10.皆経験はしたでしょ
四人は砂浜を進み森の端に辿り着いた。
そこで一旦立ち止まる。森の中に入る前に隊列を整えるのだ。
スカウト役のゴローを先頭に、盾役のドーリが続き、紙装甲のエイティを中心に、後ろからの攻撃に備えた盾持ち軽戦士風のユーリが最後尾に並ぶ隊列である。
先頭に立ったゴローが地面を見ながら口を開いた。
「うーん、いきなり腐葉土っぽくなってるねえ」
「虫や細菌はいるってことかよ」
「気配察知や探知魔術では、危険や害の無い虫なんかは分からないからな」
「腐葉土……確かに木々が落葉樹ばかりに見えるけど……」
「だよねえ。有り得ないとは言い切れないけどさあ」
「二人だけで分かり合ってんじゃねえよ。何か問題あるのか」
「日本だと松が思い浮かぶかな。ヨーロッパだとオリーブや月桂樹だったっけ。海沿いって針葉樹や常緑樹が多い筈だったと思うんだけど。ゴローの言う通りで絶対ってことはないけどね」
「だがあそこに居ても仕方が無い。進むしかないな」
いきなり砂浜からふかふかに近い土へと変わっている。植生としてもあまり妥当ではなさそうだ。
先にゴローのみ慎重に分け入っていく。五メートルほど進んだ所で立ち止まり、待っている三人に合図を送った。
三人はゴローの踏み分けた後を追っていく。皆が追いついた所でゴローがまた単独で進む。
それを数回繰り返した所で、ゴローは何かに気付いたようだ。
「……なるほどねえ、こうなるのかあ」
「どうした?」
「後ろを見てみなよ」
三人は揃って振り返った。
それまでは木々の合間にかすかに見えていた砂浜が全く見えなくなっていた。
それどころか更に暗く鬱蒼とした森が続いているようだ。
「神に準ずる何かが用意したスタート地点という推測は正しいってこったな」
「岸壁の方に向かってたら、どうなってたんだろうな」
「あれ登れなかったと思うよ。岩壁沿いに進んだら結局この森に入ることになってたんじゃない?」
「なら森の出口も近いんじゃないかなあ。それとも戻ってみる?」
「誰かさんはこっちに行かせてえんだろ。戻るのは無理っぽいよな」
「進む方向を限定させるために入り江状にしてたんだろうな」
その言葉に肩をすくめてゴローは進んでいく。
今度は立ち止まらずに、ある程度先行して後ろ手で合図を出すだけだ。
三人はその後を黙って着いていった。
そして二時間ほど進んだ頃、ゴローは立ち止まり集まるように合図を出した。
「木の間隔が少しずつだけどまばらになってるみたいだねえ。数百メートルくらいで森から出れそうな感じがするなあ」
「分かるのか?」
「自然森って確か四十年くらいで世代交代してたと思う。この先って森が新たに広がろうとしてるってことでしょ」
「なんでお前等そんなこと詳しいんだよ。二人とも家が農家だからか?」
「子供の頃から手伝いしてたしねえ。曾爺さんに聞いたんだったかなあ」
「エイティもドーリもバイトがてら手伝いに来てくれたことがあったよね」
二人の謎知識に呆れたようにため息をつくエイティとドーリであった。
再びゴローが先行して進み始める。
少しずつ木々の間隔が広まったのか空も明るく感じるようになっていった。前方も明るくなっていく。
更に進むとゴローの言ったように森の終わりに辿り着いた。
その先には草原が広がっていた。
彼等は後ろを振り向きながら一息付いた。四人で乾燥していそうな枝などをいくつか拾ったりしている。後で薪にする気だろう。
「三時間以上まっすぐ歩いてようやく出口って。森の中で荷物背負ってゆっくりだったとしても四、五キロは歩いてたんだよね」
「誰かさんが出口の近くにしてくれてたんじゃねえのかよ」
「たぶん富士樹海より広いよねえ。シュヴァルツヴァルトくらい、いやアマゾンくらいあるのかもねえ」
「鳥や小動物はいたようだな。鳴き声が聞こえていた。危険度の高そうなのが居なかったのは幸いか」
「このまま方向変えずに進むねえ」
ゴローは太陽の位置と体感時間から方向を探っていたようだ。
しかしそれは一日が二十四時間という前提で、また体感時間というあやふやな基準を用いてるため信用性に欠けていた。更に森の中という悪条件だ。どこまで真っ直ぐ進めたかは誰にも分かっていなかった。
それでもこのまま進むしかない。ゴローの言葉に皆黙って肯いていた。
目の前の草原はところどころに潅木が見える。他は腰程度の高さに伸びた草が広がっていた。高低差の少ないなだらかな草原のようだった。
その中を四人は進んでいく。
隊列はそのままであるが、ゴローは先行する距離をすこし広げていた。森の中と異なり後方の三人にも見えやすいからだろう。
四人は黙ったまま歩き続けた。
また二時間ほど進んだ頃、前方のゴローが停止するように合図を送った。
同時に弓を構える。
矢を放つと同時に次の矢をつがえる。何かを確認するかのようにしばらくそのままでいたが一息つくと矢を戻した。
そして矢を放った先に歩いていく。片手に腰から引き抜いたナイフを構えて。
少しして片手に何かを提げたゴローが三人の元に戻ってきた。
「とりあえず昼食はなんとかなりそうだよ」
「……ウサギか」
「でかいな。中型犬くらいあるんじゃねえか」
「まずは血抜きだね。僕の短槍使えるかな」
ユーリがずだ袋から縄を取り出し、槍を突き立て石突の辺りに括りつける。
その縄をゴローから受け取ったウサギらしき小動物の後肢に縛りつけた。
その間ゴローは真下に穴を掘っている。
ユーリは吊るされた小動物の首筋をゴローから受け取ったナイフで切り裂いた。ゴローが掘った穴に血が滴り落ちる。
流れるような連携作業である。
「お前等……手馴れ過ぎてねえか」
「爺さんや父さんの手伝いがてらだけど、鶏、兎、猪、鹿は経験あるしねえ」
「それにしてもだな」
「何言ってんの。皆経験はしたでしょ」
「俺達は創作物によくある、命を奪うことに対する葛藤はせずに済みそうだな」
ユーリやゴローは、ネズミ捕りに掛かったネズミを水に漬けたり、鶏を絞めるなど日常であった。
家族が狩ってきた害獣を見たこともある。ある程度歳がいってからは害獣退治に付き添ったことすらあったのだ。
エイティやドーリも、ユーリやゴローの家に行った時に解体作業を見たことがあった。いや頼んで見学させて貰ったのだ。
最初は単なる好奇心だったが、二回目からは真剣に学ぼうとしていた。
実際にナイフを扱わせてもらったこともある。それどころか鶏を絞めたことすらあったのだ。
ユーリやゴローの家族は進歩的だったのだろう。
食料とその命に対する考えを息子や孫だけでなくその友人にも教え諭すくらいには。家族の友人に良い所を見せたかっただけかもしれないが。
エイティやドーリの家族も、そのことを子供に聞かされても嫌悪を露にしなかった。その後もユーリやゴローとの付き合いや家に行くことを許すくらい寛容だったのだ。




