124.なぜそんなに怯えているのですか
夕食も前の村と同じような味だった。
使い慣れない香辛料や砂糖を用いたためだろう。不味くは無いが、美味くも無いと言った味だ。
ユーリ達は明日に到着する予定の街では、「美味い物が食えるといいな」と呟きながら食していた。
早々と食事を終えて、お茶を頼むのも昨晩と変わらない。従者達もやはり昨晩同様の早食いのようだ。
ノアルマとドルーチはゆっくりと、だが昨晩よりは少し早く食事を取っている。彼女達の席には既に蝋燭の灯りが燈されていた。
従者達の席にも灯りが燈されている。彼等はノアルマの護衛でもあるのだ。少々の蝋燭を節約して、令嬢の動きを見逃すような真似は出来ない。
執事は、ユーリ達の席にも灯りを燈そうとしたが断っていた。
暗くなり始めているといっても、まだ十分明るい。それにこの身体は夜目が効くのだ。お茶を飲む分には問題がない。
それにゴローの察知スキルで気を向けてさえいれば、ノアルマの一挙手一投足すら把握出来ているのかもしれない。
早めに夕食を終えて、各々の部屋に戻っていく。
メイドが階下の食堂で、お湯を沸かして貰っているのも昨晩と同じだ。
部屋に戻ったユーリ達は、またくつろいでいる。
今晩もユーリに呼び出しが掛かるのかなと思いながら。もしかしたら先の虐殺行為を聞いたノアルマが、ユーリとの接触を避けようとするかもなと考えながら。
「しかし、まだ話す事が残っているのか」
「晒せる事は全部話したよねえ」
「執事やメイドが立ち会ってたら、僕達の世界の話なんて出来ないしね。昨晩なんか、僕の方が質問役だったんだよね」
「もしかしたらユーリと会話したいだけじゃねえのか」
「まさか。伯爵令嬢が異国、ううん、異界の者と分かっている男に興味は持たないと思うよ」
「まあな。あの齢なら自分の立場も理解している筈だろう」
「やっぱり篭絡するのが目的なのかねえ」
「……お前等、穿ち過ぎじゃねえのか」
「異世界物ではあるまいし、チョロインなんて居るはずないしな。ネカハのような村娘ならともかく、貴族令嬢が一介の平民に惚れたりはしないだろうさ」
彼等は自分達の力が異常なのを理解している。取り込もうとする相手が居るだろうとも考えている。
レヴィンシ辺境伯は快く送り出してくれたが、内心はどうなのだろうか。
娘を餌にして彼等四人を、言葉が喋れるユーリを引き込もうと考えているのかもしれないのだ。
やはり彼等は深読みしすぎて、人の心が分からない馬鹿達なのだろう。
その方がこの世界で過ごすのには、適しているかもしれないが。彼等の目的は地球への、彼等の世界への帰還なのだから。
彼等四人の中では、最も単純なドーリが一番真相に近付けているようだ。
しばらくすると、彼等四人の部屋の扉がノックされる。
ユーリが扉の方に向かうと、執事が立っていた。少し二人の間で会話が続く。
そしてユーリは肩を竦めて、他の三人に告げる。
「ちょっと行ってくるね」
残った三人はユーリに手を振っている。
そして執事に案内されて、隣のノアルマ達の部屋に向かっていった。
今夜も立会いは執事がするようだ。彼ならジョン・ドゥ絡みの話が出た際、ノアルマを止める事が出来るだろう。
部屋に入ると、既にテーブルに二人分のお茶が用意されている。それどころかティーポットのような物まで置かれている。
昨晩のように、何度もメイドが邪魔しに来るのを避けるためだろう。
今晩はノアルマの方が質問者のようだ。
彼女はやはり異世界の事よりも、彼等自身について、特にユーリの事を知りたがっているらしい。
だが、それらも答えられない事が多いのだ。
彼等四人が貴族の出身で無い事は、はっきり告げているのだ。
