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114.歴史なんかを無視してるんだよねえ

 ユーリは執事の事を、他の三人に説明していた。

 あの家宰の息子である事や、領主がジョン・ドゥを迎えた際に世話をしていた事などを。


「成る程な。そういった者は他にも居るのだろうな」

「考えてみれば、クーディ達もそういう立場だよねえ」

「牢屋にでも閉じ込めねえ限り、知る奴は増えるんだよな」


 彼等四人の本当の事を知る者は、領主と嫡男とノアルマ、家宰とギルド長と組合代表だけだろう。

 だが領主の正室の女性も彼等四人の事を覚えているだろう。

 そしてクーディ達や、この旅を一緒に過ごす執事とメイドやドルーチ、他の領兵達も彼等四人の事を忘れないだろう。毎朝食事に通った食堂の女将や、脅された換金屋の主人なんかも覚え続けるのかもしれない。

 それどころか謁見の場、褒章に参列した貴族の中には、二十年前のジョン・ドゥとの類似性を見て取った者が居た可能性すらあるのだ。


 普通に生きて居るだけで、他人と関わりを持ってしまうのだ。

 真に誰にも知られずに生きていこうとするなら、他人の一切存在しない場所に行くしかない。もしくは引き篭もるかだろう。


 見張りは二人一組のいつもの順番で行う事とする。先にエイティとドーリ、後にユーリとゴローの組み合わせだ。

 ベッドで寝られるだけマシだろう。いやクーディ達の定宿とは違い、藁束のクッションではない。綿か羊毛でも入っていそうな布団だ。休息効果は高いだろう。


 朝まで特に何も起こらなかった。初日の晩は護衛も一番気合が入っている。そんな日に襲ってくるほど、相手も愚かでは無いのだろう。

 エイティの探知やゴローの察知によると、宿の表で過ごしていた領兵達も二交代制を取っていたようだ。既に朝食の用意をしているらしい。

 エイティ以外は昨日はほとんどスキルを使っていない。全員フル状態まで回復しているようだ。

 今日からが本番なのだ。


 部屋で待っていると執事が呼びに来た。朝食が用意できたらしい。

 年下の冒険者である四人に対して、既に彼は貴族と同様の扱いをしている。ジョン・ドゥの件もあり、完全に上位者と思っているのだ。

 階下の食堂にはドルーチも待っていた。

 ユーリは彼に軽く挨拶を交わす。


「おはようございます」

「ああ、おはよう。ゆっくり休めたかね」

「ええ。何が起こっても問題ない程度には、ですけどね」

「……君達も今日が危ないと思っているのか」

「本命は四日目か、五日目でしょう。ただ可能性を捨てきれない程度には、今日の午後に起こり得るとも考えてはいますよ」

「確かにな。だからこそと言う可能性が高くなるのだけどな」


 ドルーチはやはり本職のようだ。あらゆる可能性を考慮しているらしい。

 彼等四人が考え付く程度の事は、想定済みなのだ。逆にそれを思いついた四人に驚いているようだ。やはりその辺の冒険者ではないようだ。

 これならこの四人が気を抜いて、無様な真似を晒す事もないだろう。


 執事も横でそれを聞いて肯いている。後で遠回しにだろうが、ノアルマとメイドに伝えておかなければならない。

 さすがに、この旅路で確実に襲撃されるなどとは伝えていない。だが昨年や今年の領都に戻る時に比べて、護衛の人数が半減しているのは分かっている筈だ。

 無駄に怯えさせる必要は無いが、何の心構えもせずに居て貰っても困るのだ。


 しばらくするとノアルマとメイドも食堂に降りてきた。

 二人ともしっかり旅装を整えている。朝食を取ったらすぐに出発する事が分かっているのだ。

 朝食は昨夜とは異なっている。と言ってもステーキの代わりに肉野菜炒めになっているくらいだが。スープも出汁は変えているようだ。

 執事とメイドが毒見を兼ねた味見をするのは変わらない。その後確認し終えたそれらをノアルマに差し出す事も。

