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プロローグ〜旅の始まり〜

 薄暗い部屋の中に、ただゲーム機の冷却ファンが回る音と、不定期に連打されるコントローラーのボタンの音だけが部屋を独占していた。


「……クソゲー……」


 そう言って一言呟き、コントローラーを放り投げ、椅子の背もたれにもたれかかり、天井を見上げる。


「……俺の人生並みにクソだな……いや、俺が下手くそなだけか……」


 そう呟いてからテレビの画面に目を向けると、うんざりする程見せられた「ゲームオーバー」の文字と共に「コンティニュー」の文字の下で、「はい」と「いいえ」が小さく点滅して表示されていた。


「リアルでもコンティニュー出来たら苦労ないよな……」


 投げ出したコントローラーに手を伸ばし、「いいえ」を選び、テレビとゲーム機の電源を切った。


「……気分転換に少し出かけるか……」


 実際の体重の倍ほどにも感じる重たい体を持ち上げ、適当な服に着替え、俺は薄暗い部屋を後にした。


 それから何をしたかはあまりよく覚えていないが、気が付いたら何も無い、いや、俺の部屋に戻って来ていた。


「……俺の部屋……あれ?俺さっきまで出掛けてたはずじゃ……」

「その通り。貴方はさっきまで外に出掛けていましたよ。」


 突然背後から聞こえた声に、俺は思わず情けない叫び声を上げそうになりながら真後ろに転ぶように振り返ると、それこそアニメやゲームに出てきそうな出で立ちの少女が目の前にいた。


「……は?……ゲームのやり過ぎでとうとう頭もおかしくなっちまったか?いや、おかしいのは昔からか……」

「いいえ、貴方は気が狂ってなどいませんよ」

「いやいや、この状況で気が狂ってないわけないでしょ。 だったらこれは夢―――」


 これは夢だ。そう言おうとするのを遮るように、少女は俺の頰に触れ、笑みをこぼした。

 やめろ、そんな無邪気な笑みを俺に向けるんじゃあない。好きになっちゃうだろ!なんて言葉が口から出る事はなく、少女の笑みに俺は顎をガタガタと震わせ、間抜け面を晒すことしか出来なかった。


「怖いのですね? 無理もありませんよね……だって貴方、もう死んでしまったのですし……」

「は?……ちょっと待て、死んだ?……俺が?」


 彼女の言った言葉の意味が理解できなかった。俺はもう死んでいる?どこぞの漫画かよ!と脳内で自分に自分でツッコミながら、よろよろと立ち上がり、少女の方を見ると、先程とは打って変わって、彼女は申し訳なさそうな顔をしてこちらを見つめていた。


「ちょっと待ってくれ、死んだってどうゆう事だ? 説明がつかないだろ? だったら俺は死んでるのにどうして俺の部屋にいるんだ?」

「それは……貴方にとってこの場所が一番落ち着く場所だと思ったからです」

「は?」


 仰る意味がわかりません。落ち着く場所?いやいや、答えになってないだろう。俺が聞いているのは、死んだのにどうして自分の部屋にいるのかだ。


「待ってくれ、それじゃ説明になってない。 どうして俺は死んだのにここにいるのかを聞いているんだ」

「えっと、その…すいません。 正確に言うと、この部屋は貴方の部屋ではないのです」

「じゃあ一体ここは何なんだ?」


 彼女は少し困った顔をした後、指を鳴らすと、俺の部屋だった場所は、ファンタジーか何かの世界にありそうな神殿の奥の部屋みたいな場所に変わり、少女の着ていた服は女神が着ていそうなそれに変わっていた。


「……ダメだ、理解が追いつかない」

「ここは転生の間。 生前に不憫な死を遂げた者や、悔いを残した者に転生の機会を与えるための場所です」


「つまり……どうゆう事だよ?」

「……ここまで理解が遅いのは貴方が初めてですよ……貴方風に言えば、ゲームオーバーになったからコンティニューしますか?って場所です」


 ようやく理解が追いついた。どうやらここは俺の知っている場所ではないらしい。

とりあえず状況の整理だ。まず一つに俺は死んだ、理由はよく知らないけどとにかく死んだ。次にこの場所は夢なんかじゃなく一応現実に起きている事らしい。最後に、どうやら俺はこれからラノベやらアニメやらにありそうな展開に放り込まれるのだろう。


「ちょっと! 私の話聞いてますか?」

「あー、すんません。 考え事してて聞いてませんでした」

「もう! 今から話すことって就職説明会並みに大事な事なんだからちゃんと聞いててくださいよ!」

「やめろそいつは俺に刺さる!」


 割と悲痛な叫びを上げるも、彼女はそんな事など御構い無しに説明を始める。


「大丈夫ですよ、気にしないで下さい。 これから貴方が転生する世界には就活なんて言葉無いですから」

「マジ? 神かよ……」

「ええ、私女神ですもの」

「えっ、女神様なんだ……」


 立て続けに現実離れし過ぎた事が起こりすぎて付いていけない俺の顔はさぞかし滑稽なものだったらしく、女神様は俺の顔を見て腹を抱えて笑いだした。


「ふっ……くっ……あははははははは! ちょっと、いい加減この状況について来て下さいよ!」

「そんな事言われても俺死んだの初めてだし……つーか人って一回しか死ねないし……そもそもマジで異世界転生とかあるなんて聞いてないし……」

「そりやあそうですよ、貴方がたまたま不慮の死を遂げたからここに来たってだけですし」

「そういえば俺って何で死んだんだ? まだ聞いてないよな?」


 俺がそう問うと、女神様は笑い過ぎで目の端に浮かんでいた涙を拭いながら、「明日の宿題なんだったっけ?」程度の問いに答えるような様子で俺の死因を告げた。


「駅のホームに落ちて電車に轢かれたんですよ。それも電車待ちの最中に歩きスマホしてた人に突き飛ばされて」

「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁ? ふざけんな! そんなふざけた理由で俺死んだのかよ? 誰だよ俺を突き飛ばした奴!」

