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2.謎の占い師

 高校を卒業してから三年後、美月が結婚したことを知った。相手は地元の裕福な会社社長の息子で、その会社というのは実家の和菓子店の大事な取引先なのだそうだ。おれは敗北感に打ちのめされた。とうていかなう相手ではない。美月も将来の社長夫人で、ますます遠い存在になってしまった。もうあとはただ彼女の幸福を祈り、早く忘れるようにするしかない。

 その日の夜、おれは生まれて初めて風俗店へ行き、童貞を捨てた。一時的な肉体の快感とともに、激しい自己嫌悪と虚しさに襲われ、部屋に帰ると一人で泣いた。


 やがておれも大学を卒業し、なんとか一流といわれる大企業に就職したが、とにかく人付き合いが苦手で人間関係がうまくいかず、三ヶ月で退職した。それから幾度か中小企業に転職を繰り返し、やっと今の職場にたどり着いたが、給料は安く仕事もやりがいはない。

 その会社も経営は順調とはいえず、そのうち人員整理をするらしい。そうなったら、真っ先に首を切られるのはこのおれだろう。何の資格も特技もなく人付き合いも苦手なアラフォー男を雇ってくれる会社がほかにあるだろうか。相談する友人すらなく、将来に何の希望も見いだせない。おれは生きていく意欲を失った。


 ビルの屋上からでも飛び降りようか、だが下に人がいたりして巻き添えになったら気の毒だしな。夜の公園で首をくくるか、それとも面倒だがどこかの断崖絶壁まで行って海に飛び込むか……

 おれはそんなことをぼんやり考えながら歩いていた。そのときだった。

「もしもし、そこのあなた、まだ死んではいけませんよ」

いきなり話しかけられ、おれはビクッとして立ち止まった。声のした方を振り向くと、五十歳ぐらいの髭を生やした男が出店のテーブルの後ろに座っている。見るとそれは占いの出店で、男は雰囲気からしても占い師のようだ。男は続けて言った。

「死ぬ前に、心残りのことをすませてはいかがですか」

この占い師の男にはおれの心の中が読めるのだろうか。不思議に思って、おれは訊いてみた。

「こ、心残りって、何のことを言ってるんですか?」

「過去にやり残したことです。あなたの顔にはとても深い後悔の念が見えます。それは何かまずいことをやってしまったことへの後悔ではなく、やるべきことをやらなかったという後悔ですね」

おれは驚き、呆然としてその男の顔を見つめた。

「まあ、ちょっとここに座りませんか」

男に言われるがまま、おれは半ば放心状態で、テーブルの前にあるパイプいすに座った。


「さあ、何が心残りなのか話してみてください。占いは趣味でやっているようなもんですから、相談料は三十分千円で結構ですよ」

この男は占い師としての能力は確かなようだ。料金も相場からするとかなり安い。とりあえず話だけでもしてみることにしよう。

「たしかにおれには深く後悔していることがあります。でも今さらもう、どうしようもないんですよ。過去に戻ってやり直せるわけじゃないですからね」

「いや、過去に戻ってやり直せますよ」

過去に戻れるだって? どういう意味だ? おれは一瞬戸惑ったが、気を取り直した。

「タイムマシンでもあるんですか。ははは、ばかばかしい」

「タイムマシンはありますよ。タイムトラベルをしてみますか? 一回五千円で結構ですよ」

やはりからかわれているのか。こっちは深刻な悩みを相談しようとしているのにと思うと、だんだん腹が立ってきた。

「いいでしょう。それじゃあ、そのタイムマシンとやらで過去に戻らせてもらいましょうか。インチキだったらお金は払いませんよ」

「もちろんです。代金はご満足いただけた場合にのみ頂戴いたします。さあ、こちらへどうぞ」


男は出店の裏にある十階建てのビルの中へ案内した。入り口には占部うらべビルと書かれている。

「占部というのは私の名前です。持ちビルなんですよ。投資がうまくいきましてね。相場を当てるのは私にとって簡単なことです。財産はもう十分に持っていますから、占いはあくまで趣味なんです。とはいっても、投資の相談はいっさい受けないことにしていますがね」

男はそういうと、二階へ連れて行った。そこには「ヨガ瞑想教室」という看板が掛かっている。

「これは女房が趣味でやってるんです。ここでタイムトラベルを体験していただきます」

おれは半信半疑のまま、中へ入っていった。



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