3.過去へのタイムトラベル
中へ入ると三十歳ぐらいの上品な感じの女性が出迎えた。
「あら、あなた。お客様ですの?」
おれは驚いた。この若くて美しい女性が占い師の妻なのか。
「ずいぶん若い奥さんをお持ちですね。うらやましいかぎりです」
おれが妬みを込めて言うと、占部氏は答えた。
「いや、妻は私より年上で、こう見えてももう五十五歳なんですよ。ヨガや瞑想をしてると老化も遅いようでしてね」
「もうあなたったら、女性の年齢を人様に言うものじゃありませんよ」
そう言って夫人は笑ったが、おれには彼女が五十代とはとても信じられなかった。
「この人にタイムトラベルを体験させてやってほしいんだ」
占部氏がそういうと、夫人はおれを別室へ案内した。
「さあ、こちらへどうぞ。これがタイムマシンです。本当は別の名前なんですけどね」
それはたしかにタイムマシンっぽい機械だった。ちょうど人間が一人だけ入れるカプセルになっている。
「この中に入れば、あなたが戻りたい過去の時点へ行くことができます。ただし制約が二つあるのです」
制約とはいったい何だろう。おれはちょっと気になった。
「制約の一つは、あなたが過去に実際に体験した場所と時間にしか戻れないということです。ですから、たとえば千年前のヨーロッパなどへ行くことはできません」
それは問題ない。おれは高校の卒業式の帰り道のあの場所へ戻りたいだけなのだから。
「もう一つの制約は、あなたは過去のやり直しを体験することはできますが、過去にとどまれる時間は最大一時間で、そのあとはまた元の現在へ戻ってこなければならないのです。そして現在の状況は過去に戻る前とまったく変化していません」
なるほど、過去の出来事を勝手に変えて現在に影響を及ぼしてはいけないというのは、タイムトラベル系の小説によくある設定だ。
まあ、しかたないだろう。美月に告白してフラれたらあきらめがつくし、もし受け入れられたら、それで現在が変わらないとしても、一度でも自分が想う女性に愛されたという体験ができるだけで十分満足だ。
どちらにしても、おれは後悔を残さずに死ぬことができるだろう。もちろん、本当に過去に戻ることができればの話だが。
「わかりました。お願いします」
おれはタイムマシンに乗ることを承諾した。夫人はカプセルの蓋を開けた。
「それでは、上着や靴を脱いでカプセルの中に入り、仰向けになってください。ベルトもゆるめて楽にしてくださいね。それからシートの横にあるゴーグルとヘッドホンを付けてください。よろしいですか」
指示された通りにすると、蓋が閉められた。
やがてゴーグルに色とりどりの光の点滅が見え始めた。ヘッドホンからは環境音楽のようなものが流れている。しばらくして、夫人の穏やかな声が聞こえてきた。
「さあ、それでは、あなたが戻りたい過去のそのときの状況を、できるだけ鮮明に思い浮かべてください」
おれは高校の卒業式の帰り道、美月に告白しようとしていたあの場面を思い浮かべる。次第に映像が鮮明になってきた。あのときの感覚が少しずつ蘇ってくる……
いつの間にか、おれは学生服を着て早春の肌寒い空気を感じながら、高校からの帰り道を歩いていた。前の方に美月の姿が見える。思い出した。あの卒業式の日だ。本当に過去のあの日に戻ってきたのだ。
おれはあのときと同じように、一人で歩いている美月に追いついて、声をかけた。
「秋山、じつはちょっと話したいことがあるんだ」
美月は振り向いた。あのときとまったく同じ、あどけない表情だ。
「あら、何かしら」
美月はあのときとまったく同じ反応をする。
「おれは東京の大学へ行く。そして秋山は地元に残るんだよな」
「そうよ。親が外に出してくれないから、地元の短大に進学するの。知ってるでしょ」
ここまではあのときと同じ流れだ。さあ、大事なのはこれからだ。勇気を出せ。おれは自分を励ました。
「そうなったら、おれたちはなかなか会えなくなる」
「そうね。残念だけど、しかたないわ」
また恐怖と不安が襲いかかってくる。だが、もう後悔だけはしたくない。おれはせいいっぱいの勇気を振り絞った。
「秋山、いや、み、美月、おれは、おれは……きみのことが、きみのことが……」
美月は黙ったまま、じっとおれの目を見つめている。
「す、好きだ。ずっと好きだった。好きなんだ」
ああ、言えた。とうとう言えた。
美月は驚いたように、ぽかんとしたまま、おれの目を見つめ続けていた。