「まあまあ落ち着いて下さい、どうどう」


 だんだん女神様の俺への対応が雑になって来た気がするのは気のせいだろうか、いや、間違いない。この女神俺への対応がめんどくさくなって来てる。

 だがしかし俺のような社会不適合者相手に話をするのがうんざりするのも致し方ないような気もして来た。


「で、転生って実際には何をするんです?」

「文字通り異世界転生です。 異世界で続きの人生を過ごしてもらうんです」

「余生は異世界で呑気に過ごせと……」

「ああ、でもそんなに甘くはないですよ? 異世界で生きていくって言っても、仕事を探さなきゃいけなかったり、魔物から身を守らなきゃいけなかったり」

「あっ、はい。 やっぱりそうなるんすね」


 だんだん頭が冴えて来た。これから異世界に行くのだろうけど案の定そう甘くはないらしい。願わくばありきたりなチート能力なんかが貰えるなら万々歳だが、女神様の言い振りから察するにそんなぶっ壊れチート能力が手に入れられるとは思えない。


 あまり異世界転生に対する期待は持てず、頭を掻きながら死んだ目で女神様の話に空返事を続けていた俺の耳に入って来た言葉に、俺は思わず目を見開かずにはいられなかった。


「貴方に一つ、とびっきりに強い力を与えます」

「え? マジ? チート?」

「うんうん、チートチート、ぶっ壊れですよ〜」


 もしも俺の頭の中に花畑があるならば、きっと今頃一面に花が咲き誇っているだろう。チートだ、チート能力だ。ありきたりだけど最強なアレが俺の手に、そう思うと胸の高鳴りが抑えられなかった。その反面、そんな力を俺のような人間が手に入れていいものなのだろうか、脳裏によぎる過去の苦い思い出が舞い上がる事に迷いを抱かせた。


「あれ……? 思ってたよりテンション低いですね」

「いや、よくよく考えてみたら俺みたいなのがそんなものを手に入れていいのかなって」

「いいんですよ、手に入れても。 貴方の過去はこれから向かう世界には影響しません。強いて言うなら貴方が過去に縛られていたら、向こうに行ってもあまり変わりがない余生を過ごすことになるかもしれませんが……」

「え、ぶっ壊れ能力手に入るんじゃないの?」


 何だか曖昧な補足に目を丸くしていると、女神様は補足の続きを始めた。


「確かに貴方に与える能力は所謂チートになり得る能力です。 ただし条件があるんですよ」

「して、その条件とは?」

「残念ながらそれを詳細まで説明することは出来ないんです。 ヒントを与えるとしたら……そうですねぇ……何かを諦めない事、ですかね」

「あんた自己否定の塊みたいな俺にそんな鬼畜じみた発動条件の能力使えると思ってんのかよ……」


 遣る瀬無い気分になり死んだ目で空を仰ぐと、少し古びた石造りの天井から擦りあわされ、削れた石の欠片が落下しているのが見えた。

 それだけじゃない。心なしか石同士が押されるような、そんな音も聞こえた。


「なぁ、女神様、ちょっと話は変わるんだけどさ」

「何でしょう?」

「この神殿、崩れてきてないか?」


 俺のその言葉を待っていた、と言わんばかりに女神様はしたり顔をした後、満面の笑みを浮かべ、それと同時に轟音と共に地響きが起こった。


「はい、間も無くこの神殿は崩れ去り、私の役目の一つが終わります」

「何でそんなに落ち着いていられるんだよ!」

「もう何千人もお前みたいなの相手するの疲れるんだよ。 これでやっと楽になれるわ」

「うわー! 素だ! 素が出た! 腹黒いよこの女神様!」


 一瞬出た素のそれを無かった事にするかのように女神様はにこりと微笑み、最後の問いを投げかけた。


「それでは最後に、コンティニュー、しますか?」


 脳裏に何度も見せられたゲームオーバーの文字と散々踏みつけられた過去が蘇り、自身が生み出した闇の中に飲み込まれそうになる。

 ここで終わればこれ以上苦しむ事もない。でもここで終わってしまったら、この先もしかするとあるかもしれない可能性全てを失う事になる。

 神殿の崩壊は俺の決断なんて待ってくれない。このままボーッとしていても無条件に二度目の死を遂げる事になる。

答えは決まっていた。


「コンティニューすればいいんだろ! どうとでもなりやがれ!」

「良かった。 最後の一人を送り出せずにここで死なれたら一生呪ってやろうかと思ったから」

「なんで最後に女神らしくねえ事言うんだよ……」

「まあまあ、細かい事は気にしないで。 貴方が最後の転生者です。 これから先、楽しいことや辛いこと、色んなことが起きるでしょう。 前の世界での悔しい思いを繰り返さないよう、励んで下さいね? それでは、良い異世界ライフを」


 彼女のその言葉を最後に、俺の意識は途切れた。









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