3.森奥の魔女
――皆さんおはようございます、私、憂鬱の魔女カーディナル・クロイツフェルトです。
今日はある森の中を歩いています。
いやーやっぱり森の中は良いよね? 癒される。ここのところ憂鬱なことしか起きてないからなおさら癒される。
まぁ、でもこれから会う人はちょっと苦手な人物なんだけどね……。
そのままだんだんと深くなっていく森の中に入り、最奥にその人物はいた。
あたり一帯の自然で染めたかのように鮮やかな緑色のドレス、それよりもさらに濃い色をした地面につくほど長い髪の毛、顔立ちは良いのだが、顔が前髪でほとんど隠れており、時折見える目元には少々隈が見受けられ、薄く張り付いた笑みを浮かべており、全体的に不気味さを醸しているひとりの女性。
私の身長は大体百七十ほどだったがエルは百五十センチ――とても小さく感じてしまうほどである。
「――やぁ、待った? エル」
エル――エルシール・アイスベール。【森奥の魔女】にしてここ、大樹の森に住んでいる唯一の存在である。
「ふ、ふひ…………ぜ、全然待ってないよ、お姉さま……」
そう、エルはいつからか私のことをお姉さま、などと呼ぶのだ。ババァと言われるよりははるかに良いのだが、全くどうにかしてほしい。確かに私は千九百歳、エルは五百八歳で年上でもその呼ばれ方はちょっと抵抗がある。
「普通に呼んでって、いつも言ってるじゃない……」
「ふひ、お、お姉さまはお姉さまだもの……」
あ、だめだこれ。何度言っても聞かないやつだ。
「――き、今日は私に用があるっていってたけど、何だったの?」
早々に気分を変えるために話を変えることにした。
「ふひ……ふひっ……今日はお姉さまと一緒にいたくて…………」
この子の発した言葉にいつもと違うものを感じたために、いつもはここで了承の返事をいやでも出すのだが一歩踏み込むことにした。
「……何かあったの?」
そう聞いた時、エルはかすかに動揺を浮かべた。
「ふふひ。な、何でもないよ……」
「言ってみなさいな。私に出来ることならしてあげるから」
元気がない子を見たら励ましたくなるでしょう? それと同じです。いくら憂鬱だ、憂鬱だって言ってる私でもやらんといけない時は動くんですからね。
「ふ、ふひ……………あ、あのね――」
――うんうん、えっ……?
「森にいる魔獣に討伐隊が倒しに来るって?」
「うん……」
エルの使役している魔獣。でかい熊や木に擬態する狼などが王国の魔獣専門の討伐隊に狙われているらしい。
もともとエルが死にかけているところを拾って世話したか、気に入ってついてきた魔獣達だ、もちろん人を襲うようなことはなく、どちらかといえば人懐っこい部類に入る。
「それが何でまた……?」
分からないと答えるエル。うーん、どうするか。
逃げるという選択肢は私だけならとったんだが……
考えた結果――。
「なら、話し合いをしましょエル」
「ふ、ひっ……ひとこわい」
私もあなたもひとの形をしているんですけどねぇ……
「でも、ちゃんと言わないとエルのペットが大変なことになるわよ?」
「な、なら話す…………」
さて、ここからが大変だなぁ……。
数刻後、確かに討伐隊がやって来た。
でも、目の前にいる私に少々動揺している。まぁ、【憂鬱の魔女】がいたらそりゃそうなるわね。
「――【憂鬱の魔女】とお見受けする。私は討伐隊隊長、ギルデバーン。ここの森に何用で参られたのでしょうか?」
隊長であるらしいギルデバーンが、ダンディーな声で聞いてくる。
「友人に会いに来たんだけどね、事情が変わったのよ」
「あなたたち、私の友人のペットを討伐しようとしてるらしいじゃない」
そう告げてから私の後ろに隠れていたひとりの少女を前に持ってくる。
エルは前に出されたことと、人前に来るのが恥ずかしかったことでもじもじしていた。
それでもこの子が誰かは分かっているようだった。
「――【森奥の魔女】!」
私が出た時よりも動揺がはしる。
「この子のペットなのよ、あなたたちが倒そうとしてるのは」
私がいうとギルデバーンは苦い顔をしながらつげる。
「…………申し訳ないとは思うし、ありえないと思うのだが、私も騎士だ。報告通りなら討伐せねばならん」
だよね。さすが騎士だ。ひとができてるよまったく。
「なので――」
ん?
