118.別に構わないさ
ユーリが戻ってくるのに気付いたエイティが、差し伸ばしていた腕を下ろす。
すると、はるか先で起こっていた暴風の壁が消え失せた。
その様子を見ていたドルーチは声も出せない。彼が魔法士、それも相当の力のある者だとは思っていた。
だが今のは何だと言うのだ。
四千ルオは離れた場所、林の前に壁を作っていたのだ。それも草が吹き上げられる様子から、風を巻き上げていたのだろう。
幅が四、五百ルオ、高さが百ルオの風の壁。そんな物は国の最高位魔法士ですら作れる筈が無い。
戻ってきたユーリが、エイティに親指を立てた。エイティは肯いている。
そしてユーリは、未だ呆然としているドルーチに話し掛けた。
「とりあえず三十人全員無力化しました。尋問を行いますが、貴方はどうします。立ち会いますか?」
「……あ、ああ。そうだな。……分かった。二人ほど連れて行く」
「事前に言っておきます。我々を止めるような真似は決してしないように」
「……ああ、任せる」
ドルーチはユーリの言葉に肯く。
その三十人を仕留めたのは彼等だ。彼等の獲物なのだ。尋問する権利は彼等にあるのだ。
そして彼等は領兵では無い。護衛でも無い。ただの同行者だ。
もしドルーチが尋問すると言ったなら従うかもしれない。だがその後、彼等はこの護衛任務を放り出すだろう。配下扱いされるなど認められないだろうから。
商人の襲撃の話は、ギルド長から聞いている。彼等が行う尋問、そして途中で止めるなと言う脅し。耐性の有る者を連れて行くべきだろう。
「どうやら後方の二人二組も、何の合図も出せなかったようだな」
「また嘘発見器の役目をお願いするね」
エイティがユーリに話し掛ける。
ゴローが上手く仕留めたのだろう。見渡す限り何の変化も無いようだった。
そしてユーリの話を聞きながら、一緒に林の方に歩き始めた。
その後をドルーチが執事と領兵を一人連れて追ってきていた。
ノアルマ達はその場で待機するようだ。副官の男は残って指揮をとるらしい。
執事を連れて来ているのはなぜだろう、とユーリはドルーチに問い掛ける。
「なぜ執事殿を伴っているのですか。彼はノアルマ嬢の傍に居るべきでしょう」
「申し訳ありません。私の我が儘です。彼と同じ立場である、貴方達の為す事を見たいのです」
答えたのは執事であった。
刺客なのかは不明だが、三十人もの相手をあっと言う間に無力化したのだ。その様子を見ておきたいのだ。
もちろんドルーチがこの件の報告をする筈だ。だがジョン・ドゥを知る者の目線で、それを報告する必要を感じたのだ。
「たぶん見ていても、気持ちの良いものでは無いと思いますけどね。口出しをしないことを約束して頂けるならば構いませんよ」
ユーリは呆れたように、いや諦めたように執事に告げた。
そしてユーリとエイティ、ドルーチと執事と領兵一人の、計五人でゆっくり林の方に歩を進める。
林の手前で、エイティの魔術で風の壁を作り出した場所を通る。
二十メートルほどの幅と奥行きが五メートルほどの空間がある。生えていた雑草が、全て押しつぶされたかのように平らになった空間だ。
エイティとユーリは気にも留めていない。だが残る三人は唖然としている。
その空間は綺麗な四角なのだ。区切り線から外は元のまま草が茂った状態だ。その四角形の内側だけが、草が千切れ飛んで押し付けられているのだ。
どうすればこんな事が出来るのだろう。そしてこの空間に人が居ればどうなっていたのだろう。
五人は林の中に入っていく。中央付近にドーリが立っていた。
どうやら三十人を一纏めにしていたようだ。樹にもたれかかっていたり、そのまま横に寝ていたりと様々だ。
更に身体中の至る場所から、血が滴っている死体が二つほど転がっている。ゴローが仕留めた物を運んできたのだろう。