なのに彼等は平民の冒険者とは思えないほどの、知識を持っている。完全では無いが、貴族に対応出来る礼節も知っている。
間違いなく日本の教育のお陰だろう。
小学校六年間と中学校三年間の、合わせて九年間にも及ぶ義務教育がある。
現在では九十八パーセントを越える進学率で、ほとんどの者が行く事になる高校の三年間も含めると十二年間だ。
合間に家業の手伝いをする者も居るだろう。だが基本その期間は様々な勉強の為に費やされるのだ。
識字率が九十九パーセントを越えている。ホームレスや物乞いですら、新聞が読めて更にその内容を「理解」できる。かつて「最も成功した社会主義国家」と皮肉られるくらいの、ある意味でおかしな国。
彼等四人はそんな国で教育を受けてきたのだ。
だからこそ説明できない。
そのまま説明すると、なぜ平民にまでそんな高等教育を施すのか、と疑問に思うだろう。それを説明するには、現代思想まで知らせる必要がある。
平等思想、人権、自由主義。全てが封建制の世界にとっては劇薬なのだ。
フランス革命くらいならマシだろう。ロシア革命のように、貴族以外にも大地主や裕福な商人なども打倒されるような運動が起こり得るのだ。
民は之に由らしむべし、之を知らしむべからず。これが封建制の原理なのだ。
本来は施策内容を民に徹底するのは難しいという事だが、転じて民は施策に従わせるだけで道理を説明する必要は無い、と言う意味に変わっている。
実際ある程度の知識や教養がないと理解出来ないのだ。
民にとっての豊かさと、国や為政者にとっての豊かさでは意味が異なる。
庶民は己が金銭を持っていれば豊かだと思うだろう。だが為政者には死蔵されている金銭は意味が無いのだ。
アイソポスの寓話にあるように、使わぬ宝は無いも同然なのだ。
そう、為政者である貴族達にも高度な知識は必要なのだ。
ジョン・ドゥ提案のフリーマーケットも、貨幣を循環させる事の意味を知らないと理解不能だ。だから二十年経っても辺境伯領でしか実施されていないのだ。
ノアルマの問いに、ユーリは「それは答えられない」、「それは教えられない」と返し続けていた。
それでもノアルマは諦めずに問い掛けてくる。
彼等の持つ力も知りたいのだろう。
ラゴギョノテ三体を瞬殺する事が可能な力を。十数人の盗賊により行われた、宿への襲撃を簡単にあしらう事が出来る力を。
しかし、それに関しては彼等四人の方が知りたいくらいだ。
なぜこんな力やスキルがあるのか。なぜ公開もされていない製作途中の自作TRPGシステムの能力を持って、この世界に存在しているのか。
彼等がこの世界に来る以前から、転移転生者が居たのだ。ならば、この世界は井上の想像から生まれた世界では無い筈だ。
超越的な力を持つ「誰か」が、こんなふざけた真似をしたのだ。
ユーリは力に関しては「分かりません」としか答えられなかった。
この村に着いたのが遅かったためか、もう夕三刻にさしかかろうとしていた。
部屋の隅に控えていた執事が、ノアルマにそろそろ時間だと告げる。
微かに聞こえてくるノアルマとユーリの遣り取りに、昔を思い出しながら。
ああ、ジョン・ドゥ殿も同じだったな、十歳やそこらの好奇心満載な子供だった自分の問いをはぐらかしていたな、と懐かしみながら。
ノアルマもさすがにこれ以上は、問い掛けても無駄だと思ったのだろう。
明日は街に入るのだ。明晩は彼等との、ユーリとの接触は無理に違いない。
街の代官との会見もあるし、晩餐も一緒に取る事になる。その場に彼等四人を招くのが無理な事は理解している。たぶん彼等四人も拒むだろう。
最後にどうしても不思議に思っていることを、ユーリに尋ねた。
「あの、一つお聞きしても良いでしょうか」
「なんでしょう」
「ユーリさん達は……なぜそんなに怯えているのですか」