「――その当事者に見てもらわねばな」
そういうと隊長らしき人は馬車に乗せたひとを連れてきた。
見た目はひ弱な学者といったところか。
「あ、この前、森にいたひと……」
エルが衝撃の事実を告げる。
「ん? 何だこの子供は」
瞬間、学者を除く全員に緊張がはしる。
「…………」
あ、エルが珍しく不機嫌になってる。
彼女は感情によって周囲の木々を変化させる。
なので一番近かった木がベキベキと捻れていたので不機嫌だというのが分かるのだ。
「あぁ、憂鬱だわ……それでこの人は?」
これからのことを考え軽く憂鬱な気分になりながらも話を続ける。
「あぁ、この方からここにいる獣に襲われた、と聞いたんだが……」
ギルデバーンはこちらのことを知っているため無いよね、という顔をこちらに向けてくる。
「ふん、ここの森に調査に来たらいきなり襲いかかってきたんだ。僕は命からがら逃げれたから良かったものの、もしもがあったらどうするんだ!」
知らんがな、とツッコミたくなるが我慢だ。
「この子、エルはそんなことをしませんし、何よりここの森に住むエルのペットはひとを襲うことをしませんよ」
「何を根拠に――」
「ならば――」
学者さんの言葉を遮って私は二の句を告げる。
「――来てもらいましょう、この森に住む全ての魔獣たちに」
これには学者も騎士たちも困惑し慄いていた。
私はエルに頼んで、全員読んでもらうことにした。でも流石に睡眠しているペットはエルは呼べなかったが、九割近くは集まるとのこと。
「お、おい冗談じゃないぞ、騎士ども私をまも――」
そこではたと気付いた。周りの木々が多く、むっとするほど、雨が降った後のような重く新鮮な空気に満たされていることに。
「ふひ……き、きたよ」
のそり、と地面が盛り上がる。木が動き出す。周りにあった全ての木や地面が魔獣だったのだ。
「ひっ……!」
「あ…………この子だってさ…………」
学者さんが怯えを見せるなか、エルは一体の地面に擬態する魔熊を見つけて聞こえるように言う。
くんくんと匂いを嗅ぐように鼻を鳴らす魔熊。
わらわらとエルのもとに寄っていき、私の方へも集まってきた。
おーよしよし……ってぐはっ!? 痛い痛い。重い、うへぇ、顔舐めすぎ……。
私が魔獣たちと戯れている時にエルはその魔熊から情報を聞き出していた。
「…………う、うん。わかった……」
「何が分かったのエル?」
私がそう質問すると答えを言ってくれた。
「……この子が、寝てる時にあの人に無理矢理起こされたって。それで攻撃されたって」
黒確定しゃないの学者さん。
「ま、魔獣がいたなら攻撃するのは当たり前だろう!」
「………………」
場に沈黙が訪れる。どうするよコイツ、みたいに騎士たちがこそこそと動いていた。あ、ギルデバーンさんと目があった、頷かれた。
「――――レオ博士」
がっしりとギルデバーンはレオ博士と呼んだ学者さんの肩を掴む。
「不可侵違反と特定保護違反の容疑で拘束させてもらう」
言ったが早いか、すでには他の騎士に拘束されていた。
なにをするー、など喚いていたが口に布をまわされてからはしゃべらなくなった。
「申し訳もたたない、森奥の魔女、憂鬱の魔女。本当にすまない」
土下座だった。ギルデバーンが見事に土下座をしていた。いきなりされるとは思っておらず焦る私。
「……ふひ、いいよ別に。よ、容疑も晴れたし」
……適応速いなエルちゃん。
「今後、このようなことがないようにきちんと言っておくのでどうか」
何故、こんなにもギルデバーンが頭を下げているのか。それは二人が魔女である理由もあるがエルの飼っていたペットにあった。
その八割が今は数の少なくなった貴重種だったからだ。討伐、乱獲によって絶滅までいきかけた数の少なく、温厚とされている魔獣たちを見て、そうだと思ったのだろう。実際に珍しげに見ている騎士たちにも襲う様子はなく、魔熊にいたっては騎士の顔をペロペロと舐めていた。
「では、謝辞は後日必ずに」
そう言って帰っていった騎士たちを見送って、ため息を吐きながらへたり込む。
「はあ〜ぁ、疲れた」
やっぱり、慣れないことはするものではないなぁ。
そんな時、キュッと袖が握られる。
「ふ、お姉さま……ありがとう」
ぎこちない笑顔を向けてくるエル。そんなエルの頭を撫でてあげる。
「良いのよ、困った時はお互い様ってことで」
「ふひ……なら、お姉さまも困ったこと、ある?」
む、それをいわれては言うしかないようね。
「じゃあ、助けてくれるかしら?」
「……も、もちろん」
「ふふっ、あら嬉しい。実はねこの間ラルが――」
森で行われる魔女の密会。二人の魔女と可愛い魔獣たちの静かで楽しい密会は火烈の魔女アリーサ・ラルフォードにイタズラという名のサプライズを企てて、あーしよう、こーしようと笑いながら進められた。