた。
「なるほどな。彼と同じならば、心配するのも無駄なのだろうな。だが約束してくれ。ノアルマ様を絶対に護ると」
「もちろんです。これから先の村や街、王都を滅ぼしても彼女は護り抜きます」
「いやいや、滅ぼされても困るのだが」
代官は冗談だと受け取ったようだ。だがユーリの言葉は本心であった。




