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11.俺なら間違いなく商人やるわ

 血抜きが済んだところでゴローが器用に解体していく。

 ユーリはゴローから受け取ったナイフでドーリの大盾をまな板代わりに部位を切り分けていった。

 またも流れるような連携作業である。


「ウサギと大差ないみたいだねえ」

「雌のようだね。とりあえず子袋含めて内臓は止めておいた方が良いと思うよ」

「皮は人里が見つかった時に何かの交渉材料になるかもな。取っておこう」

「……俺の盾は下敷きやまな板の役にしか立ってねえ」


 ドーリの泣き言を無視して作業は進んでいった。

 不要な部分は血抜きの時に掘った穴に放り込み土を被せて埋めていく。

 さすがにこの場で食べる気は無いのだろう。彼等は数十メートル離れた場所に移動していった。

 そこで下草を刈り、直径一メートルほどの空間を作っていく。中心に拾っておいた薪を置いてエイティの魔術で火をおこす。

 そして塩や香辛料などをまぶした肉を四本、串にさしてくべていく。

 向きを変えながら十分以上炙り終えた肉を前に、彼等は相談を始めた。


「やっぱ毒見役は俺だよな」

「回復役のユーリは除外だよねえ」

「今度はドーリの高耐久高抵抗高体力で耐えてもらったほうが良いと思うしね」

「申し訳ないが頼めるか」


 エイティも昨夜の件で分かったのかドーリに任せるようだ。

 ドーリは炙っていた肉を手に取った。

 一口だけ齧ってじっくり咀嚼して飲み込んでいく。

 その後数分間待ち続ける。


「体調に変化はあるか?」

「今んとこねえな。味はゴローのとこで食ったウサギと変わらん気がする」


 次にゴローがくべていた別の肉を掴んで齧り付いた。

 味を確かめるようにゆっくり噛み締めている。

 同じように数分間待っていた。


「どう?」

「確かにウサギだねえ。痺れも眩暈も起きないなあ」


 そしてエイティが別の串に手を伸ばした。

 一口だけ食して数分間待つのも変わらない。


「ふむ。体調に変化なし。味も充分美味いと言えるな」


 最後にユーリが一つだけ残った串を手に取る。


「うん、美味しいね。大丈夫だと思うよ」


 既に十分以上前に肉を口にしたドーリも問題ないようだ。

 その様子を見てエイティが全員に声を掛ける。


「よし、残りの分も食べようか。ユーリだけは食べ終えたら自分に毒消しの魔術を掛けておいてくれ。数時間後に影響があるかもしれない」


 その言葉に肯いて皆が残りを食べ始めた。

 携帯していた糒は食べていない。非常用に残すつもりなのだ。

 串肉を食べ終えた後、ドーリはずだ袋から鍋を取り出し湯を沸かし始めた。水は携帯していた物を使っている。

 白湯のまま全員のコップに注いでいく。


「肉類はいけそうだ。魚介や穀物はまだ分からないが、たぶん問題ないだろう」

「森の中には木の実なんかも生ってなかったしねえ」

「さすがにキノコの類には手を出せねえしな」

「残りの分は晩飯にしよう。とは言え冷蔵保存できる訳も無い。塩胡椒を揉みこんでおくしかないか」

「あの凍らせる魔術じゃ駄目なのかよ」

「持続性も無いし、じっくり中まで凍らせるとなると時間が掛かりすぎるだろう。この先何があるか分からない。スキルポイントもできるだけ使いたくないしな」


 中型犬ほどもあるウサギだったのだ。皮や骨、内臓などを除いても三キロくらいの肉が取れていた。昼食としたのは各人ハーフポンドくらい、四人でも一キロ程度でしかない。まだ二キロは残っているのだ。

 四人は手分けして塩や胡椒を擦り込んでいった。

 彼等は運が良かったのだろう。狩りで食糧調達することが前提だったので携帯食糧の代わりに消耗品、調味料などは大量に用意していた。


「三大チートが欲しかったなあ」

「なんだそりゃ」

「チートって異世界物で神様なんかに貰える特殊技能だよね」

「本来はズルという意味らしいがな。ゲームスキルが使える時点で充分チートだろう」

「そうなんだけどさあ。異世界物で貰えるチート能力って何が一番だと思う?」

「経験値倍増による成長促進とか、他人のスキルを奪えるとかじゃねえのか」

「あくまで僕の考えなんだけどさあ、最大のものは前世記憶や現代知識なんだよねえ。でもこれはチートと言って良いか分からないから除外するけどさあ。大概の場合に標準で貰える能力、全言語理解、異次元ボックス、鑑定、この三つがどんな能力よりチートだと思うんだよねえ」


 作業中のゴローの呟きに相槌を打ちながら、彼等は読んだことのある異世界物のマンガや小説を思い浮かべた。

 神様に貰える特殊な能力とは別に、それらが当たり前のように与えられる物が多いことを思い出す。さすがに転生して赤ん坊からのやり直しの場合には全言語理解は無かったようだが。


「ああ、確かに最低限として貰ってるのが多いな、それらは」

「どう考えても最低限じゃないよねえ、その三つってさあ。どんな人や生物相手でも言語があるなら意思を通じ合える。どんな大きさの物も腐ることも痛むこともなく無限に格納できる。どんな物や生物でも対象の持っている能力や素性が明らかにできる。魔王を一撃で倒す攻撃力なんかよりよっぽど有用だよねえ」

「言われてみるとそうだね。僕達の持つゲームスキルなんて、極論すると最前線に立つ一兵卒が持つような物だと思うよ」

「鑑定は目利き代わりになるんだろ。タンカーやコンテナ船を越える輸送量があって、異国での遣り取りも問題ねえ。それらが最低限で別の能力もあるって言うなら……俺なら間違いなく商人やるわ」

「俺達はゲーム設定では、ハンター、狩人だから仕方ないだろう」

「だからここが異世界なら欲しかったんだよねえ。ここに僕等を送り込んだ誰かさんも融通利かせてくれればってさあ」

「まあ、その三つって異世界物の主人公を動かすために必要だからだと思うよ。言葉覚えるためだけに数年費やすなんて話が動かないしね。相手の力量も判らず無謀に挑むなんてことを避けるためと、物の価値も分からず買い物すら出来ないのを避けるために鑑定もあるんでしょ。それに僕達みたいに各自が数十キロのずだ袋を抱えているようだと移動もままならないから異次元ボックスも必要だよね。僕達は四人いるからテントや調理器具なんか共有できているけど、一人だと全部持たなきゃならないし。……ねえ、それらの能力が無い僕達ってこの世界でやっていけると思う?」


 確かに時間停止付き無限収納能力があれば今やっている作業は不要だろう。

 鑑定能力があれば食べるときに行ったような確認も不要だった筈だ。それが可能かは不明だが世界自体を鑑定できるなら、ここがどのような場所かすら分かっただろう。

 さすがに他人と出会っていない現状では全言語理解能力が備わっているかは判断できないが。


 ゴローのぼやきに付き合いながら四人は作業を進めていった。ユーリの最後の言葉に無言になりながら。

 作業が終わると共に使用した器具などを片付けていく。薪の火に土をかけて消えたのを確認して立ち上がる。

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