ドーリに訊くと、ゴローはもう一方の遺体を片付けに行っているらしい。
ユーリ達を除く三人は、その様子にも驚いているようだ。
無力化というのは、怪我をさせて動けなくしているのではない。文字通りの意味なのだ。怪我も無く生きたままなのに、手足が全く動かせない状態なのだ。
そして全身が穴だらけのような二つの死体。矢なら何十本も、槍で突いたなら何十連撃も行わないと、こんな状態にはならないだろう。
ユーリ達は、ゴローが戻って来るのを待っていた。
嘘発見器は二つ揃っている方が良い。一人だけだと見逃す可能性があるのだ。
しばらくするとゴローが二つの遺体を引き摺って戻ってきた。
共に穴だらけで血塗れの遺体だ。革鎧を剥いでも使い物にはならないだろう。
「なんで執事さんまで居るのかねえ」
「どうも僕達のやる事を見ていたい、と思ってるんだろうけど」
「目付けのつもりじゃねえか」
「別に構わないさ。俺達のこれからやる事を認めないと言うなら、放り出すなり逝ってもらうなりすれば良いだろう」
戻ってきたゴローが、そこにいる自分達以外の三人に目を向けながら尋ねる。
訊かれたユーリ達は、たぶん領主への報告のためとの推測を答えている。
エイティは少し偽悪的だ。だが実際に彼等を止めようとしたら、本当になるのかもしれない。
捕らえられた三十人は、目の前に転がる四つの物体に絶句している。それ以前に、全身麻痺状態で口は開けないのだが。
身体中に穴を空けられたように、血を流しているのだ。あの状態では絶対に生きている筈が無い。どうすればあんな状態に出来るのか見当も付かない。
ユーリ達が考えていたように、彼等は連絡員なのだ。見つからないように後方に離れて隠れていた筈なのだ。
それがあっさり見つかって潰されている。ここに居る自分達も、このまま捕らえられて護送されるのだろう。
本隊への連絡はもう不可能だ。
ドーリが転がしていた一人を適当に選んで、彼等の前に引き摺り出した。
全身麻痺の状態だ。立つ事など出来はしない。転がされたままだ。
エイティがその男を軽く指差す。ユーリがその男の前に立って問い掛けた。
「お前等は何者だ」
その引き摺り出された男は、急に口が動くことに気付いた。だが動くのは、どうやら首から上だけのようだ。
「いきなり何しやがる。善良な冒険者にこんな事して只で済むと思ってんのか」
「ネガティブ」
「ネガティブ」
ユーリは持っている短槍を、その男の肩に突き刺した。
「あああああ!」
エイティの麻痺は運動神経だけに作用する。心臓などの自律神経系や、触覚痛覚などはそのままなのだ。
肩に短槍を突き刺された男は、悲鳴を上げた。
「訊かれた事にだけ答えろ」
ユーリは短槍を突き刺したまま、その男に告げる。
その男はユーリの冷たい目に何かを感じたようだった。
「た、ただの冒険者だ。本当だ」
「ネガティブ」
「ネガティブ」
ユーリが短槍を引き抜いた。その男はホッとしたように一息吐いた。
だがその直後股間に耐え難い痛みが襲い掛かる。
「ギャアアア!」
ドーリがハンマーを振り下ろしていた。その男の腰の辺りに向けて。
前にフィルヴィの盗賊団の捕虜に対して行ったのと同じだった。
ユーリは問い続ける。
「正直に答えろ。お前等は何者だ」
その男は喚き続けるだけだ。ユーリの言葉が聞こえていないのかもしれない。
ユーリが肩を竦める。するとドーリがハンマーを振るう。
その男の両肩と、更に下顎も砕かれていた。悲鳴がくぐもったようになる。
エイティがもう一度その男を指差した。
その男は全身が動く事に気付いたようだった。だが何の慰めにもならない。身体を動かそうとすると、途轍もない激痛が走るのだ。




