4.雷電の魔女
――皆さんおはようございます。私、【憂鬱の魔女】ことカーディナル・クロイツフェルトです。
今日は朝から雨降りで憂鬱ですね。こんな日はお茶を飲みながら家の中でゆっくりするに限ります。晴耕雨読というやつですよね。
「…………あ、お茶が切れてる、買いに行かないと」
雨の中買いに行くのはとても憂鬱な気持ちになります。
一人で憂鬱な気持ちに浸っていると雨音の中に雷鳴が聞こえた。
あー、カミナリかぁ……エルザのことを思い出すなぁ。
【雷電の魔女】こと、エルザ・ベルシュ。カミナリのようにハイテンションなのですごく疲れるんだよなぁ。
またカミナリが鳴った、しかも近くで鳴っている気がする。
あー、あー、嫌な予感がする。
すぐ近くで轟音が響いた。あ、これは来る。
瞬間、扉が爆発せんばかりに開かれ、雷鳴が轟く、豪雨と共にひとりの女性が入ってきた。
帯電している積乱雲の如く薄黒く、所々青白い雷のような模様の入ったドレスを着ており、髪の毛はショートカット、これまた青白い雷のような色をしており、顔立ちは中性的で綺麗だが、好戦的に口元を歪めているのがエルザを知っている身としては嫌な予感しかしないといったところだ。
「――おーっ! フェルト! 遊びに来たぜ!」
「ちょっと、早く扉閉めてよエルザ、雨が入っていてるから」
「ん? あぁ、わりぃわりぃ」
そう言いながら力強く扉を閉め、どういうわけか濡れていないドレスをはためかせながらドカッと椅子に豪快に座った。
「――ん? 茶が無えのか」
いつも――他の人たちも来るが――来るため、お茶を置いている位置がわかるらしく、ないことに気づいたエルザ。
「えぇ、でも――」
「よっしゃ! 買いに行くか!」
予備があるから、という前に決断された。返事をする前にすでに私の傘を持ち、私の手を掴み、外に出ようてしていた。
「ちょっ」
「さ、行くぜ!」
バンッ! と扉が開かれ、外に飛び出したエルザ、それに巻き込まれる形で出たワタシ。
……せめて。せめて、傘をささせて、濡れる……。
それから商村に着くまで傘をさせず、ずぶ濡れになったので、少々荒技だが服を乾かそう、寒い、風邪を引いちゃう。
火晶と呼ばれる火のマナの結晶を買い、それを砕いて私の周囲に散らせ、オドからマナに干渉、周りを漂う火晶が反応に一気に点火、私の周りで炎が舞い踊る。
それに乗じてちょっとだけ火の内側、私のいる場所の火力をあげて服を瞬間的に乾かす。
ものの数秒の行為は周りにいた他の商人や買い物客の度肝を抜いた。
炎が掻き消えた中からはやけどひとつない魔女が憂鬱そうな表情で出てきて傘を差す。
「……もう、へんな注目浴びたじゃない。これもエルザのせいよ。
憂鬱だわ、これから買いに行く店々に奇怪な視線で見られるのよ」
「だぁはっはっはっ!! 良いじゃねぇか、綺麗だったんだしよ、他の奴らだって魅入ってたんだし」
ジロリ、とエルザの方を見るが当の本人はどこ吹く風……諦めて目的を果たすことにした。
「はぁ……それで? 紅茶はどこにあるのよ。私、ここにはあまり来ないから知らないんだけどエルザ」
そういうと、エルザは任せろと言ってズンズンと進んでいった。
やがてついたのは一軒の店。中に入ると茶葉の良い香りが漂ってきた。
「へぇ……」
思わず声を上げてしまう。こんな良い茶葉はなかなかお目にかかれない。
「フェルトが普段飲んでるアールグレイやオレンジペコ、アールグレイ、アッサム、ウバ、ニルギリ、高級なのだとフォートナム・メイソン、ジン ティー……なんでもござれだぜ」
数が数だけにさすがに驚きを隠せない私。キョロキョロと店内を見渡しながら紅茶を物色していく。
「お、これなんてどうよフェルト、アンタにピッタリじゃねぇか?」
そういってエルザが見せてきたのはアンブレ、というフレーバーティーだった。
「アンタ毎日疲れてそうじゃん? なおのことこういった感じのフレーバーティーでリフレッシュでもしたら?」
私を労って言ってくれているんだろう、すごく嬉しい。
のだが、嬉しいのだが大半はあんたたちに無理やり連れまわされているからだよ。こっちの意見を聞いてから動いてよせめて。
内心でがっくりと肩を落としながら、アンブレを受け取る。せっかくエルザが選んだものだからというものもあるが、違った紅茶も試してみたかったのだ。
「じゃあ、エルザはこれね」
「うげ、ウバかよ……これアタシには香りが強すぎるんだよな……美味いんだけど」
「そうなの? でも、ならエルザにピッタリじゃない。匂いとか」
「どういう意味だコラ」
――なんて、たわいもない話をしながら紅茶を選んで私の家に帰ってきた。
「さぁて、飲むか」
どかっと、椅子に座ると勝手にカップやら何やらを出し始めて準備を始めるエルザ。
「ん? 色々買ったのか? 結構増えてるな、カップとか」
「あぁ、それね。それは前にラルが押しかけてきた時に貰ったものでね、重宝してるわ」
ちなみに貰った紅茶はまだ少し残ってる。
「へぇ、いいなそういうの、アタシも何か欲しいぜ」
「欲しいのかよ……」
思わずツッコミを入れてしまった。
「なぁ、良いだろ? なんかくれよフェルト」
「はいはい、後でね、まったく」
お湯が沸いたので、早速紅茶を淹れていく、ちなみに私が淹れているのはアンブレでエルザはウバだった。
双方から特有の香りが立ち上り、鼻腔に芳しい香りが広がる。
「良い匂いねぇ……」
「…………やっぱ、匂い強い」
うえぇ、と顔をしかめるエルザ、それに少しだけ笑う。
「なに笑ってんだ」と言われるが、笑って返す私。普段とこうも違うと笑えるというものだろう。
味に舌鼓をうち、香りで顔を顰めるエルザなんて、私じゃなくてもエルザを知っている人なら笑うわよ。
「あ、また笑ったな」
ゴロゴロと雷鳴が聞こえる、パタパタと雨粒が大きくなり、屋根を叩きながら私とエルザは珍しくゆったりとしたひと時を過ごした。