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110.あれの可能性があるな

 ノアルマは馬車内でメイドに対して、彼等四人が異国の迷い人であることを告げていた。だが異世界人などとは言えない。言える筈も無い。

 それは領主と嫡男と家宰、ギルド長と組合代表、そして自分だけの秘密なのだ。領主の他の家族、母親にすら告げられないのだ。

 領主一家はジョン・ドゥと言う前例があった為、無難に対応出来たのだ。

 話が広まりでもすれば、彼等四人の元には誘いの手が数限りなく来るだろう。

 招待や勧誘ならまだしも、脅迫や強制連行などしようとしたら。襲撃しようとした商人の結末を、ノアルマも聞いたのだ。


 料理の味は可もなく不可もなくと言った感じであった。

 領都に近いと言っても、基本は農村だ。香辛料や砂糖などを常備している事も無ければ、使い慣れている筈も無い。

 無意味にそれらが多く使われた料理は不味くは無い。だが、とても美味しいと言える物でもなかった。

 領都での初日の晩に食べた塩無し串焼きよりはるかに良いが、毎朝通っていたあの店よりは少し落ちると言った所だろう。


 ただ宿の者も頑張ってはいたのだ。

 今晩この宿に令嬢一行が訪れる事は聞いている。領主の名で宿の貸切の予約をされているのだ。

 それこそ冒険者に依頼して、滅多に取れない獲物を入手する。村人に頼んで街まで往復して、貴重な調味料や白パンを運んで貰う。

 それによる経費が掛かるが、それは宿の貸切料金や食事代として領主から受け取る事になる。

 そうすることで村全体に金が落ちる。そして宿屋以外の者達にも、仕事が廻るようになるのだ。

 たぶん宿の外の街道を塞ぐキャンプでは、村人達が夕食の材料を護衛達に売ったりしているのだろう。


 食事は従者の二人が真っ先に終えていた。一番最後に配膳されていたのにだ。

 自分達の都合で、領主家の令嬢を待たせる事など出来る筈も無い。従者である以上は、早く済ませる必要があるのだ。

 早飯も芸の内と言っては失礼かな、とユーリは考えていた。

 貴族席の二人も分かっているのだろう。殊更ゆっくりと食事をしていた。従者達が早食いなどせずとも良いように。

 もちろんユーリ達はそんな気遣いなどしない。彼等のペースで食べ続ける。

 だが、まだ若い彼等だ。それに飯自体は、不味くも無いが美味くも無い。

 適当に食していると、従者達と変わらない時間には食事を終えていたようだ。


 先に食事を終えた従者達もユーリ達も、貴族席の二人を急かしたりもしない。

 従者の二人は黙って待っている。だがユーリ達は、勝手に宿の者にお茶を頼んでいた。

 宿の者は伺うように、従者席の執事に目を向けた。執事が肯くのを確認して、お茶を用意している。


 執事も分かったのだろう。

 従者である自分達が待つのは、普段通りで当たり前の事だ。

 だがお嬢様が同等と見做している相手を待たせているのでは、と考えさせないようにする行為である事に気付いたのだ。

 自分達はゆっくりお茶を飲んでいるので、貴族席の貴方達もゆっくり食事をしていて下さいと言ってるのだ。

 確かにその辺の冒険者風情ではないようだ。間違いなく高い教養と礼節、良識も持っている者達なのだ。


 無言で遣り取りされたその行為に、ドルーチは気付いたようだ。

 さすがだなと、ユーリ達を見直している。

 令嬢の方は気付いた様子は無い。仕方がないだろう。背後なのだから。

 令嬢の真後ろに従者席があるのだ。いざという時にすぐ盾になれるように。傍にいる必要があるのだ。

 これが旅でなければ、食事の時間すら別にしていた筈なのだ。


 食事中に特に会話はない。

 貴族の二人は、こんな場所で貴族関連の話をする訳にはいかない。

 ユーリ達も誰も聞き取れはしないだろうが、異邦の言葉で騒ぐ気は無い。

 従者達は雇い主の令嬢の傍で、無駄口を叩いたりする筈も無い。

