12.今夜はここで野営すべきだな
「少しずつ上り坂になってるみたいなんだよ。登りきった先に何が見えるか楽しみだねえ」
再びゴローが先頭に立ち歩き始めた。空気を変えるためか声を張り上げている。
少し先にいるゴローの合図と共に三人も距離を開けて着いて行く。
三時間程進んだ頃に登りきったのか、ゴローが歩みを止め皆を呼び寄せる。
「……とんでもねえ広さの草原だな」
ドーリが唖然と呟いた。
見渡す限り草の海である。彼等が来た方向に振り返っても同様の景色だ。
モンゴルの草原と聞いて思い浮かぶような光景であった。
風になびいて本当の海のようにすら思える。
遥か彼方に薄く山脈がのぞいている。
ただ一、二キロほど先に小さな林が見えていた。
「川は無いみたいだから……たぶんあの林の所に泉でも湧いてるんじゃないかと思うんだけど」
「うむ、ならばあの林を目指そう」
ユーリとエイティのやり取りに、ドーリとゴローが肯く。
これまでと違い目標が出来たためだろうか。四人の歩む速度が少し上がったようだった。
それでも腰近くまで伸びている草原である。一時間ほど掛かってようやく近くまで辿り着いた。
そこで先行していたゴローが皆を止めて、三人の所に戻ってくる。
「ユーリの言った通り泉があるみたいだねえ。でもそんなに大きくはないなあ。で、問題はその先。どうも一部が拓かれてて道もあるみたいなんだよねえ」
ゴローの言葉に三人は驚いた。
拓かれているということは人為的に行われたということだ。少なくとも知性を持った者が存在することを示している。
そして草原に道があるということは一定の間隔で往来している者も居るということになる。放っておけばすぐにも草に侵食されるだろうから。
「今のところ危険な動物の気配なんかは感じなかったけどねえ」
「探知魔術でも特に何も引っかからないな」
彼等は察知技能や探知魔術を駆使して危険が無いことを確認する。
そしてゴローが単独で拓かれている場所へと進んでいった。
しばらくして残った三人を呼び寄せた。
「直径三メートルくらいかな。小さな泉だね」
「泉を取り巻いて生えていた木々を一部だけ切り倒している。休憩……いや野営のためにか」
「その先に道か。轍が見えるって事は馬車なり人力の荷車なりが通った跡ってこったな」
「だよねえ。ゲーム設定のような中近世あたりだと良いんだけどねえ」
明らかに人為的な痕跡に四人は興奮していた。
彼等はゲーム設定の姿に変化しているが、紛れも無く人間の形態をしている。
ユーリの指摘通りに超越存在がいて無意味に彼等の姿を変えたのでないなら、この世界に存在する知性体は同じような人の姿の筈なのだ。
しかも木を切り倒す道具や車輪が存在するらしい。少なくとも原始時代などではないだろう。
しかしこの広大な草原を貫く道は舗装されてない。また鉄道のような物でもない。ならば近現代ほどは時代が進んでないのだろうと推測できる。
車輪の起源は紀元前五千年紀までさかのぼる。伐採も金属期前の石斧でも可能だ。単純に中近世とは判断できない。
ただ古代ギリシャやローマに比べて欧州の十世紀頃のほうが技術が進んでいるかと問われても返答は出来ないだろう。あの宗教は人類の発展においてはつくづく問題があったと思われる。
「その野営地に向かおう。そこで休憩しながら、この先どうするか相談しよう」
エイティの言葉に従い四人は泉の縁の拓かれた場所に移動する。
そこは五メートル四方ほどの空間であった。
馬車一台と商人と護衛数人が野営できる程度の広さだろう。
つまりその程度の規模の者しか野営しないし通らない道ということになる。
ここは木々が切り倒されて、切り株も処理されているようだ。下草は足首の高さくらいに伸びている。今までの行程では腰くらいまで草が伸びていたことを考えると、刈り込まれた後に生えてきたのだろう。
水場なのに村落も無いのは泉の小ささが原因か。この程度の湧水量では開拓どころか定住すら厳しいのだろう。
「ここってあまり使われて無いようだねえ。この様子だと主要街道じゃないなあ。この辺りは田舎か辺境なんだろうねえ」
「北西に向かって進んで春分を少し過ぎた太陽があの位置だと……三時から四時ってところか。ゆっくり進み過ぎたか」
「何が起こるか分からない場所だから、警戒しすぎて無駄なことはないよねえ」
「だが陽が沈むまで三時間程度だとすると、今夜はここで野営すべきだな」
エイティの言葉に皆が肯く。
ここが野営地として用意された場所ならば、街、村、もしくは次の野営地まで一日程度の距離があるのだろう。
今から二時間進んだところでたかが知れている。それならばこの場所に泊まる方が理に適っている。
「下草の処理どうしよう。エイティに焼いてもらうってのは無いよね」
「林の中に拓かれた場所だぜ。延焼の恐れもある。地道に刈るしかねえだろ」
「俺の剣術スキルは低いが範囲を組み合わせればいけるか。ゴローも剣術スキルは持ってたな。俺達二人でやれば少しは楽だろう」
「了解。けど範囲組み合わせると結構スキルポイント使っちゃうんだよねえ」
魔法使いのエイティと弓使いのゴローは後衛である。
しかし四人のパーティーでは前衛を抜かれることが起こりうる。また挟み撃ちに遭うこともある。
そのため後衛でも近接戦闘が可能なように最低限の剣術スキルを取っていた。
ちなみにドーリは鈍器スキルを取りハンマーを使っている。
重戦士系で盾持ちの彼が両手剣などを使っても意味が無い。タンク役の彼は斬ることよりも弾き飛ばす方が良い。片手持ちの高重量打撃武器を使う方がはるかに役に立つのだ。
剣術スキル持ちの二人が泉の方から草刈を始めた。
ドーリとユーリは野営の準備をしている。最初に草を刈った泉に近い端のほうにテントを張っていた。彼等は紛れ込んだ異邦人である。自分達が拓いた場所でもないのに、中央に陣取る訳にはいかない。
また後から他の人が来るかもしれないことを考慮すると、道に近い方で野営することもできないのだろう。
しばらくして草刈を終えた二人がテントのところにやってきた。
テント設営をしていた二人は、出現したと思われる森の出口で拾った枝を薪に待っている。戻ってきたエイティが火を点けた。
「この泉の水って飲めるのかなあ」
「辺りに木や草が生えてるんだから毒ではないと思うけど」
「……やっぱり俺が実験台かよ」
「当然だが沸かすくらいはしておこう」
ドーリが鍋を取り出して泉の水を掬って焚き火にかける。
いくら透明で綺麗に見えていても、さすがに知らない場所の生水を飲むことなど出来ないだろう。
十分ほど沸かし続けた後、冷めるまで待つ。
そしてドーリがカップに注いだ湯冷ましに口をつける。
三人はドーリを数分間見つめ続けた。
「問題ねえな」
ドーリの言葉に三人がほっと息を付いた。
昼に食べたウサギに続き、水も問題ないらしいことに安堵したのだ。
もし人里に辿り着いて食事をする機会があっても問題なく食べられそうだ。




