風を感じる
風を感じればいいんだ。
いつか、川辺であった青年はそう言っていた。
確かに彼は風が吹く度に、まるで自分が風であるかのように手を広げて揺れていた。
彼は一人の人間ではなく、自然に溶け込んでいた。
もしかしたら彼は私にしか見えない精霊ではないのか?
幼いころの私はそんなことを考えていた。
あれから彼とは会っていない。
しかたない。だって、私は川とは無縁の、汚い都会に来てしまったのだから。
風が吹く度に彼のことを思い出す。
だけど、あの時のような風が感じられることはない。
都会の荒み切ったこの空気の中では、風を感じることはできない。
生ぬるい風が張り付くように吹き付ける。
しかしそれらの風がほとんど私に届くことはない。
排気ガスと汚れた息がまじりあう空気の中で、私はいつも彼を探している。
もしかしたら、ひょっとしたら、そんなことを考えては溜息をつく。
都会は私には早かった。
こんな場所で平然としている人の気が知れない。
私は帰る。
彼の元へと。
彼を精霊だと思っていたあの頃へと、風を感じながら、彼の元へと。
私はあの日の彼のように風と一体となった。
それまで生ぬるいと思っていた風も、今は何も感じない。
心地よく、私を包み込んでくれる。
風を感じる。
彼との思い出の言葉を最後に抱くことができた。