 貴族席の二人が食事を終えると、すぐに席を立って部屋に戻っていく。貴族の彼等は、食後のお茶は自室でゆっくりと嗜むのだ。


 ユーリ達は、変更されたベッドが二つの若干余裕のある部屋に戻っていく。

 令嬢とドルーチは真ん中の部屋に入っていく。ドルーチは護衛隊長で妻子持ちだ。二人きりにした所で変な噂が立つ事は無いだろう。

 執事は雑居部屋に戻り、お茶の支度に取り掛かっている。旅の荷には無駄に思えるが、こういった物は必要なのだ。

 メイドだけは、熱湯を用意してもらうために階下の食堂で待っていた。

 魔法瓶がある訳が無い。熱い湯が欲しければ、その都度沸かすしかないのだ。


 部屋のソファにくつろぎながら、ユーリ達は話し始めた。


「明日の予定はどうだったかな」

「泊まるのは確かもっと小さな村だったんじゃねえか」

「少し違うよ。朝早くに発って、ほぼ一日歩きっぱなし。途中にある小さな村で休憩は取るけど、夜を過ごすのはこの村規模の所だったと思う」

「十二時間以上歩きっぱなしかあ。五十キロは進みそうだねえ」

「俺達はともかく他の護衛は疲れていそうだな」

「なら、まず考えられるのは明日の昼過ぎか」

「昼三刻前後、僕等の感覚では午後四時くらいが怪しいと思うよ」

「晩夏のこの時期なら、まだまだ明るいもんねえ」


 彼等は襲撃のタイミングは、まずここだろうと予測していた。

 さすがに初日の今日、領都から三刻の距離までの間は考え辛いだろう。

 明後日の三日目は街に入るため、午前である朝刻にしか進まない。

 となると、やはり村と村の間で長距離移動する明日、二日目が狙い所だろう。彼等が襲撃するなら、まずそのタイミングを選ぶからだ。


「しっかし相手はどんな奴なのかね。二、三人の盗賊紛いを放つにしても、五十箇所も散らばせば百人以上必要じゃねえか」

「それが囮で別に本隊がいるならば、四、五百人はいる大所帯だろう」

「さすがに、その人数の盗賊団って存在出来ないと思うけど」

「やっぱり貴族なのかねえ」

「けどよ。貴族の私兵だとしても、盗賊の真似事など抵抗ねえのかよ」

「地球の中世に似通った世界だとすると……ああ、あれの可能性があるな」

「なにか思いついたの?」

「うん、あれだよねえ。僕もなんとなく分かった気がするよ。彼等なら確かに戦争時以外は、していてもおかしくないんだよねえ。盗賊もどきの事をさあ」

「何だってんだよ、そいつ等は」

「傭兵団さ」


 傭兵、金で雇われる兵。それが一団をなしている物が傭兵団である。

 異世界物では良く描かれている物も多い。

 義に厚く、私情を交えず、死をも恐れず勇猛果敢に戦う男達。いや女性も多くて指揮官の立場である事も多い集団だ。

 主人公達の助けとなり、王族などにも信用の厚い立派な者達だ。

 現実とは乖離した、義勇兵と称する方が正しい集団だと考えて良いだろう。

 もしくは主人公の当て馬になるような、残虐な愚か者達の集団だろうか。


 地球の中世では異なっている。

 金銭で容易く裏切る? それは違う。雇われている間は裏切る事など決してない。信用の無い傭兵など誰も雇いはしないからだ。

 戦争の度に仕える相手を換えるだけだ。それを裏切りと呼ぶ貴族がおかしい。

 彼等は雇い主の貴族の大義に殉ずるのではない。支払われる金銭の多寡で、仕える相手を選んでいるだけなのだ。


 日本にも存在していたであろう。

 雑賀や根来の鉄砲衆、伊賀や甲賀の忍者衆などは有名な筈だ。水軍などと呼ばれる海賊衆も近いだろう。


 そして傭兵団は雇われている時以外、非戦争時では半ば盗賊に近い物なのだ。

 もちろん村や街を襲撃したりするのではない。そんな真似をしていれば、盗賊団として討伐対象になってしまう。

 勝手に関を作り、通行料を巻き上げる。場合によっては国が私掠免状を与えていたりもするのだ。

 日本の海賊衆も普通に行っていた事だ。

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