 ノアルマも席に関する文句は、もう言わないようだ。今晩もユーリと話が出来るのだ。朝出掛けの慌ただしい時に無理を言う気は無いのだろう。


「さすがに手持ち無沙汰だねえ。この身体になって必要は無くなったみたいだけど、タバコが欲しいねえ」

「さすがに新大陸の発見までは辿り着いてなさそうだな」

「まだ喫煙の習慣はねえんだろさ」

「そう言えば異世界物ってタバコが出てこないよね」

「そりゃ十五、六のガキが主人公なんだぜ。現代の考えに則りゃ吸わせるわけにもいかねえだろ」

「ただでさえ嫌煙者の連中が五月蝿い時代だしな」

「ああ言うのってさあ、歴史なんかを無視してるんだよねえ。内田百閒なんて一桁の齢の頃から吸ってたそうだしねえ。後から出来た未成年者喫煙禁止法の方が悪いって言って、止めもせずに老衰で亡くなるまで吸い続けていたらしいからねえ」


 ノアルマ達がゆっくり朝食を続ける中、昨夜同様お茶を飲みながら彼等四人は無駄話をしていた。

 タバコに限らずスマホも何も無い。ちょっとした時間の空きに出来る事が無いのだ。無い物ねだりも過ぎるだろう。


 ただ中世を模した世界なのに、未成年に禁酒禁煙を押し付ける世界は謎だ。

 エールの件もそうだが、下手に汲んだばかりの水を口にするより安全なのだ。そんな世界で未成年に害がある「かも」と言う理由で禁止するなどおかしいのだ。

 日本で未成年者に対する喫煙禁止法が出来たのは西暦で千九百年、飲酒禁止法が出来たのは千九百二十二年なのだ。明治中期や大正くらいまでは、未成年者にも禁止されていなかったのだ。

 異世界物の世界は現代の常識が基本の、中世を模しただけの世界なのだろう。


 朝食を終えても、さすがに部屋に戻ってお茶にする訳にはいかないのだろう。この場でノアルマとドルーチはお茶を飲んでいる。

 その間に執事は持ち込んだ荷物を纏めて、二階から降ろしているようだ。

 ユーリ達は食堂に来る際に、自分達の荷物の入ったずだ袋は一緒に持ってきていた。漁られはしないだろうが、見せ付けるわけにもいかない。


 彼等四人は、執事が馬車に積もうとしているのを手助けしたりしない。

 それは執事の仕事であり、これも特権なのだ。信頼のある護衛であっても、伯爵令嬢の持ち物や私物に触れさせるわけにはいかないのだ。

 荷を積み終えたのだろう。執事がドルーチに何かを告げている。この部隊の指揮官はドルーチだ。この場では彼の方がノアルマより立場が上なのだ。


 ドルーチがノアルマに何かを告げた。そして二人は表に向かって歩き出す。

 宿の者に礼を言う事も無い。それは執事の仕事なのだ。

 それも「ご苦労」と声を掛けて対価を差し出すだけだ。上から目線で礼を述べるのだ。


 気安く平民にも声を掛ける貴族令嬢? そのため平民にも人気が高い?

 逆だ。舐められる。母親の出が下賎だと噂されるかもしれない。

 親しみが持てるのではない。何も分からない、うつけ扱いされるのだ。

 現代で皇族の方が、被災者に声を掛けられるのとは全く異なるのだ。


 ドルーチ達に続いて、ユーリ達も宿から出る。さすがに彼等は一般人だ。宿の者に「世話になりました」と声を掛けている。

 だがその行為に、宿の者は逆に混乱しているようだ。物凄く丁寧な礼を彼等に返してきた。

 伯爵令嬢が対等どころか、目上のように扱っているような連中だ。どう対応して良いのか分からないのだろう。

 その様子にこれからは執事任せにした方が良いかな、とユーリは考えていた。


 宿の外では領兵達が揃って並んでいる。

 既にテントなども片付けを終えて、いつでも出立できるようにしているのだ。

 練度は相当高いようだ。彼等は平民街の担当だ。だからこそ城外に出る事も多いのだ。野宿の経験なども多いのだろう。

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