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1.できなかった告白

 死のうと思った。もし来世というものがあるのなら、もっとましな男に生まれ変わって、人生をもう一度やりなおしたい。そう考えながら、死に場所を探し求めて歩いていた。


 おれは三十九歳のさえない独身サラリーマンで、これまで女と付き合ったことが一度もない。仕事も給料が安い上にやりがいもなく、出世の見込みもない。

 もともと気が弱く内気な性格で、とにかく人と話をするのが苦手なのだ。だから女どころか男の友人さえほとんどいない。そんなわけで、おれは自分自身が嫌になり、こんな孤独で生き甲斐のない人生に意味を見いだせなくなっていた。

 そうして一日の仕事に疲れ果てて、誰もいない真っ暗な自分のアパートに帰ってくると、あの日のことを強い後悔の念とともに思い出すのだった。


 それは高校の卒業式の日で、おれは精一杯の勇気を振り絞り、同級生の女の子に愛の告白をする決心をしていた。その子の名前は秋山美月といい、大きな老舗和菓子店の娘で、その名の通り秋の山にかかる美しい月のような雰囲気があった。華やかさはなかったが、穏やかでとても感じのいい女生徒だった。


 美月とは高校一年のときからずっと同じクラスで、密かに憧れていた。しかし、おれみたいな地味で目立たない、何の取り柄もない内気な男が相手にしてもらえるはずはない。そう思って、こちらからアプローチすることもなく、ただ遠くから眺めているだけだった。


 そんなおれが美月と親しくなったのは、三年生になって間もない四月のある日のことである。学校の購買へパンを買いに行くと、レジのところで秋山美月が何やら困ったような顔をしていた。どうやら財布を忘れてきたらしい。

「これ、使いなよ」

おれはそう言って、自分の財布から千円札を一枚差し出すと、美月は驚いたように振り向いた。

「あ、ありがとう、松岡くん。明日かならず返すから」

美月の顔には感謝の表情が浮かんでいた。


 翌日、美月は封筒に入れた新札の千円札とともに、小さな箱を持っておれの席へやってきた。

「昨日はどうもありがとう。これ、うちのお店で作っているお菓子なんだけど、よかったら召し上がってね」

その和菓子は「秋の月」という銘柄で、家に持ち帰って食べながら、おれは美月のことを思った。


 それから美月はよく話しかけてくれるようになり、おれのことを「松岡くん」ではなく「トシヤくん」と名前で呼ぶようになった。おれたちは読書などの趣味も合い、本の貸し借りをしたり、話題の映画や音楽について話をしたりした。美月と話をしている短い時間は、おれにとってもっとも幸福なひとときだったのだ。

 しかしおれは美月をデートに誘うことはできずにいた。それをすると、これまでのせっかくのいい関係が壊れてしまうのではないかという、漠然とした恐怖感があった。彼女はたしかにおれに好意は抱いてくれている。しかし、それはただの友人として、クラスメートとしての好意にすぎないのではないか。大きな老舗和菓子店の美人のお嬢様が、おれみたいな何の取り柄もない地味でさえない、友だちもろくにいないような男を恋愛対象として見てくれているわけないだろう。そんな劣等感を、おれはずっと抱えていたのである。


 そしてとうとう卒業式の日がやってきた。卒業後はおれは東京の大学へ行き、美月は地元の短大に進学することになっている。もう美月となかなか会えなくなるかと思うと、おれはいてもたってもいられなくなり、精一杯の勇気を振り絞って、愛の告白をする決心をした。

 卒業式からの帰り道、おれは緊張しながら美月に話しかけた。

「あ、あのさ、話したいことがあるんだけど……」

「あら、何かしら」

美月は無邪気な声で尋ねる。おれはますます緊張した。

「じ、じつはおれ……東京の大学へ行くんだ」

「ええ、知ってるわよ」

「あ、秋山は、地元に残るんだよね」

「ええ、そうよ。親がよそには出してくれないの」

心臓の鼓動が高まり、汗が噴き出してくる。頭の中が真っ白になり、しばらく沈黙していると、美月の方から訊いてきた。

「話したいことって何かしら?」

「うん、これからおれたち、もうなかなか会えなくなるね」

「ええ、残念だわ。わたし、トシヤくんのことはずっと忘れないから。東京の大学に行っても、がんばってね」

「ああ、おれも美月のことは忘れないよ。身体に気をつけて、がんばれよ」

おれの心の中で、さあ告白するんだ、という声がする。だがその一方で、恐怖と不安が襲いかかってきた。沈黙が続く。そしてとうとう美月が言った。

「じゃあ、これまでありがとう、トシヤくん。元気でね、さようなら」

「あ、ああ、秋山も元気でな」


 美月は手を振りながら行ってしまった。好きだというたった一言が、とうとう言えなかった。そのことを、おれはそれからずっと後悔し続けていたのである。

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